【羽地朝和インタビュー】スタッフが社長に15分1on1をしてみる③「管理職研修」

近年、組織開発のなかで部下の成長を促す方法として注目される1 on 1。
この企画では、それを立場を反転させて行うことを試みます。そのようすをインタビュー記事にしたものです。

話し手:
羽地朝和(プレイバック・シアター研究所所長・コンダクター・研修講師)

聞き手:
向坂くじら(プレイバック・シアター研究所スタッフ・詩人)

教育の成果は、単に目的を達成したかどうかだけでは測れない


―なんか、ちょっと意地悪な質問な気もするんですけど。
研修には、ひとつひとつ目的があるんですよね。ハラスメントの防止であったり、管理職や新入社員の育成であったり。
そういう目的が達成されたかどうかは、羽地さんから見て確認できるんですか? その大きな目的とはまた別の軸で、「今日の研修はよかったな」っていうこともあるとは思うんですけど……。

僕にできる確認は、三つありますね。研修内で参加者のみなさんに「今日学んだこと」を発表してもらうと、まずはそこから推察できます。研修が終わった後に、アンケートの結果を見せてもらうこともあります。それからもうひとつ。クライエントから、「去年の研修がすごくよかったからまた今年もお願いします」と依頼をいただける。それはひとつの評価かな、僕の場合はそれが多いね。僕が研修の目的を達成できたと感じられるのはそういうところかな。

でも、たとえば学校の先生とかもね、もちろん合格したしないもひとつの評価ではあるけれど、それはあくまでたくさんある中のひとつに過ぎないと僕は思うの。受験に落ちてしまった生徒は先生たちにとっては単なる失敗なのか、と言うと、そういうことではないよね。受験の合否とはまた別に、「長い人生の中で役に立つことを学校の中で学べたかどうか」っていう軸もある。
僕は、中学高校が長崎の学校なんだけど、卒業して二十年以上経った後、プレイバックをやるために長崎に帰ったことがあって。そのとき母校にもちょっと行ったの。私立で先生に異動がないから、まだちゃんと自分が習った先生たちがいて。
で、「こんなことやるんです」って話したら、先生たちがみんなプレイバックを観に来てくれてさ。いまの生徒にも話してくれたり、ある先生の娘さんは地元のテレビ局のアナウンサーをやってるらしくって、その娘さんまでわざわざインタビューに来てくれたり。
そういうのを見ると、やっぱり先生って言う職業はすごいなあと思う。二十年経ってもこの先生達は、僕たち教え子のことを本当に大事にしてくれている。だから、受験でいい学校に合格するだけが先生達の成果じゃないっていうか。そのとき僕を見た先生達が、たぶん、喜んでくれていたのを見て、「教え子の大人になった姿を見ることが、先生たちにとってひとつの成果なんだな」って、そのとき逆に感動した。この人たちはそういうところに生きがい、やりがいを感じてるんだと言うのを肌身で感じて、感動しましたね。

―教え子の立場に立ってみて、そう思えたということですね。

くじらちゃんも、これから子どもを育てる仕事をするわけだよね。それも、受験の合否みたいな単純な成果じゃないよね、もっと大きなことを多分やってる、やろうとしているんだと思いますよ。なんか、「大人になることを信じる」っていうのかな。くじらちゃんの関わった子どもたちが、大人になること、社会に出ることを信じられるようなことを、くじらちゃんはたぶんやろうとしてるんだよね。
僕がいまの時代に残念に思っているのは、やっぱり今の若い人たちや子どもたちは、どうも大人になることとか社会に出ることを恐れてしまったり、不信感を持ってしまったりする。そう思わせてしまう社会であるということが残念だよね。そこを信じられるようなこと、一緒にそういう実感を持ってもらえることが多分、くじらちゃんみたいに子どもたちを教える人たちが今できることじゃないかと僕は思うんだよね。


上の世代の「一生懸命さ」が空回りしないためのお手伝い


―少し話がずれてしまうかもしれないのですが、前々から羽地さんに聞いてみたかったことがあって。子どもと話すこと、子どもに教えることに、わたしはすごいリアリティを感じるんです。自分がやる姿を想像できるという意味でのリアリティもそうだし、子供が感覚している世界のほうに、大人の人としゃべっているよりもはるかにリアリティを感じるんですよね。それで、羽地さんがやっている管理職研修とか、ハラスメント研修をそばで見させていただいて、いつもすごいなあと思っているんです。そういう大人の方に向けた教育というのは、わたしにとってはすごく遠い、掴みがたいことのように感じてしまうのですが、羽地さんにとってはどうなんでしょうか。めちゃめちゃアバウトな質問になってしまいますが。

