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第10回 「SaaS KPIと開示について」

初めまして!プレイドfinanceチームの新井と申します!
上場直前にジョインし、主にAccountingとFinancial Planning & Analytics(FP&A)を中心に担当しております。
第10回は「SaaS KPIと開示について」というテーマでお送りさせて頂きます。ある種語り尽くされたテーマでもあり、スタートアップ新参者としては語るに恐縮な内容ではありますが、プレイドがSaaS企業として日頃大事に考えていることを日々数字と向き合うFP&A担当の立場から、精一杯お伝えしたいと思います。

SaaSビジネスとKPI Metrics

SaaSビジネスにおいて各種KPIを押さえることの重要性は語るに及ばずですが、その種類の多さと定義の複雑さに初めはなかなかモデルの理解に苦戦しました…。
SaaSはSoftwareサービスの提供形態であり、一般に特定業務領域・業界等における共通課題に対して汎用的な解決策をSubscriptionベースで顧客に提供するモデルです。Subscription収益を考えるとき、新規顧客と既存顧客から得られる収益では異なる性質を持ち、これらは切り分けて考える必要があります。プロダクト・サービスの価値を「新しく伝えること」と、「継続して良さを感じてもらうこと」では価値提供の手法も異なり、従ってKPIも別指標で考えるべきだからです。

SaaSモデルが市場で評価される特徴として、提供するSoftwareの機能や利便性が導入事例を元にアップデートされ続けることにより、他競合サービスに対して先行優位性を築けることが挙げられます。こうしてSoftwareが強くなるほどに、Professional ServiceやTech Supportといった人手を介したサービスへの依存度は低下していき、人的リソースを”比例的に”拡充せずとも安定した収益の積上げと加速度的な事業成長が可能となります(とはいえSoftwareだけの力で100%課題を解決することは難しいのですが)。従ってSaaSモデルにおいて既存顧客から得られるポーションの収益推移は、短期的な収益貢献を示すのみならず、同時にSoftware自体のCapabilityの広がり・深化を意味する超重要な指標と言えるでしょう。一方で新規顧客から得られる収益は、市場での認知拡大・価値浸透の進捗を表します。同じSaaSモデルでも取り組む課題の大きさやSoftwareの成熟度、市場フェーズ、競合環境、先発か後発か等によって、新規と既存のどちらが重要かは変わってきます。

以下はSaaS KPI Metricsの一例ですが、既存顧客から得られる収益指標に新規契約獲得を加えたMRR・ARRと、その他の成長性・安定性・効率性等を示す各種指標によって、事業の成長度を測るのが一般的かと思います。

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尚、SaaSビジネスには米国中心に発展してきた過程において”T2D3”や”Rule of 40%”といった様々なガイドラインがあります。基本的には市場が成熟した米国で提唱されたものであり、日本のスタートアップにとっては達成がかなりチャレンジングなものも多いのですが(苦笑)、国内外の類似企業・目標企業の指標を参照することは自社ビジネスの特徴や現在地を正しく理解するのに大いに役立つと思います。
以上、SaaS KPI Metricsについて簡単な概要説明でした。続いてプレイドにおけるKPI管理と事業計画についてお話したいと思います。

プレイドのKPI管理と事業計画

まず前提として、会社・組織の成長フェーズ毎に意識するべきKPIは変化します。特にスタートアップは成長に合わせて売上計画・顧客数、それを支える社員数が加速度的に増えていくので、変動する事業・競合環境を踏まえ、社内で計画達成に向けて意識の統一が可能な目標KPIの設計が重要です。
プレイドが上場前から今まで最も重視し、日々進捗をウォッチしているのは毎月の純増MRRとその内訳です。純増MRR(下記計算式で算出)は新規契約と既存契約のアップサイド・ダウンサイドを全て包含した指標であり、これら内訳を見ることで事業がどのように伸びたかを把握することができます。
(予実管理に使用している純増MRR分析シート;サマリ部分はこちら)

純増MRR
   新規契約 / MRR + 既存契約 / MRR expansion (アップセル+クロスセル)
       ー 既存契約 / MRR contraction (ダウンセル+チャーン)

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KARTEは、主に顧客サイト・アプリに訪れるユーザー数に応じた課金テーブルを持ち、また顧客のニーズに応じて導入されるプロダクト・オプションのラインナップが決まることから、顧客毎に契約単価が大きく変動します。契約単価が変われば商談期間・受注契約件数も変わってしまうことが常なので、純増MRRはこれらを個別管理するのではなく、ひっくるめてシンプルに、営業チームと共通の目線感を持って会話がしやすい指標でもあります。

