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”日本の飛行機”をめぐる2つの展覧会でつなぐ 戦前から現代までの記憶

あなたは「飛行機」と聞いて、どんなイメージを思い浮かべますか? 騒音問題などのニュースも耳にする一方、特にコロナ禍で移動が制約された今は、自由に各地を飛び回れた頃の「平和」「自由」の象徴的なイメージだったり、機体の「かっこよさ」への憧れのようなポジティブなイメージも思い浮かびます。

いま、「飛行機」をテーマにした2つの展覧会が開催されています。テーマは異なりつつ、繋りも感じられるこの2つの展覧会をご紹介します。

 「ヒコーキと美術」展 (横須賀美術館)

神奈川の横須賀美術館で開催されているのは、飛行機という20世紀の一大発明が私たちに与えた影響を 美術の視点から見る展覧会。”日本の”飛行機の歴史を絵画でたどる構成になっています。

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なかでも、キービジュアルにもなっている 川端龍子《香炉峰》と久保克彦《図案対象(第三画面)》は圧巻!サイズがとても大きいこともあり、図版では体感できないダイナミックさと、図版では気づきづらい細部のこだわりや小さなモチーフも必見です。

ヒコーキと美術

展示のはじまりは1934年、当時はまだ珍しかった「飛行」の新しい感覚を図案化した≪空旅抒情≫ (恩地孝四郎)。目新しさや今までに体感したことのない感覚に対するわくわく感が伝わってくるような作品から始まります。

一方、そこから先、飛行機が戦争の道具となり、シンボル的に描かれる様子も見られてきます。今回の展示のなかでは「戦争画」も多く、その意味でもとても見応えのある展示でした。(「戦争記録画」は、国立近代美術館のコレクション展以外ではあまり目にした事が無かったので、他の地方美術館所蔵の作品と併せて見ることができるのは貴重な機会のようにも感じました。)

※ 「ヒコーキと美術」展の展示作品について、八谷和彦さんがnoteで丁寧に解説してくださっています。(とても分かりやすかったので、勝手にご紹介すみません💦)

関連展示として「横須賀海軍航空隊と秋水」という歴史資料展示も行われています。美術館のある横須賀の土地に根ざした展示で、模型や再現映像などもあり、こちらも見応えがあります。

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《秋水AR》を使い、横須賀美術館屋上にて撮影)

  八谷和彦 秋水とM-02J (無人島プロダクション)

一方、こちらは東京都の錦糸町付近にあるギャラリー・無人島プロダクションで開催中の展覧会。「風の谷のナウシカ」に登場する一人乗りの飛行機「メーヴェ」に着想を得て設計された無尾翼機を制作し、実際にジェットエンジンを搭載して飛行を行っている八谷和彦さんの個展です。

八谷和彦 秋水とM-02J_02

先ほどの横須賀美術館の後半にも登場する「秋水」という飛行機。空襲に飛来するB-29の迎撃を目的として生まれ、終戦直前に試験飛行をしたものの、試作機のみで終わった飛行機。ロケットエンジンによる推進力で3分程度で高度1万mまで達するという無尾翼機です。

昨年12月、この「秋水」をテーマとし、当時の記憶を解凍するような展覧会「柏飛行場と秋水 - 柏の葉 1945-2020」が八谷さんの企画で柏の葉で開催されました。そして、その秋水が開発されたのは横須賀だったんですね。

「柏飛行場と秋水 - 柏の葉 1945-2020」では、どちらかといえば戦時中の記憶にフォーカスされていたのに対し、今回の「秋水とM-02J」展は 終戦直前の「秋水」を起点として、現在にかけての日本の飛行機の歴史をつないでいくように感じました。

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「八谷和彦 秋水とM-02J」展 展示風景

今回の展示では、八谷さんによる一人乗りの飛行機・M-02Jの実機やフライト映像も展示されています。実物はやっぱり美しく迫力がありますね… キービジュアルでは、「M-02J」と「秋水」の図面が重ね合わされ、その形状が比べて見られるのが面白いです。

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”日本の飛行機”をめぐる2つの展示を拝見して

以下は個人的な感想です。今回同時期に開催されている2つの展覧会は、「秋水」というつながりだけでなく、日本での「飛行機」の立場を考える意味で繋がりを感じる展示でした。

