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なにわクリエイターズ(高田ヒサキ、上司ニシグチ、セキリョウスケ、くわたぽてと) - インタビュー #12|turning point

今回お話を伺った方
なにわクリエイターズ:デザイナー/ディレクターの4名
 高田ヒサキ上司ニシグチセキリョウスケくわたぽてと

▽目次
<プロフィール>
<ターニングポイント>
<なにわクリエイターズのターニングポイント>
2016年夏 ニシグチとぽてとさんが出会い、クリエイターの交流会を行う。
2017年秋 ヒサキさんが加わり「ひさきメシ」として毎月定期開催開始。
2018年春 セキさんが加わり4人体制に。
2018年夏 書籍「隠れ大阪人の見つけ方」出版。名前をなにわクリエイターズに変更。

<プロフィール>

ニシグチ:まずはそれぞれの自己紹介を兼ねて、今までのことをザッと聞いていきましょうか。最初はぽてとさんから。

ぽてとさん:はい。僕は「ズルい名刺専門デザイナー」という肩書きで活動しています。もともと建築をやってまして、大学も建築学科ですし、卒業後は店舗の内装設計をする会社に就職しました。そこでyoumetownや道頓堀のTSUTAYAなど大型商業施設の設計・施工をしていたんです。1番行きたい会社に入れたのでそこで上り詰めたろ!と思って頑張っていました。独立思考はなくて、会社員が良かったですし。

ニシグチ:じゃあなんで辞めることに・・?

ポテトさん:4年間働いて上司とかを見ていたらこの先が見えたんですよね。広がらないというか。それに気づいた時に、自分はもっと楽しいと思える働き方をしたいと思って25歳の時に独立しました。

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ヒサキさん:動くのが早いわぁ・・

ぽてとさん:いや、単に年をとってから独立して失敗するのが怖かっただけですよ。若いうちならダメでもまた就職できるし。で、会社を辞めてからすぐに独立したわけではなく、フィリピンのセブ島に留学したんです。店舗のトータルプロデュースをしたいと思っていたけどその時は内装の知識しかなくて。販促やWEB、デザインのことを勉強したいと探していたら、たまたまそういうプログラムがあったんです。

セキさん:それ・・日本でも勉強できたんじゃないの?

ぽてとさん:そうなんですけど、独立した時に「自分の人生を楽しむ」というのをまず決めていて。やりたいことを1つずつ潰していってたんですよ。その中の1つに留学、海外での生活というのがあったんで一石二鳥だったんですよね。7ヶ月間フィリピンで勉強して帰国後に独立しました。最初は店舗トータルデザインで何でもやりますという謳っていたけど、1年やってみて何でもできると言っているデザイナーは山ほどいると気づいたんです。それで、当時から面白い名刺は作ってたし自分が好きで得意なことを考えたら名刺だなと。

ニシグチ:なるほど〜。それで今の肩書きに行き着いた、と。
セキさんはどんな感じですか?

セキさん:僕はグラフィックデザイナー/クリエティブディレクターをしています。成果に直結するデザインを作るということを念頭に置いて、経営者の人と直で関わるスタイルに絞って活動中です。もともとこの世界に興味を持ったのは、小5の時に実家が家を建てて。建築家とのやり取りを見て「こういう仕事かっこいいな」と思ったのがきっかけです。でも高校・大学は普通科でした。大学生になって将来を真剣に考えはじめた時に建築・デザインの方に興味があったのを思い出しまして。「どうせだったら環境を変えよう、京都に行こう」と考えついてこっちに来ました。

ニシグチ:まさに「そうだ 京都、行こう」(東海旅客鉄道のコピー)やん!(笑)

セキさん:ほんとそうですね(笑)。突発的なんですよ、いつも。
それで京都のデザイン系の専門学校に行き、大阪のデザイン会社に就職しました。ハナから独立する気満々で就職していたので、3年いたら独立すると決めてたんです。実際3年半くらいで独立したのでほぼほぼ予定通りでしたね。

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ニシグチ:おぉ〜。すぐに仕事はあったんですか?

セキさん:仕事は前の会社からスライドする感じでもらっていたので、無くて困ったことはほぼないんですけど・・ハードな内容が多くて、働き方が辛い、コントロールが難しいというところで悩みました。独立したかったのに現実はこんなものなのかなと失望して、3年ほどで一度デザインを辞めたんです。

ニシグチ:もうすっぱり?