管理職の方や、会社を経営されている方にも、たぶんいろいろな苦労や大変なことがあると思うんです。もちろんそれだけじゃなくて、やりがいもある。そんなことを少しお手伝いすることが僕の仕事だと思っているの。
上の世代の方たちの多くは、その方たちなりの立場で一生懸命やっている。ただそのときに、良かれと思って昔のやり方のままやってしまう。けれどもそれを今やっても通用しない、的外れになってしまうことも多い。いま、そのことに直面して、戸惑っている管理職が多いんです。

―いまは通用しなくなったやり方というと、例えばどういうやり方のことですか?

例えば、自分たちは昔、先輩や上司に「背中を見て学べ」という指導を受けてきた。それを自分も下の世代にそのままやったと。けれども、いまは「背中で学べ」ではうまくいかない、場合によってはハラスメントと言われてしまう。どうしたらいいんでしょう……みたいな相談を、多くの管理職から受けますね。社会の環境は変わってきている、じゃあやっぱりマネージメントもそれに合わせて変えなきゃいけない、でも、実際どう変えたらいいんですか……ということになってしまう。

管理職こそ、できないことはできないと言いましょうよ


ちょうどいまある会社から依頼されているのが、中高年の研修。中高年といっても、みんながみんな管理職というわけではないんだよね。一割が管理職で、後の九割は管理職ではないけれどもベテラン。もともと管理職でバリバリやってた社員も、定年を迎えると一般社員になっちゃうの。給料も三分の一になっちゃう、でも同じ職場なの。そのときに、「じゃあ自分はなにをやればいいんですか」って戸惑ってしまう人は結構多いのよ。
これから日本は高齢化社会って言われていて、そういう人が人数としてはものすごく多い。その分問題もたくさん出てくるよね。本人達は正直なところ、「あんな若者に指示されて」みたいにおもしろくなく思っていたりするから、難しい。自分よりベテランの部下を持つことになった若い上司の方も、その人をどう扱えばいいのかわからない。
どうですか、くじらちゃん、管理職になって、ゆりさんや僕が部下になったら。言うこと聞かなくてわがままで……どう仕事させますか?

―どうしたらいいんですかね? 羽地さんとかゆりさんみたいに関係がある人が相手だったら、「管理職だからって上も下もない、単にその役割になった」って割り切ってできるのかもしれないですが、いきなり、見ず知らずでかつ自分より経験がある人が下にきたら、めんどくさいって思うかもしれません。

くじらちゃんだったらさ、管理職になったとしても、「できないことはできません、羽地さんゆりさんお願いします」って気軽に言えると思うの。多くの管理職はそれが言えないんだよ。自分ができないとは言えない。

―それは、若い管理職でもベテランの管理職でも同じですか?

そう、言えない。自分ががんばらないといけない、と思ってしまう。結構多くの人が、下の人間に弱みを見せてはいけないと思っている。相談を受けた時なんかも、わからない、できないとは言えない、自分がぜんぶ正しい答えを教えてあげなきゃいけないと思ってしまう。そういうジレンマがある。
だから、僕が最近すごく管理職研修で言っているのは、できないことはできないって言いましょうよ、ひとりでがんばらないで、助けてって言いましょう、ということ。そう言うと、「そんなことはじめて聞きました、上司はちゃんとしてないといけないと思ってました」というリアクションがすごく出てくるよ。

扱いやすい部下ではなく、自分を超える部下を育てる


昨日の管理職研修でも、「羽地先生が自分を超える部下を育てましょうっていったのが衝撃的でした」と言われたの。それがすごくみんなの心に刺さったそうなんだよね。みんなやっぱり、どちらかというと、自分に扱いやすい部下を育てようとしてしまう。だから、「そうではなくて、自分を超える人を育てた時にこそ、管理職はひとつ指導育成を達成できたと僕は思いますよ」とよくお話しています。

―ああ、そのふたつにはとても大きな差がありますね。

自分の扱いやすい部下、ようは自分のイエスマンというのは、ある意味で自分以下の人だよね。でも、自分を超える人を育て続けることが実は管理職の仕事なのですよと言うと、みんなハッとするみたい。

―そうは言っても、難しいことですよね。どうやったらできるんですか?

