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無知と怠慢は罪(業界によっては)

かなり昔のことになる。

有料老人ホームで悲惨なお看取りを見た。

病院に長年勤めていた私は、そのホームのお看取り=餓死という考え方に驚愕した。『それが自然な死に方』と信じて疑わない人々ばかりだったのだ。

『腹減ったよ。うちに帰ってご飯を腹いっぱい食べたいよぉー。』と泣いて懇願しているというのに、どんな経緯があったのだろうか、誰も面会に来ないし、スタッフも「誤嚥するからダメ。」の一点張り。

そのうち彼は自分の元の住所を何百回、何千回も早口で呟くようになった。帰りたいんだ。

幸か不幸か私はそこの職員では無かったので彼を見たのはほんの数日の間だったが、ガリガリに痩せカラカラに乾いたご状態を目の当たりにして疑問符だらけだった。

それから数年経ち、私は初めての特養に勤めていて、ご家族様や医師、スタッフと何千、何万回もの話し合いをしたし沢山勉強もした。
やはり、あの時見た光景はあってはならないことだったと知った。

脱水の苦しみを取り除くことが出来るのならご希望に沿ってやっていくべきだ。
もしも肺炎になってしまったのならお看取りでも抗生剤を投与するべきだ。苦しんでいる人を放置するのがお看取りではない。
なのでご家族にも本人にもどうしていきたいのか何度もご意向を確認する。

さらに月日が経った。

今の特養で提携病院へ事情を説明してお看取りの方への点滴を処方していただいている。
幾人もの医師がいらっしゃるのだが、いつものように点滴を貰いに行ったところ『先生が看護師さんに話を聴きたいんだって。』言われて診察室へ座ることになる。
いつもだったら『はいはい、点滴ね。』と門前払い的な扱いのはずなのに。(それでも良かった。その点滴で患者さんが潤うのだから。)

新しく入ったばかりの医師だと聞いたので、私はてっきり点滴をすること自体を非難されるのだろうか?と思ったのだが、その逆だった。
『大分楽になるよね。点滴は大賛成。それに病院じゃなくて施設で最後を迎えたいと仰っているし。良い施設なんだね。でも、もう一つ提案があるよ。』とその先生は言うのだ。

『抹消点滴だと4~5日で刺し換えするから痛いでしょ?CV(中心静脈から点滴すること)を入れてあげようか?ご家族様に訊いてみて。もしご希望されるなら僕、やるよ。』

目から鱗だった。元々お元気な頃から血管が細くて、採血や点滴では何度も針を刺されていて可哀そうだった。最近はご状態が落ちているから余計に入りにくかった。
でも、CVならばカテ熱でも出ない限り一か月ほど刺し直さなくて済む。

さっそく電話してご意向を聴いたところ、是非やって欲しいとのこと。

良かった。苦しみや痛みがまた一つ減る。

何て良い先生なんだろうと思った。『そうだよね。そこまで考えてくれる先生なんてなかなか居ないよね。』と外来のナースが言う。『きっとそちらの熱意が伝わったんだね。』と。

呼吸がすんなり入って行き、身体を満たし、うるおい、そして調子が良いときには美味しいジュースを飲めるようになろう。

何が正しいのかは分からない。

でも、遠い昔に見て来たあの苦しいお看取りに従う気持ちはさらさらない。『みんなこんなもんだよ』としたり顔で言っていたあのホームのスタッフにも医師にも、もう特に用事はない。
ただ確かなこととしては、私が目にして愕然としたあの経験は、おそらく意味があることだったのだろう。

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