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第4回 IPOにおけるCEOの役割とは?/ プレイドIPOの軌跡

プレイドのIPOプロセスをリレー形式で振り返る連載企画。第4回はCEOの倉橋健太が、IPOプロセスにおけるCEOの役割、超えなければならない“ハードシングス”を語ります。聞き手はCFOの武藤健太郎が務めました。

我々は今回のIPOのプロセスを通じて、ありがたいことに、多くの魅力的な投資家の方々と新たに関係を結ぶことができました。また、これまでお世話になってきたVCの方々にも、ある種経済合理性を超えて、ベストなIPOを果たすためにと、快く送り出してもらえました。

こうした関係性を築くことができたのは僕自身、手前味噌ではありますが、CEOの倉橋によるところが大きかったと感じています。どうやってグローバルの機関投資家たちといい関係を築いたのか、口説き落とすための秘技があったのかどうかは、個人的にも知りたいポイントでした。

倉橋はほかにも、世間の“常識”に反して旧臨時報告書方式(以下、臨報)ではなくグローバル・オファリングに踏み切るなど、大きな決断をいくつもしてきました。そこには相当なプレッシャーもあったはず。なぜそうした決断ができたのかなど、これからIPOを目指す経営者やチームにとって、気になる話も多いのではないでしょうか。

IPOを果たしたスタートアップCEOの、市場には出回らない“生の声”が、皆さんの参考になれば幸いです。

この記事は、2020年12月17日に東証マザーズに上場した株式会社プレイドのIPOに携わったチームによる連載記事です。過去の記事は、こちらからご覧いただけます。

この連載企画をやることの意味

武藤 今回のテーマは、いわゆる“ハードシングス”的な内容です。IPOのプロセスにおいて、クラケン(倉橋)がCEOという立場でどんな決断をしてきたのか、IPOのプロセスにおけるCEOの役割とはなにかなど、順に聞いていきたいと思っています。ですが、その前にまずはイントロ的に、なぜこの連載企画をやろうと思ったのか。IPOの経験を発信するというのはクラケンの提案だったと思うんですが。

倉橋 プレイドの組織はプロダクト、ビジネス、アクセラレーターの三つのチームから成っていますよね。アクセラレーターというのは、一般的には管理部門のことですが、今回の連載を提案した理由は、管理部門をアクセラレーターと名付けていることと、ほぼ通じています。

僕は、事業全体が加速するエンジンのようなものを作れるのが、いわゆる管理部門だと思っているんですが、単に「管理する部門」になってしまっていることがある。それはあまりにもったいないな、と。持てるパワーを遠慮なく発揮し、事業全体を強く前に進める役割を果たしてほしい。そういう思いを込めて、プレイドではアクセラレーターと名付けました。

会社というのは何もないままでは始まりようがないから、最初はプロダクトやビジネスが中心で始まるもの。それは仕方がない。でも、そのまま放っておくと、管理部門は彼らを支える御用聞きのようになっていってしまう。これが、多くの会社で管理部門が管理する部門にとどまる一つの理由だろう、と。

だから、アクセラレーターチームにはプロダクトやビジネス以上に、なにがしか攻めているシーンが大事になると思う。でも、日常の中ではなかなか生み出しにくいじゃないですか。そう考えた時に、IPOというのは最高のイベントだと思ったんです。アクセラレーターチームがアクセラレーターとして情報発信する、これ以上ない貴重な機会だなって。

武藤 ナレッジを外に発信することで、お世話になっているスタートアップ界隈に貢献する意味もあるけれども、それだけではなく、発信する側である我々自身のためでもあると。

倉橋 社内の認識や感覚というのは、会社の中で流通している情報以上に、外にどういう情報を出したかで作られるものが大きい気がしていて。アクセラレーターチームかつSIX PROJECTチーム(IPO準備チーム)が、外に向けて真剣に良いコンテンツを発信するというのは、自分たち自身をさらに成長させる最高の機会だと思ったんです。

武藤 たしかに、やってきたことを改めて振り返って事実として書き出すと、そこから自分はなにを学んでいたのかと考えることにもなる。実際に書くまではささっと書けるものかと思っていたけど、やってみると全然そんなことはなくて、意外と時間がかかったし。でも、その分だけ得るものも大きい気がしました。

