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デザイナー 前田慎也さん - インタビュー #09|turning point

今回お話を伺った方
前田慎也さん:デザイナー

<前田さんのターニングポイント>
22歳 一般企業を辞めてデザインの世界へ
33歳 子供が生まれ、フリーランスに転向
36歳 まわりのクリエイターとの関わり合いが増え「カセグーン」をはじめる

ニシグチ:前田さんって生まれはどこなんですか?

前田:生まれは大阪府寝屋川市です。

ニシグチ:あ、そうだったんですね。いつまで寝屋川にいたんですか?

前田:高専出身なので、そこを卒業する20歳までですね〜。
機械工学科に行ってました。

ニシグチ:へぇ〜、機械とか好きだったんですか?

前田:全然(笑)家から近いから行っただけです。授業は難しかったし友達もいなかったけど、合気道部に入っていたんで。それが唯一楽しかったことですかね。

ニシグチ:え、友達いなかったとか意外ですね!
そして合気道部ってまた珍しい・・。

前田:本当は拳法部に入りたかったんですけどね、ジャッキー・チェンに憧れていたので。でも部がなかったから「合気道ってスティーブン・セガールのやつや!」と思ってそっちにしました。

ニシグチ:その頃から映画が好きだったんですね。

前田:映画は昔から好きです。

ニシグチ:そうなんですね〜。高専を卒業してからはどうしたんですか?

前田:その前に、5年生になってからやっと機械工学が面白くなってきまして(笑)実践が多くなってそれまで学んでいたことの意味もわかりだしたので、もうちょっと勉強したいと思い始めたんです。その頃に専攻科という新しい科ができると知りまして。それに2年行ったら大卒と一緒になる、っていう。ただ卒業から1年後の開校だったので、1年待ってそれに行くことにしました。

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ニシグチ:そんな心境の変化もあるものなんですか。

前田:ありましたね(笑)。で、その1年は待つだけなんで、バイトしてお金を貯めて2ヶ月間アメリカへ行ってきました。ただ単に遊びに。

ニシグチ:えぇ〜!それもすごい。アメリカでは毎日何をしていたんですか?

前田:滞在中は毎日ミュージカルを観ていました。朝並んだら5000円くらいで見れるので。美術館や、映画の舞台になったところをまわったり。暇なのでマンハッタンを全部歩いて写真を撮って。楽しかったですね〜。

ニシグチ:楽しそう!でも、ずいぶん思い切った行動ですよね。

前田:僕、大人を悲観していたというか・・働いたら仕事に追われて何もできなくなると思っていたんですよ。だからやりたいことを全部やってから大人になろう!と決めていたんで。だいたいの遊びはやりましたね。

ニシグチ:なるほど〜。じゃあ帰ってきてからはその専攻科へ?

前田:はい。専攻科の2年間はめちゃめちゃ勉強したんで成績も良かったです。で、就職時期に先生に紹介してもらった大手のエレベーター管理などをやっている会社に入りました。

ニシグチ:おぉ〜、ソツなく就職も決めたわけですね!ただ・・デザインに行く気配が今の所ないんですが(笑)

前田:でしょ(笑)でも1年くらい勤めた時に異動になりまして。そこでイントラネット(内部の人しか見れない情報共有のためのサイト)を作らなければいけなくなり、勉強を始めたんです。HPビルダーやphotoshopなどを独学で。それがしんどくないし、意外にできたので「これでいけるんちゃう?」と思って、それで会社を辞めちゃったんですよ。給料も良かったし、不満もなかったんですけど。

ニシグチ:・・勢いがすごい。

前田:でも辞めるきっかけはこれまた映画なんですよ。小さなバーに行って飲んでいたら隣に知らないおじさんが来て、映画のポスターデザインが収められているマイクロフィルムを出してきて。それが『トータルリコール』という映画のものだったんですね。他にもいろいろ見せてもらって「ハリウッドの仕事だから何百万円ももらえるんやで」と聞いたんです。で、「そういう仕事あるんや・・これやな」と(笑)。もしかして映画のポスターとかを作れるかもしれないし、デザインという形で映画に関われるかもと思ったのがこの世界に入るきっかけです。

ニシグチ:それはターニングポイントじゃないですか!で、デザインの世界に踏み込んで、まずはどうしたんですか?