セキさん:はい。その後はサッカーが好きだったのでサッカーの指導員になりました。ただ、そこの宣伝ツールがイマイチで「僕がやりましょうか」と話をしてデザイン周りのことをやるようになったんです。それが集客とかの成果に繋がり、お金をもらって本気でやるうちにこの路線でもう一度デザイナーに戻ってみようと思って今に至ります。

ニシグチ:紆余曲折ありますね〜。
じゃあ次僕ですけど、まず小学生の時から絵が得意で。中学生の時に授業でゴッホの作品を模写して褒められたり、美術の内申書もめちゃくちゃ良くて。「この道でしか無理かも」となんとなく感じてはいました。先生にも美術系の大学進学を勧められて、高2の頃から部活と並行してデッサンのアトリエへ。それでかなり上手くなって、芸術大学のグラフィックデザイン学科に入学しました。ただ、卒業時は就職氷河期で就職が決まらなくて・・。教授に相談しに行ったら、先生の繋がりで百貨店を紹介してくれてそこですぐに決まったんです。

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セキさん:で、僕はその百貨店の下請けをやっていたんで、実は仕事で関わってたんですよね。当時は知らなかったけど。

ニシグチ:そうそう!すごい偶然よね(笑)
で、10年間勤めてからペット業界へ転職して6年半店頭売り場の販促ツールなどを作っていました。その後別の会社に勤めている間にいろいろな会社からのお誘いがあり、今はいくつかの会社のデザインやアドバイザー的なことをしています。パラレルワーカーってやつですかね。そしてヒサキさんは・・。

ヒサキさん:はい、グラフィックデザイナー/アートディレクターをやっています。自分も子供時代から絵が上手いタイプだったので上司(ニシグチ)の話を聞いていてわかるなと。絵で賞とかバンバンもらっていました。ただ、親が教師ということもあり絵よりも学業優先してねという感じだったので勉強を頑張ってましたね。で、高校受験の時に志望校に落ちて別の進学校に行ったんですけど、そこには美術の授業がなくて・・。高2くらいでやっぱり美術系に行きたいと思って同じくアトリエへ通いだしました。

ニシグチ:似た感じですね。

ヒサキさん:ただ、自分はアトリエで劇的にうまくはならなくて(笑)どちらかというと絵ではもっと時間が必要でしたね。大阪芸術大学を受験したけれども志望していたグラフィック学科はすごい倍率で落ちてしまったので、受かっていた教育大学へ行きました。教育実習に行って卒業もしたけど、同じく氷河期で就職が決まらず。その後塾講師を経て中学校で美術を教えるようになりました。

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ニシグチ:学校の先生をやってたって珍しい経歴ですよね。先生という仕事からなんで今に至ったんでしたっけ?

ヒサキさん:教えていながら作りたい欲求が出てきたということ、そして「副教科」という名のとおり美術やデザインの価値を不当に低く扱う義務教育に疑問をもちました。教職の過労死は今も昔もとても高いですし、それならいっそ好きなことをやろうと思って28歳で今の業界に転職したんです。そこからはデザイン会社などを回遊魚のように転々と(笑)。PhotoshopやIllustratorを基礎から教えてくれる会社に勤めながら並行して個人仕事を始め、WEBの勉強をしたり経験を積んでそこそ仕事が取れるようになったのでフリーランスになりました。今はグラフィック、WEBデザインに加えて主にFC淡路島というクラブチームのアートディレクションをやっています。

ニシグチ:改めて皆の過去からの話を聞くと新鮮ですね。知らなかったこともあるし。


<ターニングポイント>

そして、ここからはなぜこの4人でなにわクリエイターズの活動をするようになったか、結成からの話ですけど・・最初のきっかけは僕とぽてやん(ぽてとさん)が知り合ったことやんね?

