イワン・デニーソヴィチの一日
"睡眠時間を別にすれば、ラーゲルの囚人たちが自分のために生きているのは、ただ朝飯の十分、昼飯の五分、晩飯の五分だけなのだから"1962年発表、世界的ベストセラーとして衝撃を与えた本書は、著者の実体験を下敷きにして収容所の圧縮された一日、各階層のあらゆる人々の姿を克明かつ淡々と物静かに描き印象に残ります。
個人的には、ドストエフスキーやトルストイといった誰もが知る大御所作家とは別に、ロシアの近現代作家の作品も読んでみたいと思って、本作で彗星の様にデビュー、1970年にはノーベル文学賞を受賞した著者の作品を手にとりました。
さて本書では、前述の通り【スターリン暗黒時代のソビエト連邦(現ロシア)における強制収容所】を舞台に【ほとんど理由になっていない理不尽な罪】で送られてきた人々。生粋の軍人、インテリ芸術家、革命的左翼(ボルシェヴィキ)、バプテスト(プロテスタントの一派)信者などの行動と会話が、百姓、つまり立場として【ロシア民衆を代表する主人公】の視点で描かれているわけですが。陰鬱さや凄惨さといった先入観から読み始めると、どこかユーモラスかつ、のんびりとしているような。割とあっさりした印象を受ける事にまず驚かされる。
また一方で、特に若い世代にとっては冷静時代におけるソビエト連邦といった【国自体の存在が最早リアリティを失った】現在においては、やはり著者が辿った人生。逮捕と収容、ドストエフスキーと同じくの思想的転換、そして本書の発刊時のフルシチョフによる【ソビエト送り】を描く公式許可、亡命とロシア崩壊に伴う帰還といった人生そのものが既に【意味の変質した歴史的物語】として、本書と執筆背景も並行して、あらためて意義深く考えさせられる様に思いました。
ソ連、スターリン暗黒時代の強制収容所の様子を知りたい誰か。あるいは、戦後ロシア文学の傑作を探す誰かにもオススメ。
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