前田:独学で勉強しながらデザイン関係のアルバイトもして就活していたんですけど、半年くらいでデザイン会社に正社員で入れたんです。そこで2年くらい紙もWEBもやっていました。で、24歳の時に辞めて何も考えずにフリーランスになった感じです。

ニシグチ:早っ!!まぁ若いからこその勢いですよね。でもどうやって仕事を・・?

前田:知り合いとかに仕事をもらったり。あとは毎日求人サイトをチェックして中途採用しているところは応募、引っかかったら「社員じゃなくてフリーランスとしてお付き合いしませんか」と交渉する感じで。そうこうしているうちに、知り合いに職業訓練校の講師を紹介されて引き受けたんです。それが週に4日で月20万くらいなので安定していて。それ以外の個人の仕事もちょこちょこやったりしていました。

ニシグチ:安定収入大事ですよね。職業訓練校の先生ってずっとできるものなんですか?

前田:いえ、3ヶ月単位の契約なので、直前まで次があるかわからないんです。結構不安定でしたよ。あと、卒業生の就職率や評判など条件や制度が色々と厳しくなってきたので、辞めてパソコン教室で働きました。途中で社員にもなりましたけど、それとフリーランスかけもち生活な感じで。

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その会社を選んだのは給料が20~40数万と幅があり、教室長になったら上がると聞いたからです。半年後には教室長になって、京都や寝屋川など色々な場所の教室へ行くようになり、その後関西のエリアマネージャーにもなりました。

ニシグチ:上り詰めたんですね!じゃあ収入も安定して良い感じになったのでは?

前田:はい。ただ、大阪・京都・滋賀全部の教室を見ないといけないので大変だったんですよ。フリーランスとしての仕事は忙しくてほとんどできませんでしたし。それでもまぁ特に不満はなかったんですけど、たまたま見た求人雑誌で専門学校の講師募集を発見しまして。軽い気持ちで応募したら受かったんで、そっちに行ったんです。

ニシグチ:さっきから、不満はなかったと言う割には転々としてるな〜。

前田:そうなんですよね(笑)。でもそこが給料は安いし激務だったんですよ、最初と話も違ったし。あと、3年くらい勤めた時に子供ができまして。それで稼がないといけなくなり、学校の仕事を辞めてフリーランスになりました。学校と並行して個人の仕事も受けてはいたので。それが33歳の時ですね。

ニシグチ:久々のターニングポイント!じゃあそこから完全にフリーランスですか?

前田:そうです。また求人サイトを見て交渉して・・というやり方で仕事を探しました。ただ、昔と同じことをやっても講師という実績もあるし、その中でスキルもついているので結果が全然違うんですよ。それでいくつか決まりましたね。

ニシグチ:求人サイトで探すけど、連絡は会社に直接してるって言ってましたよね?

前田:はい。求人サイトから送ると雇う側の会社もお金がかかるので、直接会社に連絡します。で「社員で雇うよりフリーとして雇ったほうが保険もかからないし、辞めさせるのも楽ですよ」と提案するんです(笑)

ニシグチ:それは会社側からしてもありがたいですよね

前田:お互いにいいんですよね。そのうち紹介なども増えて来て、この2年は割と順調です。

ニシグチ:なるほど〜。僕も前田さんからこういう話を聞いてかなり参考にさせてもらっています。もう1つ聞きたいのが「カセグーン」というイベントについてなんですが。あれはいつから始めたんですか?

前田:カセグーンは今年の5月です。でも実は1年前から毎月イベントをやり始めていたんですよ。集客やニーズを把握したくて、色々やりました。デザインは関係なく、ハーバリウム、アロマ、ふるさと納税のやり方、WEBマーケティングや国からお金を借りる方法、LGBTに関連する映画を見て話す会とか。今でも常に誰か講師の人に来てもらって、自分はあくまで主催者としてやっています。

ニシグチ:そんなにやっていたんですか?知らなかったな〜。
それは何の目的で始めたんですか?