ぽてとさん:そうですね。ODP(大阪デザイン振興プラザ)のセミナーに参加して、そのあとの交流会で話したんですよ。僕は独立1年目で、ニシグチさんは会社員で初めて社外のイベントに参加したって言ってましたね。

ニシグチ:当時はまだ桒田浩文でやってましたよね(笑)。すでに面白い名刺でしたけど。

ぽてとさん:確かに(笑)。ニシグチさんは絡みやすくて、最初からいじってました。で、帰りの電車でクリエイターが集まる会をやりたいねという話になって。ニシグチさんは当時フリーランス願望が強かったんですよ。でも家族がいるから辞めれないしな・・とウジウジしていて(笑)

ニシグチ:ウジウジって(笑)僕は社外に全然知り合いがいなくて、ぽてやんが初めて出会ったフリーランスだったから、もっといろいろなフリーランスとつながりを持ちたいと思ったんですよ。で、結構すぐに10人くらいで飲み会をやって、そこにヒサキさんが来てくれたんですよね。

ヒサキさん:そう。でもそこから1年くらい空いて、佐藤可士和さんのイベントに行った時に上司と再会した感じです。その帰りに小人数でご飯食べて、またこういうのやりたいねと話して。

ぽてとさん:その話を聞いて、じゃあ3人でやろうやとなったと。

ニシグチ:定期的にやるしヒサキさんが歳上だからヒサキさんと飯を食う=ヒサキ飯でいいのでは?と名前をつけました。月1回を目標にやろうか、と始めたのが2017年秋ですね。

ヒサキさん:まだこの時は「なにわクリエイターズ」ではなかったよね。会自体は会社員もフリーランスも情報交換ができる場になったし、招待制にしたのも良かったと思う。勧誘の人とか来ないし、依存型の人もいないし。

ニシグチ:そこはちゃんとして良かったですよね。で、その年の11月のクリエイター祭りで僕と関くんが知り合って、次のヒサキ飯に誘いました。

セキさん:そうですね。僕はニシグチさんしか知らない状態で参加して、ぽてやんとヒサキさんとはそこで初めて知り会いました。

ニシグチ:その年のクリエイター祭りではいろいろな人と知り合えて、今も繋がってる人が結構います。

セキさん:僕はニシグチさんのことをtwitterで見ていて、ニシグチさんに会うためだけにクリエイター祭りに行きましたからね。

ニシグチ:もうね、熱かった(笑)で、終わってからご飯行っていろいろ話してね。

セキさん:僕は地元も大阪じゃないし、友達が全然いなくて孤独だったので。ヒサキ飯に誘ってもらえて本当に良かったです。

ニシグチ:毎回来てくれてたもんね。そしてヒサキ飯もだんだんと参加人数が増えていき・・

ヒサキさん:2018年の2月くらいに来年度どうする?という話をして、もう1人運営側に入ってほしいよね、と。そこで関さんの名前が出て、お願いしました。

ニシグチ:それから4人体制になりましたね。去年は毎月やってたからどんどん人数も増えたし、他の都市に遠征もしましたし。

ぽてとさん:東京と福岡でやりましたね。あれ盛り上がったし良かったですよね。

ヒサキさん:そうそう。わざわざ飲み会しに行くってなかなかないからね。

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ニシグチ:ほんとに。そして、去年といえば書籍「隠れ大阪人の見つけ方」の出版ですよ。もともとは東京でお知り合いだった作家の原マサヒコさんから僕に、大阪の本を出したいという話があって「イラストレーターさん誰かいない?」と聞かれたんですよ。それで「ヒサキ飯に来てくれているイラストレーターさん何人かでやらせてもらえないですか?僕ら間に入ってやりますけど」と提案しました。皆でやったら面白いかなと。で、4人でページ担当を決めて作ったんですよね。3月末に話があって5月くらいに全員で打ち合わせ、8月に出版されました。

ヒサキさん:あれをきっかけにヒサキ飯からなにわクリエイターズ(なにクリ)に名前を変えましたみんなで出すのに自分の名前が前に出るのはどうかってことでね。

ニシグチ:そうですね。初めてデザイナー4人で1つのものを作ったので、あれは勉強になったなぁ。23人のイラストレーターさんに協力してもらったからやりとりが大変ではあったけど。

ヒサキさん:1日中イラストレーターさんたちと連絡取り合ったりね。でもあの人数のイラストレーターさんがコラボする本ってなかなかないし、すごいことだと思うけど。

ニシグチ:1カットでも描いたら「本出した」って言えるし、皆にとって少しでも実績になっていたらいいなと思います。で、出版記念パーティーや書店でのイベントもできたし。あれで結束が強まった気がしますね。