倉橋 外に発信するのには、すごいプレッシャーが伴うじゃないですか。だからすごく考える。貴重な時間を割いて読んでくれる人にとって、どこに、どんな価値があるだろうか、とか。中で振り返ることも大切だけど、圧倒的に学習効果が高いと思う。

これは、僕が普段インタビューを受けたり、イベントに登壇して話したりして感じていることでもあるんです。最終的にアウトプットとしてコンテンツ化されたものを見ると、それがまた学びにもなる。その循環がすごく貴重だと感じているので、アクセラレーターにもそういう機会があるといいなって、ずっと機会をうかがっていたんですよ。

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(写真左:プレイドCEO 倉橋健太    写真右:プレイドCFO 武藤健太郎)


IPOというプロセスがもたらしたもの

武藤 ここからは本題のIPOについて聞いていきたいんですが、まずはIPOを終えたいま、率直になにを感じているか、から。

倉橋 あまり実感がないんですよね。コロナのこともあって、大したお祝いもできていないし。上場した事実はあるし、IPO準備が終わってよかったとも思っているけれど、ちょっとだけ寂しさもある。スタートアップにとって、社員全員が祝えるイベントなんて、そんなにたくさんあるわけではないから。そういう意味での寂しさが。

武藤 僕もその寂しさはありますね。幾度の延期を経て、走っている間は「これ以上の延期は嫌だ」という気分もあったはずなんだけど。

倉橋 シンプルに疲れましたよね。昨年の12月17日に上場して、1日挟んだ土日の寝覚めが、いかによかったことか。僕はもともと精神的に強いほうだし、よく寝られるほうでもあるんだけど、それでも体感的にわかるくらいに違いがあった。それくらいに疲れていたってことなのかな、と。

武藤 クラケンの疲れってどういう疲れなんですかね。例えばケーシィ(ファイナンスチームの小島啓之。連載第1回を担当)の疲れは、わかりやすく「寝ないで頑張ります」という類のものだったと思うんですけど。クラケンが感じていた疲れとはなんだったのか。

倉橋 勝手にかもしれないけれど、やっぱりすべてに対して責任を感じ続けているから。それは創業してからずっと。一緒に創業した直樹(現CPOの柴山)をはじめ、まだなにもないところに飛び込んできてくれた仲間たちに対して。その後に続いてくれたみんなに対して。あるいは、僕らの夢だけを見て投資してくれたVCの人たちに対して、僕は勝手に責任を背負ってきた。誰に言われたわけでもないけどね。

終わりはないんだけど、IPOというのは、何かの責任を一部全うするタイミングでもある。それを一つ超えたということなのかな。

武藤 たくさんの責任を背負っている中で、一つ肩の荷が下りる感覚があったと。

倉橋 IPOには、押さえなければならないプロセスや、大切なルールもある。そういうものと、会社のいろいろな側面とをアジャストしていく必要があるというストレスもありました。本当だったら、これまで通りに振り切ってやりたいけれども、我慢してアジャストすることも大事だという現実はあるから。

プレイドは、そういう我慢はほぼないままに、ここまでやってきた会社じゃないですか。この期間が延びれば延びるほど、感じるストレスは大きくなる。責任を感じていたという話の一方で、こうしたストレスとの戦いもあった気がします。

武藤 ただ単にルールに合わせるだけでなく、保守的に合わせにいかなければいけないところがありますからね。ルールのギリギリを攻めたとして、もしもそれがズレてしまうと、IPOそのものができない事態に陥る恐れもあるから。

倉橋 それでも、SIX PROJECTチームの尽力や、関係するメンバーの貢献もあって、プレイドのいいところがほぼ変わらない状態で、このIPOのプロセスを終えることができた。だから、結果は最高にいいものになったと思う。ただ、これまでとは違うチャレンジという側面があったことはたしかですね。

武藤 連載第1回でケーシィは、上場という管理を前提にした世界に飛び込むにあたって、自由を重んじるプレイドのカルチャーをなるべく損なうことなく、アジャストする努力をしたと書いていた。いまクラケンが言ったこともおおよそ同じだと思うんですが、IPOのプロセスを経たことが、プレイドにもたらしたものはなんだったと感じていますか?

