「バリュー」とは何か? 福岡陽さんに聞いてみた(1.理論編)
今回のテーマは、「バリュー」です。スタートアップ企業では「プロダクトのバリュー」など、身近な会話の中で出てくるキーワードですが、そもそもバリューとは何でしょうか? 日本語にすれば「価値」と訳せるそのキーワードを、大手企業のブランディングを手掛けてきた株式会社エフアイシーシーの福岡 陽さんとともに掘り下げました。前編・後編の2回にわたってお届けします。
福岡 陽さん
デジタルマーケティングエージェンシーFICC inc.所属、ブランドエクスペリエンスクリエイティブ事業部 事業部長、クリエイティブディレクター。ブランドビジョンの構築から効果的なブランドエクイティの形成、マーケティング施策提案まで、ブランドの長期的な成長を目指したコンサルティングを行う。
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― ビジョン、ミッション、そしてバリュー
福岡
まずは自己紹介からですが、今はFICCのブランドエクスペリエンスクリエイティブ事業部という部署に所属しています。その部署で行っているのは、「ブランドの強みを見つけて、その強みをどこでいかせばいいのか」を考える、という仕事です。
鈴木
今回は、「バリュー」という言葉について掘り下げて考えたいと思っています。そのとき、まっさきに思い浮かんだのが、FICC時代に同僚だった福岡さんの顔でした。
福岡
なるほど(笑)。
鈴木
プレイドでは今、「プロダクトのバリューが伝わる体験を作っていこう」という話が出ています。加えて、コーポレートバリュー、ブランドバリューといった「企業自体のバリューを具現化して発信していこう」という背景も。その中で、共通して出てくる言葉が「バリュー」というもので。
福岡
言葉は、その設定次第という面もありますね。いろいろな定義の仕方があるので、「バリュー」の前に、私の事業部でまず定義する「ビジョン」の話をしましょう。ビジョンは、「実現したい世界」です。社会に対して、どういった世界を作りたいのか。何を実現したいのか。そこからいろいろなことを決めていくのが、本来のブランドのあり方だという考え方です。多くのブランドは、そんなビジョンが無かったり後付けになったりはしているのですが。
鈴木
というと?
福岡
例えば、海岸の近くに生まれて育った人が、魚が捕れるから魚屋をやろうとなった。段々と企業が成長して、缶詰や練り物を作り大きな会社に。そこには大義はなく、「たまたま海が近かったから」となるじゃないですか。でも、そうではなくて、まずは実現したい世界を決める。そこからすべてが決まるよね、という考え方です。
鈴木
ビジョンは、必ず社会に対して描くものでしょうか?
福岡
スケールは自由です。学校でも町内会でもいいし、東京、日本、世界、宇宙でもいい。ただし、基本的には対象とする人がいる空間の中で、理想とする世界を描くこと。そして、そのビジョンのために、どういう役目を果たせるかが「ミッション」。さらに、具体的にどうしていくか、その役割を具現化したものが「バリュー」。例えば、ボディケアやヘアケアブランドのDoveは、「あなたらしさが美しさ」をビジョンとしています。そして、ミッションは「すべての女性が、自分の美しさに気づくきっかけを作ること」。そこにおけるバリューが、「本物の美しさを、本物のケアから」ということで、ありのままの良さを引き出すボディケアやヘアケア商材となります。
鈴木
バリューの部分で初めて、カテゴリや具体的な商材が出てくるのですね。
福岡
はい、優先度や特性についてもここで定義されています。ヘアケアやボディケアと言っても、香りを加えたりキラキラと飾り立てたりするものではなく、素材そのものの良さを引き出すものだとDoveは言っているわけですね。ただ、このバリューの定義だけでは、不完全なのですが。
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― 「バリュー」には、受け手の解釈が必要
鈴木
バリューはそのままだと不完全だということですが、それはどういうことですか?
福岡
結論を伝えると、「受け手」が必要だということです。誰かがいることで、ようやく「バリュー」がその人の中で解釈されて意味が生まれるわけですね。
鈴木
どういう「バリュー」を感じるかは、受け手側にしかないと?