セキさん:確かに。

ニシグチ:そうやって拡大した繋がりから去年の忘年会はかなりの参加人数で、大盛り上がりで締めた感じですよね。

ヒサキさん:70人くらい来てたっけ?過去最多人数だったよね。

ニシグチ:で今年はどうしようか、って話になって。皆忙しくなってきたし、主要都市で1回ずつやれたら良いのかなということで大阪、東京、福岡で1回ずつやった感じかな。なにクリの東京版の江戸クリもできたからそこと一緒にやったり。広がっていった感じがありますね。

ぽてとさん:そして、来年以降は定期的にはやらなくてもいいかなという流れですよね。

ニシグチ:来る人も結構決まってきたし、個々で集まるようにもなってるからいいかなあ。ただ仲違いしてるわけでも全くないし、無くすとかではなくて。今後各自人を集めたい時にやったら良いんじゃないかと。そういう話をこの間しましたよね。

ヒサキさん:繋がることで新たな動きもすでにいろいろ生まれてるしね。

ニシグチ:そうそう。でもどうですか?皆こういう活動をしたことで得たことってあります?

セキさん:僕はヒサキ飯をやったことでいろいろな知り合いができましたね。それが何より大きい。ここまで広がるとは思ってなかったです。

ニシグチ:それは僕も同じですね。密に話せる人が今これだけいるのは1番の成果というか、やって良かったことかな。

ぽてとさん:来てくれている人の中で仕事をお願いできる人もできたし。

セキさん:僕は実は幹事に誘ってもらった時期から意識変動があって。招待制なのに、当時知り合いがいなさすぎて誘える人がほぼいなかったんですよ。それがコンプレックスでした。皆ヒサキ飯以外の自分のコミュニティを持ってたけど自分にはそれがなかったから、そういうのを作らなきゃ・・と思って。いろいろ考えながら参加していたんですけど、去年の秋にクリエイター祭りでAndyさんに出会ってやることに決めたんです。その後すぐクリエイティブの価値をクリエイター以外の層にまで広げることを目的としたオンラインコミュニティ「ディレクションLABO」を作りました。

ニシグチ:そうやったんや・・。そういう気持ちがあったのは知らなかったな。

セキさん:はじめて言いましたからね(笑)。なので来年は「ディレクションLABO」に力を入れていきたいと思ってます。

ニシグチ:なるほど。じゃあこの流れで来年の個々の抱負を言っとく?

ぽてとさん:そうですね。僕は今「デザイン職堂」という、独立しているクリエイターに対して半年間でその人独自のコンテンツを作ることをゴールとした塾みたいなことをやっているんですけど。ニシグチさんにも協力してもらいながら。それをより頑張りたいですね。僕は技術は教えられないけど、コミュニケーションやお金に関するマインドブロックを外すことに対しては教えられるかなと思っているので。その辺りをもっと伝えていきたいです。

セキさん:僕は「ディレクションLABO」以外で言うと、経営者側の知り合いを増やして、そちら側(発注者側)にクリエイティブの価値を伝えていくような働きかけをしていきたいですね。去年と今年はクリエイター側の知り合いを増やしていたんですが、来年は経営者側の知り合いを増やすことを心がけたい。チャレンジの年かなと思っています。

ニシグチ:僕はたくさんあるんですが・・1つ目は上司がいないクリエイターのためのオンラインコミュニティー「オンライン上司」を引き続きやっていく、2つ目は仕事術などデザインじゃない要素で発信していく、3つ目はデザインワークで企業に対してアプローチしていくような活動をする。4つ目は楽しくやるためにマスクを被って発信するクリエイターの団体「クリエイタープロレス」をより盛り上げていく、かな。今年は散々広げてきたので来年はそれをすぼめて応用していく感じの年になると思います。最後にヒサキさんは・・?

ヒサキさん:自分の事業「ヒサキデザインワークス」やサービスを作ることに
集中したいですね。1つは目を引くグラフィカルな感じのデザインが得意なので、2020年に「アディクションハント」というビジュアル特化型サービスをフォトグラファーの新レイヤさんと共に立ち上げます。2つ目は東京で4月1〜3日にビッグサイトで開催される「クリエイターEXPO」に出展し活動範囲を広げること。3つ目は今関わっているFC淡路島がお店やカフェを展開するので、そのブランディングも行います。ディレクターとしてもスキルアップし、そういった新規事業を応援できるよう頑張っていきたいですね。他にも「教育×デザイン×心理学」なども案の段階ですが練っています。

ニシグチ:皆それぞれが頑張っていて、出会った頃とは状況が変化しているのが嬉しいですよね。これからも個々の活動を頑張りつつ、なにわクリエイターズの活動は不定期で続けていきますので皆さん宜しくお願いします!

