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現実と虚構が交錯する 予測不能な鑑賞体験|フィリップ・パレーノ:この場所、あの空 展(ポーラ美術館)

箱根の森に囲まれたポーラ美術館で、「フィリップ・パレーノ:この場所、あの空」が2024年6月8日からはじまりました。

ポーラ美術館 エントランス

インスタレーション、映像、ドローイングなど、さまざまなメディアで構成され、展覧会全体が劇場のように、次に何が起こるか分からない鑑賞を「体験」する展覧会。

2024年6月10日に開催されたフィリップ・パレーノのアーティストトークの内容も交えてレポートします。


▍アーティスト・フィリップ・パレーノとは

 フィリップ・パレーノ(Philippe Parreno)は、アルジェリア生まれ、フランス在住の現代アーティスト。インスタレーション、映像、パフォーマンスなど多様なメディアを使用し、テクノロジーを活用した作品や、観客の参加や感覚を重視したインタラクティブな作品を多く制作しています。
 
日本では、2019年にワタリウム美術館で初の大掛かりな展覧会が開催され、今回、ポーラ美術館での展示は国内最大規模の大型個展となります。

フィリップ・パレーノ展 エントランス(ポーラ美術館)

▍現実と虚構が交錯する劇場のような展覧会

 最初の展示室には、明るい日差しが差し込む空間を泳ぎ回るで魚のバルーンが。ヘリウムガスのバランスにより、様々な高さに浮遊し、空調や人の動きによる空気の流れやバルーン同士の相互作用でゆったりと動き回ります。

《私の部屋は金魚鉢》/ フィリップ・パレーノ (2024)

奥の窓には箱根の新緑の景色が広がり、《私の部屋は金魚鉢》というタイトルの通り、部屋全体が金魚鉢で、私たちも水中にいるような気分です。幻想的な光景ですが、作者によって制作された大きな瞳は、まるで意思を持っているかのように感じられ、緊張感も感じさせます。

続く展示室では、フィリップ・パレーノの代表作のひとつ、《マリリン》が上映されています。1955年の映画「七年目の浮気」のロケのためにマリリン・モンローが滞在していたホテルの部屋を舞台に、人が登場せず、声や筆跡、視線を使って彼女の存在を再現した、約20分の映像作品です。

《マリリン》/ フィリップ・パレーノ (2012)

映像を観ているうちに、文字を書いているのがロボットだと気づき、意味ありげに聞こえていた声も実は中身のない話のように聞こえ方が変化… 映像の最後には、虚構の世界から現実に引き戻されるような感覚に襲われます。1つの作品の中で、見え方が大きく変化する作品でした。

《マリリン》/ フィリップ・パレーノ (2012)

《マリリン》は、2012年の作品で、当時は今のようにAIで声を再現する技術がない中で制作されたといいます。近年では、AIで死者の声を再現することについての倫理なども議論されますが、今から10年以上前にこうした作品が制作されていたことに驚かされます。

▍周囲の環境・作品同士が呼応する展示

 《マリリン》の上映が終わったら、ループで映像が再生されるもの…そんな思い込みで席を立とうとすると、突然、展示室の背面のブラインドが開き、自然光が降り注ぎました。

屋外には《ヘリオロトープ》という巨大なモーター駆動の反射鏡の作品が設置され、日光を反射して展示室を明るく照らし出します。

《ヘリオトロープ》/ フィリップ・パレーノ (2023/2024)

窓にはスピーカーが取り付けられ、《ヘリオロトープ》のモーター音とともに、川のせせらぎや鳥の声が聞こえてきました。これらの音は、美術館の庭園に置かれたマイクで採取されたものだそう。

《マリリン》の上映中にも流れていたグランドピアノの音は、同様に屋外で採取した音をMIDI変換して自動演奏させているというもの。

続く地下の展示室では、調光フィルムとライトを使い、作品同士が対話しているかのような展示も。外の環境と室内がつながり、作品同士が影響し合い、空間と環境の境目が曖昧になっていくように感じられました。

▍目に見える“オブジェ”としての作品はない 「体験」としての展覧会

 最後の展示室でも、映像作品が終わると別の作品が現れるなど、最初から最後まで「次には何が起こるんだろう?」とドキドキする体験が続く展覧会。こうした鑑賞体験について、フィリップ・パレーノは、「Audience」と「Public」という言葉で説明していました。

地下展示室2 展示風景

「Audience」は、映画館で映画を観るように次の体験を理解している状態。一方で「Public」は、公園に行くように次に何が起こるか分からず、その場に居合わせた人との関係でも体験が変化する状態。パレーノはこうした「Public」的な”宙づり”の空間と時間をどうつくるかを考えていると述べていました。

彼は「オブジェ」としての作品を作らずにアートとして成立させることを試みていると言います。今回の展覧会でも、写真には写らない目に見えなかったり、不定形な作品が多く見られました。

《雪だまり》/ フィリップ・パレーノ (2024)

近代化の中で生まれた美術館のような「箱」。今はその中で開催されるのが「Exhibition」だけれど、本来は「経験」だったとフィリップ・パレーノは言います。そして、彼自身は、その「箱」に捕らわれず、空間と時間が関係し合い、自由に行き来できるものを目指しているとお話をされていました。

本展覧会のタイトルは「この場所、あの空」。それは、目に見えるオブジェとしての作品ではなく、明るい光の差し込む美術館、緑に溢れる庭園といった空間と、その中を過ごす時間の「経験」そのものが作品であるということを示しているのかもしれません。

《ホタルをめぐる記事》 / フィリップ・パレーノ ( 1993/2024)

写真だけでは伝わらない「フィリップ・パレーノ:この場所、あの空」展は、ポーラ美術館で2024年12月1日まで開催されています。

【展覧会概要】フィリップ・パレーノ:この場所、あの空

URL:https://www.polamuseum.or.jp/sp/philippe-parreno/
会期:2024年6月8日(土)~12月1日(日) 会期中無休
会場:ポーラ美術館 展示室1、2、5、屋外
開館時間:午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
入館料:大人¥2,200、大学・高校生¥1,700、中学生以下 無料 

【展覧会訪問前に気になるアレコレまとめ】

撮影可否:可能(動画も1分以内は可能)
入館予約:不要(オンラインでチケット購入可能)
会期中展示替え:なし
音声ガイド:なし(オンラインのハンドアウトあり)
図録:制作中
その他:屋外作品の《ホタル》は夜間にのみ見られる作品です。

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