横須賀美術館の「ヒコーキと美術」展はとても良い展示だった一方、その作品の多くが戦争の記憶と結びつく作品だったのは少し不思議にも感じました。戦後の日本には、飛行機を扱ったポジティブなイメージの作品ってあまりなかったのかな?と。

図録を読む限りでは、それが企画のスコープ外なのか、戦後は飛行機をモチーフとした作品が少ないのかは分かりませんでした。ただ、例えば切手の図案を眺めてみても、日本では、戦後の記念切手に描かれた船舶や自動車などのモチーフと比較して飛行機の図案は少ない様子が見受けられます。なぜ戦後には飛行機が描かれてこなかったのでしょうか?

その理由の1つは「秋水とM-02J」展の中で展示されている《日本の飛行技術変遷図》から見えてくるように思えます。

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「八谷和彦 秋水とM-02J」展《日本の飛行技術変遷図》より

”日本の航空機開発は、1910年初の動力飛行の成功以来、外国機を導入したのち、ライセンス生産で技術を習得しながら独自技術を培ってきました。その技術はやがて世界の技術に肩を並べるまでになりましたが、敗戦後、すべての航空活動を禁止されている間に、世界は音速に近い速度で飛行するジェット機の時代へと激変しました。
(「日本の飛行技術変遷図」解説より / 横山晋太郎)”

八谷さんが「個人的に飛行装置をつくる」プロジェクトを2003年に始められたきっかけとして、ひとつにはイラク戦争があり、もうひとつには「日本に民間用航空機の市場が無いこと」「戦後初の国産航空機計画によるYS-11の開発から、同機製造の累積赤字による撤退まで、実に40年もの間、国産飛行機の製造は行われてこなかった」ことがあると書かれています。
(* 「Open Sky」パンフレット、黒澤 浩美さん(金沢21世紀美術館)の文章より)

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「八谷和彦 秋水とM-02J」展 展示風景

そうした中で、八谷さんが現代に新しい飛行機をアートとしてつくられている意味、それから、実用的に重視される「より高く、より速く、より遠く」といった機能とは違ったベクトルの飛行機をつくる意味を、こうした歴史を通じて見る中で改めて感じられたように思えます。

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「八谷和彦 秋水とM-02J」展《日本の飛行技術変遷図》より

横須賀美術館の「ヒコーキと美術」展の会場の出口には、「秋水とM-02J」展のポスターが見えるのですが、それは秋水のつながりだけではなく、日本の飛行機の「戦後」から「現在」へのつながりが見えるようにも感じられました。

なお「秋水とM-02J」展では、飛行機都とともに「手紙」がモチーフとして使われ、飛行機の切手が販売されたり、展示に関連する小林エリカさんの作品が「手紙」の形で配布されていたりします。

また同展覧会内で展示されている、日本唯一の小型飛行機メーカー「オリンポス」の代表で、M-02Jの設計に携われた四戸哲さんへのインタビュー映像では、秋水の開発にも一部関わった木村秀政先生についてのお話も。

終戦期から現在までの飛行機の歴史を、手紙のように丁寧に  ”伝え” ”残し””繋ぐ”展示なのかもしれません。

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横須賀美術館の「飛行機が日本に入ってから戦後まで」の展示から、「終戦頃から現代まで」を八谷さんの展示がつないでいくような、今、併せて見たい2つの展覧会でした。

「ヒコーキと美術」展は2021年4月11日、「八谷和彦 秋水とM-02J」展は2021年4月18日(日)までです。

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【展覧会情報】

■ヒコーキと美術 (横須賀美術館)

ヒコーキと美術

会期:2021年3月8日(月)~4月11日(日)
時間:10:00~18:00
休館日:3月1日(月)、4月5日(月)
観覧料:一般1000円、高大・65歳以上800円、中学生以下無料

■八谷和彦 秋水とM-02J (無人島プロダクション)

八谷和彦 秋水とM-02J_02

会期:2021年3月11日(木)〜4月18日(日)
時間:火~金|13:00-19:00 / 土・日|12:00-18:00
休廊日: 月曜日、3/20(祝)、3/27(土)、3/28(日)
観覧料:無料

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