この記事はおそらく、これから上場を経験する経営者の方などに読んでもらうことになると思うんです。上場に対する一般的なイメージは、それを経ることで自由で柔軟性があった文化が管理的になってしまうといった、比較的ネガティブなものではないかと思うんですが、「そうではないんだよ」と言えるとすれば、どんなことがあるでしょうか?

倉橋 IPOおよびその準備のプロセスをなんと捉えるかだと思いますね。これを「審査」と捉えたら負け。僕はそうではなく、より長期で大きなことを成し遂げるための「学習期間」だと思っていて。そう捉えると、すべてはポジティブに見えてくると思う。

IPOをすることで、会社としても事業としても、ある意味で自分たちのいいところも悪いところも、すべて晒すことになる。そうなると自分たちとしても、自分自身とより真剣に向き合うことになる。だから結果として、チーム、会社、事業が全方位で強くなった気がしています。心配をすることとか、口を出したくなることとかが、このプロセスを経てものすごく減った。

信頼できる、任せ切れる範囲がものすごく広がった。結果的に、すごくいいことしかなかったと思っています。むしろ「IPOのどこにネガティブな要素があるのか」と言いたいくらい。

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流通している情報を信じすぎないほうがいい

倉橋 ちょっと違う観点で思ったのは、いま流通している情報をあまり信じないほうがいいということです。IPOはそもそもネガティブなものではないはずだけれど、「上場せずにプライベートで潜っておいたほうがいい」といった議論をよく聞くじゃないですか。「機関投資家はすべてを数字で判断する、感情のない人たちだ」みたいなことを言う人も多い。でも今回実際にやってみて、それらはすべて嘘だとわかった。

ちゃんと誠意を持って真剣に考えて話せば、理解して応援してくれる人がこんなにもたくさんいるのだと知った。だから、ブレずに貫きまくってよかったな、と。説明のフォーマットなども含めて、いわゆるベストプラクティスにただ乗っかることはせず、自分たちのありたいスタンスを押し通したことは正しかった気がしています。

武藤 実際に会ってみると、投資家の人たちもみんな生身の人間だし、一人ひとり違った個性を持っていましたよね。ちょうど投資家の話題が出たのでそのまま続けるけれど、クラケンから見て、長期で付き合っていきたいと思えるかどうかというのは、投資家から投げかけられる質問の内容からうかがい知れるもの?

倉橋 例えば、僕が「あれがああでね」と説明していることを、横に座って、同じ方向を見ながら理解しようとしてくれているのか、それとも前から品定めしようとしているのかの違いは一つ大きくあると思います。それはもう、話し始めた瞬間にわかる。どのポイントをどういう切り口で聞いてくるかで、如実に見える。

武藤 望ましいのは対峙ではなく、プレイドの将来に一緒に向き合ってくれる前者のタイプ?

倉橋 そう。そういう仲間みたいな機関投資家が本当にいるんだなって。シード、アーリーで出会うような、VCさん以上にVCな存在。そういう方たちは、特にロングタームで投資を考えている人たちだろうし。我々としては、本当にロングタームで事業をやりたいと思っているので、そういう投資家を何人見つけられるかがすごく大事だった。もちろんそれだけが大切なわけではないけど、結果として、本当にいい人たちとたくさん出会えたなと思っています。

武藤 そういう“いい投資家”からされた質問で、特に印象に残っているものを挙げるとすると?

