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『あっしの長所』

特別養護老人ホーム。とあるフロアに新入所して来たお爺ちゃんが・・・俳優の六平 直政(むさか なおまさ)さんそっくりな方だった。

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別フロアへ行くと、忙しそうに働く介護主任のKちゃんが『Aさん、いらした?』と訊いて来るので、『うん。さっきね。』と答えた。

『どれ、どんな人かな。挨拶しに行こう。』と、先ほどのフロアに戻る私のエレベーターに乗って来た。

通常、別フロアだと、ほとんど関係ないと言って良いほど関わらないので、会う必要はないのだが、どれくらいの自立度か?困っていることはないか?認知の程度は如何ほどか?など、色々なことが気になるらしい。3階の職員もKちゃんに色んなこと相談して来るからね。

そして、3階のエレベーターが開くと、Aさんが真ん前に立っていた。

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『・・・・・・・・・。』

途端に直角に曲がって立ち去るKちゃん。

いや、待て待て待て!挨拶は?!

『だ、大丈夫かな?不穏になった時、暴力ふるわれたら私でも怖いな・・・。』

人は外見ではありません。と、説明しようと思ったのだけど、その前に背後から声がかかった。

『ハサミはありませんか?ハサミ、ハサミ!』と、鋭い眼光で言うAさん。

『な、何に使うのですか!?』と言うKちゃん。

Aさんは、わけの分からないところに連れて来られて混乱している。ええ、確かに認知症だから混乱する。

ところが、きちんと理由を訊いてみると『クリスマスの飾りつけを皆でしているんですよね?何かお役に立ちたいと思いまして。』と人懐っこい笑顔で笑った。(これが余計に怖いとあとずさる人もあり。)

『あっしは、切るのが得意なんです。切り絵で色々作れます。』

Aさんは、ここがどこだかもまだ理解出来ていないけれど、到着して数十分で『なんか、皆さん、良い人だなあ。』と上機嫌になられている。

そして、真っすぐな線や、動物の絵の曲線なども綺麗に切っていた。

突然、しばらく徘徊して床に座り込むこともあったが『お尻が冷えるので椅子の方が良くありませんか?』と言うと、『あ、そうですね。あっしの椅子があるんですか?』と席に戻って下さる。

『ここはどこですか?』の質問にも100回くらい答えた頃、フロアに、チョキチョキチョキチョキ・・・と静かに紙を切る音だけが響いていた。

しかし、やばい。熱中する派らしく、声をかけないと延々と続く。

『明日もあるので、根詰めないで下さいね。ところで、何か困ったこととか不安なことはないですか?』

するとAさんは、『あっしの良いところは、切り絵と、人を見る目があるところです。ここは皆優しい人ばかりです。だから、この先、困っても大丈夫。何を何回忘れても大丈夫です。』と言った。

凄いなあ・・・と思った。認知症だと自覚なさっているばかりか、何を何回忘れても、自分の長所を覚えていられるって最強だなあと思った。

また敬愛する人が一人増えてしまった。

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