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話を聞いた人:上司ニシグチ
撮影&ライティング:UNO
バナーデザイン&記事編集:秋山楓

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<取材を終えて>
ニシグチ:今年の1月から始まった「turning point」。"毎月自分がインタビューした記事を1本アップする"と決めてから、今日で12回となりました。「turning point」を始めたのは、UNOさんがクライアントワークでされていたインタビュー記事が良いなと思ったのがきっかけで、それが終わるタイミングで一緒に始めました。せっかくなので、他のクリエイターも好きなことを発信できるようplatformというフラットな場所を作り、ここで発信し始めたのでした。
実際に私はインタビューをしたい人や簡単な話の構成を考えていただけで、当日楽しくお話をさせていただいていて(笑)実際に写真を撮ったり記事を起こしてくれていたのはUNOさん、それを編集してくれていたのは秋山さんです。お二人の頑張りがあったから、こうして途切れず12回をやり遂げることができました。この場をお借りして感謝を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました!
こうして10名以上ものクリエイターの方のお話(ターニングポイント)を聞いてみて思ったのは、ひとりひとりに人生のストーリーが存在していて、たくさんの紆余曲折があって、それを一生懸命乗り越えてここまできているんだなということ。いま目に映る成果や成功も決して昔からあったものではなく、多くの失敗を経験してそれを糧に生きておられる方たちばかりでした。そこから学ぶ部分も非常に多く、毎回インタビューさせていただく度に、自分自身もとても勉強になっていました。
最後に「turning point」に参加してくださったクリエイターのみなさま、本当にありがとうございました!最後はワガママを言って、我らが「なにわクリエイターズ」でしめさせていただきました。「なにわクリエイターズ」と出会っていなければ、いちクリエイターとしての幅がここまで広がらなかったと言っても過言ではありません。。。
「turning point」に関わってくださったみなさま、記事を読んでくださったみなさま、本当にありがとうございました!これからも引き続き、いちクリエイターとして日々精進していきますので、よろしくお願いいたします(_ _)

UNO:あっという間にラストの記事となりました。最後まで読んでくださりありがとうございました!!毎回皆さんのお話から刺激をいただき、勉強になりました。「turning point」のおかげで知り合えた方もいますし、なかなか大変ではありましたが(笑)続けられて良かったなと感じています。ご協力いただいた皆さま、そしてニシグチさん & 秋山さんのおかげで1年間続けることができました。本当にありがとうございました!これからも個々の活動を見守っていただけると嬉しいです!来年も皆さんにとって良い年になりますように!!

秋山:あとがきまでお目通しいただきましてありがとうございます!ラスト記事がすさまじい長さで、だいぶおなかいっぱいなことでしょう…!それでも削らなかったのは、みなさんのおはなしが今後ぜったいに誰かの励みやヒントになるからです。これは全回とおしていえると思います。
ひとのおはなしを聴くことは、自分が選ばなかった道を選び、体験できなかったことを肌で感じてきたそのひとの経験値を借りる行為だと考えます。「turning point」ではそれを12回にわたり集めてきました。1記事でもだれかの目にふれて、なにかを考えるきっかけになっていたら嬉しく思います。
また、この場をお借りしてニシグチさんとUNOさんにもお礼申し上げます。もともとはお2人だけの企画だったのですが、ありがたいことに元原稿全文をいち早く読める良い席をいただいてしまいました!ここで得たことを今後の活動にもいかしていきたいと思います。改めましてありがとうございました〜〜!!

以上となります。

今までturningpointを読んでくださったみなさま、本当にありがとうございました(_ _)

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インタビューメディア「turning point」。デザイナーの上司ニシグチ&カメラマンのUNOが、様々なクリエイターのこれまでのいきさつについて探っていき、今につながる「鍵となるできごと」を振り返りながらお話していただく内容になります。(更新頻度:毎月15日/担当:上司ニシグチ・UNO)

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