倉橋 パッと思い出されるものは二つありますね。一つは、「なぜ、どんな思いで起業しようと思ったのか」など、一番最初の、根本になるようなところを尋ねる質問。

これはいいのか悪いのかわからないけれど、我々はまだまだスタートアップだし、未熟だと思っていて。大きなものを生み出す上では、未熟であることが大切な要素だと思うから、成熟を目指しながらも、どう未熟さを維持するかを常々考えています。そういう意味で、スタートアップとしてのコミュニケーションも大切にしたいという思いがあって。

改めてそこに興味を持って聞いてくれて、IPOという節目を超えたところで、ある種新たなスタートを一緒に作れるという意味で、こうした質問がやはり刺さるのだと思います。

武藤 未熟な部分も含めて理解してもらった上で「一緒にやろうよ」と言ってくれるような。

倉橋 そのほうが長く一緒に走ってくれるだろうという信頼感も作りやすい。いまのスポットを切り取って見るのではなく、ここに至るまでの「なぜ」の部分をちゃんと理解した上で、目指す高みに進んでいくというスタンスが素晴らしいなと思いました。

もう一つ印象に残っているのは、「想定していないプロダクトの使い方とか、クライアントが勝手に見つけてくる価値にはどんなものがあったか?」という質問。

武藤 あれは衝撃的でしたね。その質問が来た時のクラケンの目は輝いていたなあ。

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倉橋
 ちゃんとプロダクトのポテンシャルを把握しにいこうとしている人からしか出ない質問だと思うから。IPOに臨むにあたってさまざまな情報にも触れたけれど、良い意味で実態に裏切られた。実際にIPOを終えたいまは「市場創造を支えてくれる素晴らしい投資家はたくさんいるよ!」と声を大にして言いたい。

武藤 「IPOをすると株主が短期志向になるから経営の制約になる」と言うけれども、それは投資家によっても全然違うということですよね。

投資家を口説き落とす秘技はあったか

武藤 一連のロードショーがかなりうまくいったのには、クラケンが投資家を魅了したのが大きいと感じていて。英語ができず、言語のギャップもあるのに、どうやって投資家を口説き落としたのか。僕自身は「ナチュラルにやっていた」という説なんだけど、「テクニックがあったはず」と主張するメンバーもいる。実際はどうだったのか。秘訣を知りたい人は多いと思うんですけど。

倉橋 「こうすれば口説き落とせる」というものがあってやっていたわけではないけれど、プレイド自身が思うプレイドの現在地について投資家にしっかり伝えることが重要だと思っていて。逆に言えば「一般的な基準で見て上場に値する企業です」「売上はこれくらいの企業です」といった、比較しやすい尺度に乗らないことが、すごく重要だと思う。

我々はこういうフェーズにあって、だからこそまだ未熟で、上場後もたくさんのチャレンジをしないといけない。でも、その先にはこんな大きな世界とか機会とかがある--。僕が作る資料には、こうした話の分量が結構多い。証券会社の一般的な優先度からすると、カットされて薄くなる部分だと思うんだけど、時間をかけてでもこの部分をちゃんと伝えるというのが、僕の中にはありました。

武藤 「どういう世界を作りたいか」とか、そっち側の話?

倉橋 そう。結局そこをちゃんと理解してもらわないと、プレイドが伝わらない気がするから。事業内容を伝える必要があるのは当然だけれど、事業フェーズというか、いまのプレイドの意味のようなものを理解してもらわないと間違えるというか。自分たちの可能性を狭めることになる気がした。だから毎回必ずその話をするというのを、僕の中では決めていました。

数字が悪くなった時期についての話も同じで、一見自分たちに都合の悪い話も正直に話すことにしてた。プレイドの現在地や、現時点でのパワーを正しく理解してもらうために心がけていたことです。

武藤 『KARTE』がプロダクトとしてどう機能するかという話をあえてせずに、『KARTE』のことがより本質的に伝わるような、目指している世界観といまそこにある課題感から、『KARTE』に至る文脈の話を重視しているように僕も感じてました。それがすごく刺さる投資家がいる一方で、中にはイライラしてそうな投資家もいたけれども。でも、すごく刺さる投資家の中にこそ、プレイドにとっての理想の投資家が多かった印象がある。

倉橋 そもそもすべての投資家に好かれる必要はないですからね。これはプライベートのVCからの調達も一緒。ピッチコンテストなどに出ても、つい全員から好かれたくなってしまうんだけど、その必要はないんですよ。重要なのは“正しい支援者”を見つけられるかどうか。その人たちに振り向いてもらうために、最優先で話せばいいのであって。

このスタンスは逆に言えば、投資家さんを見極めるフィルターにもなる。相手に合わせずに話しているから、話した時の反応によって、その投資家さんがどういうスタンスなのかが浮き彫りになる。「ブレない」「譲らない」というのは、いい循環に入るためのキーになっている気がします。

武藤 なぜそれだけブレずにいることができたんだろう。初回の資金調達から変わらずに、そのスタイルでやり続けていることが大きい?

