”昭和初期の名建築”と”現代アート”の共演の中に見える「現代の山水」とは?|展覧会「アーバン山水 Urban Sansui」(九段ハウス)
九段下の駅から10分ほど歩いた場所に、思わず目を留めてしまう美しい異国風の邸宅が現れます。
昭和初期の1927年に建てられた、新潟県長岡市出身の財界人である5代目山口萬吉の私邸で、スパニッシュ建築様式の建物「九段ハウス(kudan house)」です。
登録有形文化財であり、普段は公には公開されていないこちらの建物で、10日間限定で現代アートの展覧会「アーバン山水 Urban Sansui」が開催されています。建築も作品も見応えがあり、さらに建築と作品のコラボレーションも素敵な展覧会をご紹介します。
スパニッシュ様式建築とアールデコの家具が美しい名建築へ…
玄関で靴を脱ぎ、最初に応接間のような部屋へ。ここに置かれた家具も邸宅として使われてきた時からのものだそうです。造り付けのソファーにアールデコ風の照明。
大きな窓から見えるお庭の緑も部屋の雰囲気ともよく合っています。
建物の中を歩いていると、美しい白壁が印象的ですが、これらの壁は全てコンクリート製。関東大震災の後に建てられたため、非常に頑丈につくられているのだそうです。重厚感がありますね。(「耐震構造の父」と称され、名古屋テレビ塔や東京タワーも手掛けた内藤多仲も設計に携わっているのだそう。)
2Fへ上がる階段の手すりは、大理石と鋳鉄。大理石や木などの自然素材と鋳鉄のような人工素材を組み合わせる手法は、1900年代はじめに流行したスパニッシュ様式やアール・デコ方式の特徴のひとつなのだそう。
階段をのぼった先にある寄せ木の床と鋳鉄のラジエーターカバーも美しいです。
窓ガラスなども、当時のものがそのまま使用されているそう。
そして、スパニッシュ様式建築の特徴の表れたベランダ。暑い地域で熱気を逃すように開放的な窓が設けられ、そこにはガラスもはめられていません。(構造的に雨は入ってこないのだそう。)半屋外空間のユニークな空間ですね。
屋上にも出られました。鮮やかなスパニッシュ瓦も間近で見られます。
最後はお庭へ。実は庭は5年前につくられたものなのだとか。とはいえ、建築のつくられた大正〜昭和初期の「実用主義の庭園」を現代にあわせて表現したものなのだそうです。明治時代に洋風の庭園としてつくられた芝の庭とは全く違った、日本らしい雰囲気も感じられるお庭ですね。
普段は、ビジネスサロンの開催や会員企業の研修会などに使われているというこの建築。こちらを見られただけでもまず来て良かった!と思いました。
建築と九段の土地もモチーフや舞台に。4名の現代アーティストによる作品群。
今回の展覧会では、この邸宅の中に4名の現代アーティストの作品が展示されています。その作品の一部を見てみましょう。
▍石井友人さん
白い壁に立てかけられたモノクロームの大きな絵画。何が描かれているんだろう?と考えてしまいます。
実はこれ、作者ではない他人がスキャナの上に置いた石のイメージを描いたものなのだそう。別のひとが構成し、スキャナがつくりだしたイメージを描いた絵は、いったい”誰の”作品?と不思議な気分になりますね。
このほか、ひとつのモチーフを正面や上下から、また、立体視の赤青の眼鏡のような両目の視差を2つの対となる画面の中に収め、ほんとうは主体的に見なければ入ってこない四角情報が一度に飛び込んでくるような作品も。
つくることにもみることにも、自分と他者、主体と客体が混ざり合うような作品です。
▍藤倉麻子さん
地下の薄暗い空間で展開される、軽快な音楽にあわせた色鮮やかな映像は、藤倉麻子さんの作品。
自然風景や人工環境の中にある「庭的なもの」を見いだしてつくりあげられた”架空のランドスケープ”の映像です。
映像の中には、”木”のような”庭”らしいものだけでなく、パイロンや看板、車のタイヤなどのモチーフも。でも、都市のなかにいると、いわゆる”庭園”的な庭よりも、家の近くの”都市の風景”のほうが”庭”の感覚に近いのかもしれないと感じました。
建物内の各所には、この映像に登場するモチーフ(九段の土地から着想を得たモチーフでしょうか?)たちが立体作品として点在し、映像の中と外、建物と土地とがゆるやかに繋がるようにも感じられます。