具体的な方法として出すのは、一緒に悩みましょう、コーチングしましょう、1on1をしましょう、ということですね。

最近の例で言えば、大谷翔平がわかりやすいですよ。彼はもう、上の世代の人の想像を超える活躍をしている。くじらちゃんはあんまり野球は分かんないかもしれないけれど、大谷翔平が「ピッチャーとバッター両方やる」と言ったことに対して、多くの人が「そんな甘いもんではない、どっちかにしぼれ」って言ってたんだよ。でも、彼の指導者はそれを認めて、「じゃあできるようにしよう」と言って、コーチングをした。よく例に出されるシートがあるじゃない。あれで、じゃあできる方法を考えよう、例えば体を壊さないようにしよう……と育てた。あれも、自分を超える選手を育てよう、という指導者がいたからできたことなんだよ。


どのように時代に合わせた指導をするか


―最後にもうひとつ聞きたいです。
羽地さんも、年齢だけで言えば、新入社員よりは管理職に近いわけじゃないですか。そこをつなげる役割はすごく大事だと思う一方、羽地さんがそのためにどうやって勉強しているかが気になります。羽地さん自身、自分の中で当たり前だと思っていることを刷新して、古いものをどんどん捨てていかないといけないわけじゃないですか。どういう風に情報収集しているのか、自分も参考にしたいです。

多くの講師は講師業の専門職でやっているけれど、僕は幸いなことに会社を経営して、部下を育成する立場にいる。心身堂には部下が十数名いて、僕は体の治療のことはまったくわからない、教えられない。だけど、コーチングならできる。彼らとどんな職場を作りたいのか、そのためにどんなことをやるのか。そういう職場を作りながら利益を出すためには……ということを、月に一回研修に行って一緒に考えている。くじらちゃんもそうだよね。もちろん僕が教えられることもあるけど、僕にないものも持っている。そういう経験で培ったことを研修で伝えているな、と思います。
特に管理職研修に関してはそうだね。コーチングや1on1のような手法に関してはもちろんいろいろ勉強したし、自分もやってきてやっぱり役に立ってるなとは思います。そういう知識をお伝えするのももちろんだけど、逆に実際に僕自身がやってうまくいかなかったこと、失敗談なんかもお伝えする。そうすると、皆さんにとっても少し実感が持てる。

だから、ごめんね、最近じつはネタで使ってるんだ。わたしはね、部下がわたしに1on1やってるんですって。これをいうと、みなさん衝撃をうける。

―変わった人だなあ、となるでしょうね。

僕にとっても成長だけど、部下にとってもいい機会だと思いますよ、とお話してる。


1on1はどうですか、くじらちゃんにとっては


そういう意味では、この1on1はどうですか、くじらちゃんにとっては。

―おもしろいですよ。研修は全部見られるわけではないし、見ていたとしても、それだけでは羽地さんが内心何を考えているのかまではわからないし。そこを聞けるのはおもしろいです、っていうのと。
わたしはやっぱり、組織の中で暮らしている人、っていうのが、何を理想として、どう生きていきたいと思っているか、ということを理解し切れていない部分がある。大谷翔平がまず真ん中に書いた「ドラフト8球団一位指名」のところに相当するのはなんなのか。しかも、組織の中で暮らしている人は日本の多数なわけですよね。その片鱗に、羽地さんを通じてふれているみたいな感じがおもしろいですね。

それは嬉しいな。
日本の場合、たくさんの人が企業で働いているから、企業で働いている人が幸せじゃなかったら、日本って幸せじゃないんだよね。もし人をダメにする企業ばかりだったら社会全体がダメになっていくよね。そんなところをちょっとくじらちゃんに知ってもらったりふれたりしてもらうと。くじらちゃんが、企業で働いている人もひとりひとりの人だって言う実感を持ってもらえると嬉しいなあと思います。

―詩を書いて発表する身としてもありがたいです。そういう人たちが暮らしている世界と自分の作品があまりにもかけ離れないように気をつけたいと思っているので。そう思うと、羽地さんが命綱のようにつながってくれているような感覚を持っていますね、研究所が、アートのワークショップだけではなくて研修もやっているということが。

よかったよかった。それこそ、逆に我々の持っているそういうアート的な感覚というのは、企業の人が日頃使っていない筋肉だから使ってもらいたいことだなと思っているの。最近アートの研修をなるべくたくさんやりたい、やらせてもらっているのはそこもあるかな。


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