事業計画についても各月の純増MRRを中心に財務モデルを回し、Target計画とBase計画をそれぞれ策定しています。財務モデルには事業のトラックレコードと直近の環境変化、今後の戦略を反映させながら、PLのトップラインからボトムラインまで、各種KPI指標が矛盾なく連動する形をじっくり突き詰めるのですが、この過程では幅広いメンバーとディスカッションしながら会社のなりたい姿・あるべき姿の解像度を高めていきます。
例えば、純増MRRの積み上げに基づくトップライン計画に対して、プロダクト別(新規契約数、ARPA、クロスセル率など)の収益想定に無理が生じていないか、ファネルに落とし込んで十分なリード・商談を確保する為のマーケティング予算やパートナー戦略をどう考えるか、R&Dをどう進めるか、計画達成と将来の成長に必要な採用・HR計画とアウトソースのバランスをどう考えるかなど、様々なKPI指標を並べ、あらゆる角度から議論します。この際、国内外の他SaaS企業のKPIは重要な参考指標となりますが、市場も業界もプロダクトの性質も異なる為、こればかりに気を取られてしまうのは本末転倒です。

また新規事業領域においては、PLの達成目標を置くこと自体がプロダクト・サービスのポテンシャルに悪影響をもたらし得ることも考慮すべきです。例えば2020年7月にリリースしたKARTE Blocksは、ノーコードで新しいウェブサイト管理体験を提供することをコンセプトに既にテストユーザーへの有償提供を始めていますが、未だプロダクトはオープンβ版と位置付けています。PMFを見極めている段階においては集中すべきは目の前のプロダクトとマーケットであり、目先の数字では無いはずです。従って、KARTE Blocksには純増MRRの達成目標は置いていません。このように期初において見通しが立たない・不確実性が高い事業に関しては計画上の余白として扱うことによって、チームメンバーが数字ではなく事業の成長に向き合える時間を作れるようにする、同時に事業計画に関しては計画達成に向けて一定の蓋然性を担保することとしています。
KARTE Blocksの紹介:サイト運営の新常識。誰でも編集・更新、超簡単!

事業計画策定について過去までバージョンを遡ってみると、初めはそもそもNewlogo, Up/Cross/Down sell, ChurnといったSaaS KPIに即した形での計画策定をしていなかったり、計画の達成確度・精度が悪かったり、CRMが細かく運用されておらず数字のヨミができなかったり…、たくさんの紆余曲折がありました。そしてIPOプロセスを経た試行錯誤・学びから、この過程でTarget計画・Base計画という概念が生まれたことにより、高い目標を目指して成長モメンタムを作りたい社内の思いと、上場企業としての計画に対する説明責任を両立することが可能となりました。(詳しくは向江が語った第3回 / IPOプロセスにおける計画策定と予実についてをご参照)

こうした学びをベースに、来期・再来期の事業計画の議論は既にスタートしています。事業規模・事業環境は大きく変化しており、次のステージに向けてどう会社の成長を作っていけるか、議論は絶えません。
さてさて、こうして苦労して策定した事業計画ですが、それではこれをあるべき「正解」として事業を進めるのが良いのでしょうか。次にぼくが考えるFP&Aの役割についてお話します。

攻め続けるスタートアップにおけるFP&Aの役割

Financial Planning & Analyticsとは世間に言う管理会計・経営管理の領域で、メイン業務は会社の業績管理・分析とベストな成長戦略に向けた仮説提言を行うことになるでしょう。前職(グローバルに多くの事業投資先を抱える専門商社)でもFP&A業務に携わりましたが、当時は事業部経営・連結ガバナンスという名目の元、予算でコミットした数字に囚われるあまり、ビジネスチームが多大な説明コストを強いられたり、時に現実的でないリバイバルプラン策定に苦慮する場面も目にしました。FP&A業務は性質上、過去から直近までの業績と期初に策定した事業計画を比較分析して差分を抽出・分析することが多く、どうしても目の前に見えている現実に基づいた”課題解決的な思考”ばかりに傾倒しがちだと思います。(これは深く自戒の気持ちを込めた意見です…)