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倉橋
 そもそもIPOは目的ではないですからね。目的はあくまで、事業の先にあるミッション。「その目的に向かうためにベストな投資家さんについてもらうには?」というのが、IPOの役割だから。お金を集めることとか、上場することが目的ではまったくない。本来の目的から考えたら、そこでブレてしまうのは違うだろうということだと思う。

武藤 投資家も仲間であって、我々の世界に共感してもらえる仲間を探すのが、このIPOのプロセスというか。

倉橋 ただ、そう貫くには、そもそもコミュニケーションを取れる相手の総量が多くないと話にならない。実際にお会いしてみると、地理的な多様性、投資スタンスなど本当に多様な世界です。その多様性の中で多くの投資家とコミュニケーションが可能な点は、グローバル・オファリングのすごくいいところだと思います。

VCからの経済合理性を超えた協力のなぜ

武藤 ここまでは新しい株主について話してきたけれど、ここで話のアングルを少し変えて、ステークホルダー、特にVCの株主についても聞きたいと思う。どんなスタートアップもこうしたIPOのタイミングなどで、VCのイグジットについてどう考えるかで苦労を抱えるから。

今回、我々はお付き合いのあったVCさんに、8-9割とかなりの割合の株を売ってもらうことができた。そこで聞きたいのが、どうしてこれだけの協力を得られたのだろうか?

倉橋 たしかに難しいところだと思う。VCさんにとってのイグジットタイミングは公開時か、もしくは上場後もしばらく持ち続けた上で売るかだけれど、IPOディスカウントなども含めて考えると、持ち続けたほうが価格が上がるだろうと考えるはず。そういう前提がある中で大半を売っていただいたというのは、たしかにありがたいことで。

武藤 一般論で言えば、金融の世界の人たちからすれば、リターンの最大化がすべてであってもおかしくはないのに。

倉橋 何年も前から投資して、信じて支援し続けて、最適なタイミングで最大限のキャピタルゲインを得ようと考えるのは、当然のこと。だから売りたくないのもわかる。

でも、グローバル・オファリングを行い、海外の名だたる投資家の方たちを惹きつけるには、流動性が必要であり、どれくらいの量が売りに出されているかはすごく重要だった。このボリュームを作るためには、VCさんに出してもらう以外になかった。お世話になった人たちに最高のイグジットにしてほしいという気持ちと、でも同時にこれは我々にとってスタートでもあるから、最高のスタートにしたいという真逆の気持ちがあって、難しかった。

そんな中でも最終的に協力してもらえたのは、僕は勝手にブランドゲインと呼んでいるんだけれど、投資先がセカンダリー以降の視点からもベストなIPOを実現することが、VCさんにとって、もっともブランドを獲得することにつながるからではないかと。このブランドゲインの観点も、協力していただけた一つの要素だと思ってる。

武藤 なるほど。プレイドがいいIPOを果たすことにより、そういったブランドが得られるのであれば、経済的にも説明できるところがあるかもしれません。

でも、本当にそれだけなんですかね。彼らなりの説明ロジックはそれで立てたのかもしれないけど、そうした経済合理性を超えて、クラケンやプレイドを応援するというところがあったような気もするのだけれど。

倉橋 ああ、それは相当にあると思う。VCさん各社とプレイドとは厚い信頼関係を築いてきた。その信頼を背景に、プレイドがやりたいことを全力で支援することを続けてきてくれていた。そういう意味では、ブランドゲインの話は最後の一押しくらいかもね。

武藤 プレイドとVC各社の、そういう関係性があったからこそ。そうすると次に聞きたいのは、IPOに至るまでに、VCとそうした関係を築くにはどうしたらいいのか。

倉橋 僕らの場合は、本当に遡れば2014、15年に最初に投資を受け始めたタイミングから、彼らとは目的の話しかしていない。その目的までどう行くかということをひたすらディスカッションし続けてきた。つまり、IPOは通過点、プロセスとして存在するのであって、目線はもっともっと遠いところに置いている。そういうコミュニケーションを一貫してきたことが大きかったんじゃないかな。

