悲しくてかっこいい人

 イ・ランの『悲しくてかっこいい人』を読みました。

 この人と会って話がしたい。
 この本を読み終えたとき、真っ先にそう思った。海の向こう側の言葉も住む国も違う人が書いたとは思えなかった。読んでいるときは、まるで友人の話を「そうだよね、わかる」とお茶をすすりながら聞いているような感覚だった。

 イ・ランを知ったのは今年の冬のこと。よく行く飲み屋さんにはレコードやCD、本が売ってあって、その日も何かないかなと棚を眺めていた。「この人の歌、好きそう」と店主に勧められ、アルバム『神様ごっこ』を買って帰って、家で聴いた。いつも思うんだけど、なんで周りの人たちは私が好きなものが分かるんだろう?すぐに彼女の歌のとりこになった。CDと一緒になっていたブックレットはたった70ページほどしかないけれど、そこには彼女の思うことがぎゅっと詰まっていて、読むとますます好きになった。

 11月にエッセイが出ると知って、すぐに買って読んだ。「すべてが過ぎ去った後に、ようやく君は泣くのかい?」という帯の言葉だけで泣きそうになった。

 不思議な人だ。ネガティブなんだかポジティブなんだか分からない(そもそも、その2つに区別すること自体がナンセンスなのかもしれないけど)。「死にたい」と言いながら「楽しく生きたい」と言う人。大切な人に冷たくしておきながら、誰よりも愛情深い人。父親のことが苦手だったり、スキューバダイビングが怖くて泣いたり、楽しく生きたいのに何をすればいいのか分からずもがいていたり。他人事だとは思えなくて、うんうん頷いている自分がいた。


 彼女の独り言のような文章の中に、こんなことが書いてあった。

仕事をして家に帰ってくると一人で泣いたり、泣いてから歌を歌ったりした。歌は怒りや恐怖を鎮めてくれる治療法だった。一人で歌を作って歌うことが自分を慰めてくれることに気がついた。だから、一人で眠りにつく数えきれない夜に、歌を作って歌った。

 この文章を読んだ瞬間、頭の上にピカッと電球が浮かんだ。そうなの。私もそうなの!
 2年前、突然歌を作り始めて、よく聞かれるのは「なんで曲を作ろうと思ったのか」「どういうときに曲を作るのか」だ。そりゃそうだ。今まで絵ばかり描いて、お酒ばかり飲んで、映画ばかり観ていた私が、突然歌い始めたんだから。そして、その質問にいつもうまく答えられなかった。「なぜか急に曲ができた」とか「日記代わりみたいなもの」とか、そんなばかみたいな答えしか出てこなかった。そんなかっこいいもんじゃない。だって私は天才じゃない。毎日曲が生まれるわけでもない。もう30曲ほどあるけれど、聴いてくれる人がいるわけでもなければ、音源だってない。それでも私が歌を作るのは、彼女の言うとおり「一人で歌を作って歌うことが自分を慰めてくれる」からだ。

 世界中にはいろいろな音楽があって、一生かかっても聴き尽くせないくらいたくさんの曲があって、好きな曲に出会うとうれしくなって、何度も何度も繰り返し聴いて、まるで自分が映画の主人公にでもなったような気分になる曲があったり、悲しいときに励ましてくれる曲があったり、楽しくて踊り出したくなる曲があったり、音楽は大好き。けれど、まるごと共感することはない。音を、歌詞の一部を、自分に都合よく解釈して聴く。当たり前だ。書いたのは自分じゃないもの。

 でも、自分で作った歌は違う。そのとき私が思うこと、感じること、考えることを書いている。そして出来上がった曲を聴いていると、もう一人の私が、私に向かって歌いかけているような感覚になる。「しっかりしなさいよ」「あの日は楽しかったよね」「もう泣くのはやめて」自分の気持ちを確かめるように、つぶやくようにベッドの上でギターを弾きながら歌う。ずっと前に作った曲を改めて聴いて、過去の自分に励まされることもある。不思議だなと思う。きっと音楽を作るプロの人が聴けば、めちゃくちゃなコード進行だとか、変な曲の展開だとか思われるのかもしれないけど、正直そんなことはどうでもいい。少なくとも私は、自分の作った曲が子供のようにかわいい。

 だからきっと私はずっと曲を作ると思う。悲しくて眠れない夜のために、楽しくて歌い出さずにはいられない瞬間のために。そして、そんな曲を聴いて、いいなと思ってくれる人がいればうれしい。そのことに気づいて胸の中でわだかまっていたものが、すっと消えていくような気がした。これから人に聞かれたらそう答えよう。


 本の裏表紙に彼女の絵日記のようなものが貼り付けてあって、そこにはこんなことが書いてあった。
 

嬉しくて幸せな人にはなれないから
悲しくてかっこいい人になろう そうなろう

 歌を歌い、映画を撮り、絵を描き、文章を書き、それでも埋められない空白。いつか死んでしまうのが怖いから、大切な人をなくすのが怖いから、早く消えてしまいたいと言う。それでも楽しさや刺激を求めてあれやこれやと素敵なものを生みだす彼女はかっこいい。

私もそんなふうになりたい。
悲しくてかっこいい人になりたい。


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