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マイナス・ゼロ

"三人は、だまって、前方の空間を見つめはじめた。小さな窓の向こうが、白みかけていた。夜が明ける。新しい未来が開かれようとしている。そして、新しい過去が開かれようとしていた。"1970年発刊の本書は、早逝した著者の代表作にして、熱狂的なファンの支持により復刊されたタイムトラベルSF傑作。

個人的には以前から日本SFの古典的名作としてSF好きな人にすすめられていたのですが。今回ようやく手にとりました。

そんな本書は1945年の東京、空襲の最中にお隣に住んでいた学者風の『先生』がなくなる前に主人公の浜田に託した奇妙な頼まれごと【18年後の今日、ここに来てほしい】を叶えようと、時が過ぎてその約束の日、約束の場所を訪れた所、不思議な機械(タイムマシン)を見つけたところから物語が動き出していくわけですが。

なんでしょう。タイムトラベルSFというと『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の元ネタになったハインラインの猫SF『夏への扉』が比較として自然に浮かぶわけですが、あっちが【未来と過去を行き来しながらハッピーエンドを能動的につかみに行く】のに比べて、本書の主人公の浜田は泰然自若というか受身な性格で、昭和7年に飛ばされ、さらには時代に取り残されてしまっても"なるようになれ"的に未来を知っているのを逆手にとってヨーヨービジネスをしようとしたり、ギャンブルをしたりして【過去の世界を大いに楽しんでいる】のが何とも不思議な魅力があって面白かった。

また、分類としては確かにSFで後半こそ(ようやく)思い出したかの様にタイムパラドックスを意識して物語の回収が図られるわけですが。それはそれとして、やはり本書で圧巻なのはネットもなかった時代に著者がおそらくは莫大な資料を掻き集めて、物価なども仔細に紹介しながら作中に再現したのどかな戦前、また著者の実体験も大いに反映されているであろう戦後の【日本、東京の風俗、文化描写が近時代小説的に素晴らしく】匂いや音、息遣いが伝わってくるような圧倒的なリアリティがあって、最早、これは【貴重な昭和アーカイブ】ではないかとすら思いました。

日本SFの古典的傑作として、また昭和の東京を追体験したい誰かにもオススメ。

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