福岡
はい。お客さんの手に渡った「バリュー」は、そこで初めて「ベネフィット」となります。「バリュー」と「ベネフィット」はセット。バリューは押し付けるものではなく、受け手の解釈で意外な拡がりが生まれるものです。
鈴木
「バリュー」が解釈されることで、「ベネフィット」が生まれる。そのときに我々がコントロールできるのはバリューまでですが、その先のベネフィットは、どのように設計するのですか?
福岡
受け手を誘導します。例えばビールのコミュニケーションで、「みんなで集まったときに飲みましょう」ということと、「一人の贅沢な時間を楽しもう」とでは、コミュニケーションの仕方が異なりますよね。そうやって、想定されるベネフィットまで連れていくことができます。
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― 共感を得るために、必要なこと
鈴木
ビジョン、ミッション、バリュー。そしてベネフィットは、どのようなステップで定義されていくのですか?
福岡
社内の方へのヒアリングが基本です。他人から押し付けられるのって、嫌じゃないですか。社内の文化やエピソード、表には出ていない歴史をヒアリングで引き出していきます。よくある話が、「売れなくなってきてしまったので、リニューアルしましょう」というもの。変えましょう、という前に、そもそもブランドの強さは既にあるんですよ。
鈴木
先ほどの、魚屋さんにも?
福岡
そう、無意識の中に似たものがあったりするんです。「何となく思っていることって、こういうことだよね」ということを、合算して形にする手伝いをする。強みを捨ててしまうのではなくて、「こういう世界がいい」「何を目指していたのか」というビジョンを形にする。それが、消費者から見ると「共感できる部分」になります。一方で、ソーシャルリスニングなど消費者の意見も把握していきます。
鈴木
社内では、どんな人にヒアリングをしていくのですか?
福岡
カンパニーブランディングの場合は、社内ステークホルダーを巻き込んだ形で話します。ブランドの場合は、そのブランドに関わっているマネージャーに。そのほか30人前後の社員にも、ブランドとは何かについて理解してもらいながら、ワークショップ形式で参加してもらうこともあります。
鈴木
私たちは、社内ではプロダクトについて考えることが中心です。プロダクトを提供していく中で、顧客ごとに刺さる機能、刺さらない機能というのがあって。最初は、サイトや営業資料も汎用的に作っていたのですが、その後ターゲットごとに最適化したものを作っていくようになりました。
例えば、ベネフィットやバリューがビジョンよりも先に定義されることもありますか?
福岡
ビジョンからミッション、バリューへと降りていく流れは理想です。でも実は、その逆の流れで整理していくことも多いですね。現場では、ビジョンを実現したいと思って仕事していなかったりもするので。その場合は、身近な仕事内容を聞いて、その仕事がどういった価値をもたらしているかという話をしてもらいます。そして、それは誰にとっての価値なのか。誰の問題を解決しているのか。その問題が解決された先に、どういう世界が待っているのか。日本人はミッションを考えるのは割と得意でさらさらと出てくるのですが、ビジョンを描くことは苦手だなと感じます。
鈴木
日本の課題ですか?
福岡
役割を重視してきたということが、今までの日本の企業やブランドの在り方だったと思います。日本のブランドがなかなか強くならない理由は、ビジョンを描くことに慣れていないから。だから、「こういう世界がいい」と言う勇気を持っていただきたいと思うんです。
鈴木
日本人は波風を立てない方が良いと、考えることが多いですね。
福岡
例えば何かで炎上したときに、すぐに「不快な気持ちにさせて申し訳ありませんでした」と言ってしまうのが日本の企業。そうではなくて、考え方が間違っていたのか、考え方ではなく表現の仕方が間違っていたのか。むしろ間違っていないと主張してもいい。「何か分からないけれど、空気悪くしてしまってごめんなさい」みたいなことが、一番良くないと思います。
鈴木
ちょっと、夫婦関係にもあてはまるような気がしますね(笑)。空気悪くして、ごめんなさいと。
福岡
議論を避けているんですよね。自分たちの道徳観、倫理観を持つことが、日本の企業における次の年号の課題なのではないかと思います。誰かの共感を得るためには、まず自分の道徳観を表明することが必要。まずは自分が「これがいい」と言わない限り、誰の共感も得ることはできないのではないのかと思います。共感を得ない限り、自分のビジョンを実現することもできません。
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