一方でスタートアップに求められる(もっと言えば市場からの評価に織り込まれている)事業成長を達成し続け、継続した企業価値の向上を実現する為には、線形的・連続的な事業の進展だけでは絶対に不十分です。既存事業・既存プロダクトが成長の礎となるのは間違いないのですが、TAMや顧客リーチを考えるといずれは限界が来てしまうと考えるのが自然です。何より新しいチャレンジが続かないと攻めの姿勢・企業文化はすぐ廃れてしまうでしょう。FP&Aが売上目標達成や営業効率性向上といった顕在化した短期的課題だけを至上命題としてしまうことが、中長期的に企業の価値を毀損してしまう懸念について肝に命じなければなりません。(再び自戒の気持ちを込めて…汗)

さて、それではFP&Aが果たすべき役割とは何なのでしょうか。複雑高度なKPI Metricsをガチガチに自社の財務モデルに落とし込み、毎月・毎四半期のKPI推移を期初計画と対比しながら具に分析・レポートし、計画未達や業界平均より見劣りする指標に改善プランを提言し、各チームへ事細かに指示を出すことしょうか?会社規模の拡大やステークホルダーの要請によってマネジメントが細分化され、組織レイヤーが複雑化し、チーム・メンバーは細かい管理メッシュを”器用に”達成することばかりに目が向いてしまうのは陥りやすい落とし穴と言えるでしょう。果たしてそんな状況で、チーム・メンバー本来の熱意と創造性を引き出すことは可能でしょうか?

スタートアップを取り巻く事業環境は極めて不確実且つ変動する(所謂VUCAな)もので、作り込んだ事業計画がその内訳まで含めて完璧に達成すべき「正解」であるかと言うと、そうとは言えない気がします。社内には現場感と高度な専門性を持って日々ビジネスを動かしているエンジニア・ビジネスメンバーがいるわけです。プレイドには「階層や組織、ルールを最小限にし、個々人の意思決定の裁量を最大化する」というカルチャーがありますが、FP&Aの役割は「チーム個々人のパフォーマンスを最大化させ、出せる最大速度で会社を進みたい方向へガイドすること」ではないでしょうか。

ぼくが目指すFP&Aの役割は、船長・クルーと一致団結し、どんなに荒れた海も乗りこなしながらチームを目的地(会社ビジョンの実現)まで導く”航海士”のような存在です(そう、某大人気少年マンガで言うと、"あの人"です)。変化の激しい事業環境、手強い競合、マーケットから求められる成長性と説明責任、限られた経営リソース…。これら複雑に絡み合う諸要素をバランス感を持って把握した上で、どう舵取りするのが良いか。荒れ狂う新世界の海を、最短最速かつ無事に航海できる道筋を神経を研ぎ澄まして探り続ける姿勢こそ、FP&Aに求めらるスタンスだと考えています。
これまでSaaS KPI MetricsとプレイドにおけるFP&Aについてお話してきましたが、あと一息。最後は開示についてです。

開示にこめるメッセージ

開示方針については上場準備段階から海外・国内他社SaaS企業の先行事例を参考に検討を重ねました。投資家に向けて比較可能性を担保することは重要だと考える一方で、正しく会社の現在地と将来性を伝える為に適切な形はどういうものか、IM(Information Meeting)・RS(Road Show)で投資家の皆さまから頂いたヒントを踏まえ議論してきました。比較可能性といってもSaaSというビジネスモデルが一緒なだけで市場・業界・プロダクトの性質は全く別物ですし、何よりプレイドはまだまだ成長途上のスタートアップで収益構造・Metricsは絶えず変化し続けていく、というスタンスは崩したくなかったので、これを踏まえ下記の通り開示項目を決めました。

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最重要・重要としたKPIは上場申請時の資料にも載せており、今後の決算報告でも継続アップデートしていく予定です。これらの指標は計算定義も明快で、事業の成長度合いをシンプルに伝えることができると考えています。(上場申請以降の開示項目は基本的に継続性が求められ、不可逆的なものとなるので、言わずもがな慎重な判断が必要です…。)