武藤 なるほど。VCさんたちもちゃんと僕らと同じ目的を見据えてくれていた。その目的に向かうためには、彼らとしても手放すのがベストの判断だった、と。

だとすれば、その想いに報いるためにも、プレイドはIPOに留まらず、もっと遠いところまで行かなければならない。その責任をクラケンは背負っているということだね。プレイドが1兆円企業、10兆円企業になった時、彼らは本当の意味でのブランドゲインを得るのかもしれない。

倉橋 いやー、肩の荷が少し下りたと思ったんだけど、さらに大きな期待と責任を背負っちゃったということですね。

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延期を決断できたワケ

武藤 最後に再び、CEOであるクラケン自身の話に戻したいと思うんですけど、クラケンがIPOのプロセスで一番苦しかったのはいつですか?

倉橋 パッと思い出すのはまず、2019年5月に、1回目の延期を決断したところ。審査もほとんど終わっていたタイミングだったけれど、いろいろな噛み合わせがベストになっていないのではということで、延期を決めたんですよね。

武藤 なぜ延期をする決断ができたんでしょうか?

倉橋 あの時に念頭にあったのは、望まない事象が急に起きる時というのは、表出している事象そのものだけではないより大きな問題が、どこかに必ずあるのではないかということで。今回で言えば、一部の証券会社から思わぬ低価格を提示されたことが引き金なわけですけど、それは裏側にいろいろな歪みがあって、たまたまああいう形で表出したに過ぎないのではないかと思ったんです。

最終的には、低い価格それ自体は是正されたので、そのまま押し切って進めることもできた。けれども、このまま進んだとしても、進んだ先でまた、さまざまな問題がボコボコと出てくるんだろうな、と。そうすると、もうベストのIPOどころではない話になってしまう。だとしたら、延期してでも、圧倒的に自信を持てる状態にしてから上場したほうがいいだろうと思った。

だから延ばしました。それも数ヶ月とかではなく、ちゃんと延ばすと決めることができたんです。

武藤 結果として、事業を再構築していく流れになるんだけれど、クラケンは当時、相当悩んでいましたよね。悩むのも当然だと思うけれども。

倉橋 冒頭にも話した責任とか、いろいろな思いもあるから。「ここまで進んでいるしなあ」という気持ちだって、ゼロだったわけじゃない。でも、やはりベストな形でIPOをしたい、いまのままではベストではないというのが、最終的な決め手になりましたね。

これは、周りからは否定的な見方をされつつも、最終的に臨報ではなく、グローバル・オファリングで行くと決めた時も一緒で。どうしてもベストなIPOをしたい思いが強かった。

武藤 臨報をやめてグローバルに進むとなると、更なる推薦証券会社の変更となる可能性があった。審査がまた延びてしまったり、最悪の場合は、上場自体ができなくなる懸念もあった。

そうしたリスクをとってまで、グローバルを志向したのはなぜだったんでしょうか?

倉橋 たしかに、計画修正とか推薦証券の変更とかは事実として残ってしまう。でも、僕らからするとそれらは、問題としてはすでに対応済みのものであって、クリアした状態になっているわけで。もし延びたとしても、いまの状態なら次は絶対に行けるという自信があった。そして、行けるのであれば、ベストにチャレンジしたほうがいい。だから踏み切ったんです。

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ただ、一番大きかったのは、あの頃、毎晩深夜までずっとディスカッションしていたと思うんだけど、ムトゥ(武藤)もケーシィも向江ちゃん(ファイナンスチームの向江瑞穂。連載第3回を担当)も、みんなグローバルで行くべきだと思っていたよね? それを感じたのが大きい。みんながそう思うなら、絶対にチャレンジすべきだと。