前田:イベント主催の経験値を積みたかったのと、参加者との繋がりで仕事ができたらいいなと思ってです。クリエイターのお金の稼ぎ方に関するイベントをやりたいという構想はずっとあったんですけど、でも誰にやってもらおう?と思っていて。クリエイターの知り合いなんてゼロだったので。それで今年に入ってtwitterを始めたんです。

ニシグチ:ゼロだったんですか?それも意外なんですけど。

前田:いなかったです。ずっと講師畑にいましたし、個人の仕事は全部自分で完結させていたので。twitterも4月くらいまでは見ていただけなんですけど、たまたまデザイナーの清川英恵さんが「お金に関するイベントがあった方が良いのでは」とつぶやいているのを見て、すぐに連絡しました。3日後くらいに会って喋って、正式にやろうと。清川さんから他の登壇者の方々は紹介してもらって、5月に第1回カセグーンを行いました。

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                           (@riku_yamashita)

ニシグチ:スピード感がすごい・・。

前田:1回目のカセグーンは告知してすぐに埋まりましたし、良い感じでできたので7月に東京で第2回カセグーンもやりました。西口さんにも出て欲しかったんですけど、スケジュール含め難しかったので代わりに別のイベントをやろうということになって生まれたのが「上司タイガー」。

ニシグチ:そうですね。ちなみに上司タイガーは「界隈を越えよう」というテーマで、業界の外にクリエイティブを届けたくてやっています。間口を広げるためのプロレスですよね。その方が興味を持って見てもらえるから。

前田さん:僕もニシグチさんもコミュニティーや仲間・友達などと狭いところで集まっているのが苦手で・・。集まってもいいけど、それがいくつかあった方がいい。で、プロレスにしたら喧嘩しても「プロレスやん」と言えるから良いんです。デザイナーとかクリエイターは「楽しいことをやる人たちなんだな」「もっとバカやっていいんだ」と思って欲しいんですよ。

ニシグチ:ほんとそうですよね。上司タイガーの方もこれから色々見せ方を考えているので楽しんでもらえたらと思ってます。あと前田さん本屋の店長?みたいなこともやってません?

前田:あれは、奈良市のならまちにある「ふうせんかずら」っていう無人の本屋で。各本棚に本を出したい人を募集していて、選ばれた人が100冊くらい選書して入れるという本屋です。売れたら売上をもらえるシステムで。応募して受かったので置いています。

ニシグチ:興味のあることはなんでもやっていこうという感じですか?

前田:そうですね。僕は昔から大人に失望していたんで。今は「大人って楽しいよ」ということを見せたいから色々とやっている感じです。でも教育したりはあまり思っていなくて。「楽しいことがあるよ」、「こんな世界もあるんだよ」というのを見せたいですね。

ニシグチ:前田さんは楽しくやりたい感じが強いですよね。堅苦しくなくというか。

前田:「デザインはこうあるべき」みたいな、クリエイティブ業界を厳しい世界だと見せる人たちが多くいますよね。もちろんしんどいしやらなきゃいけないことはたくさんあるけど、それはどこの世界も同じだし。なので、壁をなくしていくための活動をしているというか。活動家ですね、僕は。

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ニシグチ:おお、活動家宣言!デザイナーだとかそんなの関係ないということですね。

前田:そうです。今から違う仕事をやってねとなったらやるし、デザイナーにこだわってはいなくて。学校とかで子供に大人の楽しさを見せる活動もしたいですし、来年あたり学生や一般人を招いて就職フェアーみたいなこともしたいと思っています。そこでカセグーンもやって、とか。

まぁバットマンとジョーカーみたいな感じで。バットマン(正義の味方)がいるからジョーカー(悪役)がいるし、逆も然りですよね。否定する人がいるんだったら肯定する人がいないとこの世界は成り立たないと思っているんで。僕は肯定側にいて「いいよ」と言いたい。そんな感じですね。

ニシグチ:なるほどー!いや、そんな大人は素敵だと思いますよ。改めて色々聞けて勉強になりました。ありがとうございます!

***

話を聞いた人:上司ニシグチ
撮影&ライティング:UNO
バナーデザイン:秋山楓

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<取材を終えて>
私とマエダさんが出会ったのは、今年の5月。まだ4ヶ月しか経っていませんが、とても仲良くさせてもらっていて、お互いプロレス好きのクリエイターとして意気投合したこともあり、カセグーンや上司タイガーのイベントなどで、ご一緒する機会も多くなりました。とはいえ、マエダさんの経緯を聞いたことがなかったので、今回のインタビューで、マエダさんを構成する "面白DNA" の原点を垣間見ることができた楽しかったです。本当に芯がしっかりされていて、チェレンジ精神も旺盛…しっかりと未来も見据えて行動されているその姿勢は、とても勉強になりました!マエダさん、本当にありがとうございました!(_ _)

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