これらの開示項目について幾つか簡単に触れますと、”NRR”(既存顧客から得られるサブスク売上をYoY対比で計算)は既存顧客から得られる収益をアップセル・ダウンセル・解約の影響全てをNetして計算したもので、SaaS収益の継続・拡充性を示す重要指標です。また”Long Term Model”の開示は、短期でみた収益性よりも長期の成長性を重視した投資を行う一方で、将来的にはきちんと収益性を高めることを対外的に示す目的を持っておりますが、会社を取り巻く環境変化が著しく、事業構造が短中期で大きく変動する可能性をもつことから、会社の目指すべき姿・長期の成長目線を共有する上で重要な開示項目だと考えています。そして”販管費の内訳(S&M, R&D, G&A)”は北米SaaS企業の開示項目としてごく一般的なものであり開示を決めましたが、計上科目や共通費の扱いなどを厳密に統一したルールがあるわけではないので単純な横比較には注意が必要です。しかしながら、実績とLong Term Modelを合わせて説明することにより、今後の投資方針について意思表示をするのに非常に効果的な開示項目だと捉えています。
一方で開示を見送ったものの代表格が”Churn rate”です。ここは社内でも議論を重ねたポイントですが、契約金額でみた場合(Revenue Churn)と契約社数(Logo Churn)でみた場合で全く異なる意味を持ってしまうことや、ダウンセル影響(契約単価の減少を伴う継続)が考慮されないことを踏まえると、よりクリアに継続顧客との関係値の増減を示す”NRR”を開示することに決めました。Churnから計算されることの多い”LTV”も同様です。また”プロダクト別のRevenue内訳”については、まだまだ事業の細分化が必要なフェーズに非ず、プロダクト全体で数字を作っていくフェーズであると考えており、非開示としています。

FP&Aの話でも触れましたが、スタートアップが事業計画やトラックレコードの延長線通りで綺麗に成長できるというのは、寧ろ稀でしょう。大抵は予見できなかったpositive/negative要素が複雑に絡み合い、そこにビジネスに携わるチーム・メンバーの意思・熱意が加わることによって、実績が作られるはずです。従って、プレイドでは開示において細かい数字の説明に終始してしまうことは、今後の成長性を示す意味で適切なコミュニケーションでは無いと思っています。ぼくらとしては、比較企業は数多くあれどプレイド自体の将来性・中長期の成長ポテンシャルに向き合って欲しい。その為に開示で大切にしているのは、大局観をもった実績数値の説明とその要因・要素の定性的な分析に納得感を持ってもらうこと、そして何よりプレイドが描く未来の成長戦略に共感してもらう材料を提供することです。

結びに

以上、連載企画のトリに値するコンテンツだったか自信がありませんが、今回伝えたかったことをまとめると、下記3点となります。

・SaaSビジネスではKPI Metricsが超重要。更に大切なのは、自社にあった KPI設定と、達成に向けて社内の意識が統一されていること。

・スタートアップの事業計画は、線形成長的な財務モデル・Metricsだけでは不十分。FP&Aは細かい業績管理・監督ではなく、進むべき方向へ会社全体としての最高のスピードが出せるようガイドするのが役割。

・開示は数字を細かく出すほど良いとは考えていない。スタートアップは変化し続けるものだから実績数値は大局観を持って説明し、それより未来の成長戦略に対して共感が得られることを大切にしたい。

スタートアップ歴も浅い若造が何をと思う点も多々あったかと思いますが、ここまで読み進めて頂き本当にありがとうございました。

ぼくはプレイドの”アクセラレーター”というコーポレートチームの呼称がとても好きで、今回触れたKPI管理、FP&A、開示はまさに事業の成長にアクセルを効かせられる素敵な仕事だと思い、日々業務に取り組んでおります。
(アクセラレーターについての考え方は、第4回 倉橋・武藤の対談/ IPOにおけるCEOの役割とは?こちらのnote過去投稿をご参照)
まだまだ未熟で試行錯誤を続けているところですが、プレイドとステークホルダーの皆さまに対して更なる価値貢献ができるよう、日々研鑽して参ります!

さて次回は…、読者の皆さまの中にはお気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、実はまだ第6回が未掲載となっておりました!
次回はfinanceチーム最年少で元日本株アナリストの大藪が「IPOにおけるマーケティングプロセス」について語ります。どうぞお楽しみに!

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(書き手プロフィール)
新井俊樹。1992年2月28日生まれ。2014年新卒で鉄鋼を扱う専門商社に入社。営業管理部に配属され、担当部署のFP&Aやグローバルな事業投資先管理、業界再編系M&Aプロジェクトの推進など、営業・経営の間でミッドフィルダー的役割を果たす。後半はシリコンバレーへの研修派遣を経て、国内外スタートアップとの協業に向けた新規事業開発に取り組む。2020年11月、上場直前のタイミングでプレイドに入社。AccountingとFP&Aをメインに財務経理・経営企画周りを担当。財務経理基盤の強化・安定化を実現させて、更に攻めていける体制を目指す。スタートアップキャリア始めたてで日々勉強中。育児も勉強中。



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