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力を抜いて貰うには・・・

人は誰かにかまって欲しいものである。

時折私のように『放っておいて欲しい。』と思っている時の方が多いという変わりものも居るが、それも所詮他人からのストロークを沢山いただいている時期だけのことだろうと想像する。

歳をとって身体的な能力など色んなものを失ったりご家族様に会えない環境に置かれると、きっと皆かまって欲しいと思うようにもなるだろう。

で、かまって貰うために、足をブンブン振って、何度も靴を飛ばすお婆ちゃんがいる。
そうすると職員が履かせに来てくれるから。

それを何度も繰り返すとどんなに天使のような人でも『もう!何回飛ばすの!自分で拾いに行けないならやめてよ!』と金切り声をあげる人も居る。何たってその人だけを介護しているわけではないのだから。

そんな折、ある男性職員の前に靴を飛ばしたお婆ちゃん。

彼は、はた!と立ち止まり、じっと床に落ちた靴とお婆ちゃんを交互に観た。
いかつい容姿の男性職員なので、周辺の人々が緊迫していたが、彼はお婆ちゃんに『で?どうなの?』と言う。

今まで意固地になって靴を飛ばしていたお婆ちゃんは『え?』という。

彼が床の靴を指さしながら『明日の天気は晴れ?雨?』と言うので、次の瞬間、お婆ちゃんが歯の無い口をこれでもかと言うくらいに開けて大笑いした。その後、靴を履かせながら『また占っても良いけど、冷房で冷えるといけないから靴履こうね。』と言っている。

またある時は、少し離れたところで突如車椅子の自走を始めたお爺ちゃんに遠くの方から『止まって。止まって。』と声をかける。

手前の人も立ち上がっているので、色んな人の転倒を一人で止めなければならない介護職員の心労は絶えない。だから、これも「もう!どうして一人で動くの!」となりがちなのだが。

彼は追いかけながら『止まって!』と一旦は強めの口調で言いながらも、途中で我に返り『いや、しかし~、止まれ止まれと言われても、止まれないのが恋の道~。』とふざけたことを言いながら『ですよね?』と車椅子に追いついては笑わせている。

現状、この国の介護施設の状況は厳しすぎると思う。

とかく髪の毛を振り乱し、怒り顔でなりふり構わず、力とスピードで現状を乗り切ろうとする人もいるが、彼らは、それだけではダメだということを学んだ人たちだ。

けれども、何があっても笑顔を獲得しようと努力している人々が沢山居る。今日もあちらこちらで、こんな人が現場を走り回っている。

そんな施設の住人には不穏な老人がほとんど居ない。

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