武藤 たしかに。僕はもともとがアグレッシブなほうだけど、向江ちゃんやケーシィも含めて、チームみんなが「やりたい!」となっていた。

倉橋 その力が、一番効いたところ。ロジックとかそういうところよりも、一番はそこかもしれない。全員がやりたいんだもの、やらない理由はないだろうって。

IPOにおけるCEOの役割とは

武藤 改めて、IPOにおけるCEOの役割とはなんでしょうか? なにをやるべきで、なにをやらざるべきなのか。

倉橋 ベストを目指そうとするなら、メンバー各人が各々の役割で、思いを持って自走的に考えていけることが大事だと思っています。なぜなら、IPOプロセスは思考と推進の必要な領域がとにかく広いし、そもそもみんな圧倒的に優秀で、知識もあり、試行錯誤しながらも確実に推進する力を持っているプロフェッショナルだから。

なので、一人ひとりを信頼することがまず大前提。その上で、どこにどう向かうべきかとか、なにを大切にするのかとかを示すことが、僕が一番外してはいけない役割ではないかと思っています。

IPOには作業的になってしまいそうな側面もある。そういったものとプレイドのミッション・ビジョン、事業・プロダクト、フェーズのような話が、ちゃんとつながっている状態を作らないといけない。IPOは事業やプロダクトと並列にある重要なプロジェクトであり、すべてはミッションに向かうために必要な取り組み。だから、これらがちゃんと同じベクトルを向いているかどうかが、ものすごく重要で。

その視点から、なにかズレがないか、リスクはないか、現実的になりすぎているところはないかといったことは、常に気にしてきたし、適宜フォローしたり、話をしたりもする。逆に言えば、そうやって方角のガイドラインさえ置ければ、あとはみんながベストにしてくれると思っています。

武藤 IPOの準備チームが会社のビジネスから孤立して、IPOの成功だけに最適化することに走ってしまったりするのは、絶対に避けないといけないことだから。

倉橋 世の中でIPOがあまりに審査的な観点で語られているから、堅苦しく、邪魔で、本来はやりたくないものだと自然と思ってしまっているケースが多いように感じていて。なにかうまくいかないことがあった時には、IPOの責任にしやすい環境になってしまっている。

だから僕らは、社内に対してフルオープンでこのプロセスを進めることにしました。いつくらいを目指していて、その目的がなんなのかというのをオープンに説明し続けました。IPOは大事な戦略なんだ、事業とかプロダクトとかとある種同列なんだとちゃんと伝えていかないと、単に邪魔な悪者になってしまいかねないから。

結局、SIX PROJECTのチームが躍動できるかどうかは、プロジェクトチームの「中」がいい状態であることと、「周り」がサポーティブであること、その両方に懸かってる。両方が作れていないと、絶対にベストなIPOにはならない。なにかあるたびにIPOの責任にされたら、チームのモチベーションは絶対に下がるはずだから。だからこそちゃんと目的を伝え続け、重要性を伝え続けないとと思っていました。

武藤 それはたしかにCEOにしかできないことですよね。CFOがどれだけ言っても「IPOを促進する側の人間」と見られてしまうから。

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倉橋 うん。僕がそれを語ることが大事だし、直樹がエンジニアの観点でIPOの重要性を語ることも、すごく大切だったと思ってる。

会社によってはすべてシークレットで進めて、社員からすると急に上場するみたいなケースもあるそうで。でも、我々の考え方は違う。やはり社員のことを信頼して、全員で一丸になって進んでいく。IPOというイベントをみんなでうまく生かしたい。オープンにして、理解できる環境を作り、プロジェクトを応援してもらうことが大事だったのだと思う。

武藤 そういうやり方でIPOを果たした我々が、上場後もさらに成長を加速する姿を見せることで、IPOをしたらスローダウンしたり、短期的な利益を出しに行ったりせざるを得ないという、先入観みたいなものを壊していけるといいですね。

倉橋 そう思います。IPOというのは決してテクニカルな話ではないということを伝えたいですね。重要な戦略だと考えて、どこまで真剣に向き合い、みんなでやれるかが大切なのではないかと思います。

                              (終わり)

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今回も長文でしたね....お読みいただきありがとうございました。SNSでいただく反応やご意見がチームの励みになっています。

次回は、第5回 「なぜグローバル・オファリングか?そこから何を学んだか?」と題し、私武藤が執筆します。どうぞお楽しみに。


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