▍槙原泰介さん
廊下に並ぶ円柱のオブジェ。ミニマルアートのような円柱に近づいてみると、ごろごろと大きめの石も詰まったコンクリートの円筒。コンクリートも、人工的な素材だけれど、中には自然の石が混ぜられているんですね。石もひとつひとつ色が異なったり、金属光沢があったり。ただのコンクリート柱が面白く見えてきます。
立体だけでなく、平面の作品も。
この不思議な模様は…?と思ったら、先ほどのコンクリート柱を版にして作られた版画なのだそう。複数の素材が混ざったコンクリートは、同じように絵の具を塗っても、素材自体の性質やその日の湿度などを受けて変化してしまうそう。そんな環境を取り込んだ版画なんですね。
▍水木塁さん
一見、スプレーで描いたストリートアートのような雰囲気も感じられるのは、水木塁さんの作品。コロナ禍で人の活動が減った都市の中に増えた雑草やゴミをモチーフに、サイアノタイプ(青写真)とデジタルプロセスを組み合わせて制作されたという写真。
ある意味、コロナ禍まっただ中の頃の私たちにとって本当に身近な都市・ストリートの雰囲気がそのままデジタルとアナログを組み合わせた写真の中に生々しく焼き付けられているようにも感じました。
また、建物の床面には、プラスチックでできた植物が。まるで建物の隅から自生してくる雑草のようです。でも、実際の植物とは全く違ったクリアな樹脂に、建築物のような構造。先ほどの写真作品もどちらも、自然と人工の要素のバランスが面白いです。
ところで、最初は「写真」と「立体」ではアプローチが全く違うようにも感じて驚きました。ところが、”写真データからモデリングして3Dプリントで出力する”というプロセスを経ていて、写真作品と大きくは変わらないとご本人に教えていただき、確かに同じだ…と目から鱗。”写真”の概念が一気に広がりました。
建築と作品の中に見る「現代の山水」とは?
こうして、建築と作品、どちらも素敵な展示でしたが、タイトルにもなっている「山水」って何なのでしょう?
「山水画」「枯山水」などのイメージから、東洋的で、それから”現代”の世界とはかけ離れたイメージがありますが、その世界では、”人間と自然が分離されることなく、万物の流転の中に主客未分のまま存在すると考えられて”いるのだそうです。(展覧会ステートメントより。)
西洋の「ランドスケープ」は”人と自然が切り離されたもの”で”いつどのように見ても意味が変わらない景色”であるのに対し、東洋の「山水」は”人と自然が分離せず””季節や天気などの要素もその中に含んでいる”といった内容を本展のキュレーターの近藤亮介さんから伺いました。
そうして見てみると、今回見てきた近代の「建築」の中にも現代の「作品」の中にも、自然と人工物の組み合わせや、周囲の環境(天候等)が取り込まれている部分、そして主体と客体をはっきりと区分しない”グラデーション”のような部分が含まれていたことに気づきます。
また、環境と建築と作品の間にも相互作用があり、私が滞在していた1時間半ほどの間にも、光の加減や天候で作品の見え方が大きく変わってみえることもありました。
建物と作品そのものも、またそれぞれの関わり方も面白い展覧会でした。
展覧会『アーバン山水 Urban Sansui』は2023年3月19日(日)まで、事前予約制で開催されています。
開催概要
会期:2023年3月10日(金)~3月19日(日)*会期中無休
会場:kudan house (https://kudan.house/)
住所:東京都千代田区九段北1-15-9
開館時間:11:00~18:00 *事前予約制(入館は17時まで)
休館日:会期中無休
チケット種別(Peatix):
通常チケット(一般・大学生) ¥1,000(各枠50人定員)
通常チケット(高校生以下) ¥0(各枠20人定員)
ガイドツアー付チケット(共通) ¥2,000(10人/回)
拡大版ガイドツアー付チケット(共通) ¥3,000(5人/回)
最後まで読んでいただきありがとうございます。良かったらサポートいただけたら嬉しいです。サポートいただいたお金は 記事を書くための書籍代や工作の材料費に使わせていただきます。