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ヨガに対する違和感と、その過程

日本でヨガ教室をいろいろ調べたり、体験に参加した際に感じていた「違和感」があって、ひとつはヨガ教室の「キラキラ感」、そしてもうひとつはヨガ講師の「細さ」。

「キラキラ感」

まず、過去7年程、日本全国のヨガ教室に参加させてもらって、同時に海外でもいろんな場所でヨガを体験し、改めて日本のヨガ教室の清潔さ、設備、ドライヤーやアメニティが揃うサービスには驚く。シャワールームやホットヨガ用の暖房器具なんかも全て経費に入り、たとえ使わなかったとしても、この「キラキラ感」は会費に入る。ホームページには、美しい女性の方々が、笑顔でヨガのポーズをきめ、その背後でヨガ講師がサポートする構成。なんだろう。なんか、キラキラで眩しいのだ。

「体験」だと、まず最初に30分~15分前までにはお越しください、と言われる。そして、個人情報を記入し、体調にチェックを入れ、ヨガのマットは講師近くに既に配置され、終わった後は「シャワーが終わられたら受付にお越しくださいね」と言われる。そして、「いかがでしたか?月会費が今日入会だと〇〇割引で・・・」と、聞いてもいない入会費の話が始まる。

仕方がないのだ。競争社会である。自分自身が、インドのヨガ・インストラクター養成講座に通っていて言うのもなんだけど、ヨガ教室は、正直とても競合が多い、そしてインストラクター養成講座をやっている教室が一番儲かっているのでは、というくらい。よくヨガ教室の方々には「ご自身に合ったヨガ講師を探されると良いと思いますよ」と言われるけれど、至難の業だ。ブログの執筆や著書を出版されている方々ならまだしも、7年もヨガ教室に通いながら、それでも1時間程のクラスで、「合っている!」と思えた講師に会ったことが無い。(もちろん、これは私がいろいろ試しすぎているのもあると思う。もっと1か所に集中して通いつめるのも良いのかもしれない。ただ、ヨガ教室側にも、所属されている講師の方々をより深く広く紹介頂けると有難い(講師の自己紹介が教室内に張り出されている場所もあるけれど、ゆっくり見れる環境ではないし、講師の方々がどのような資格を持っていようが初心者にはわからないので、逆にどのような生徒だとマッチングしやすそうか、講師の方から教えてほしいのもある))

私には、この「キラキラ感」はあまり必要なくて、「シャワールームを使わない」人々用の割引券なんてものがあれば使いたい。昨今のオンラインヨガに関しては、人々がヨガ教室に対して「本当に必要なもの」と「必要ではないもの」を分けて考えられるきっかけを与えている気がする。

オンラインヨガでできるものは、全てオンラインへ移行し、必要ではない設備投資も削減し、講師ご自身の活動や執筆がより広がるような工夫を教室が手掛けられている環境は強いと思う。また、これだけオンラインでのヨガ受講が当たり前になった今だからこそ、オンラインで教えたアーサナを、1週間に1回はヨガ教室で、プロによる徹底的な身体の調整時間に使ってほしい。オフラインでの教室の存在意義は、そこにあるのではないかと思う。

「細い」

私はマラソン大会に出場するのが趣味で、体に筋肉をつけることや、できる限り美味しいものを食べることに興味関心があるので、オーガニックとかベジタリアンとかにはとても疎い。ヨガ講師の方々を見ていて、いつも思うのは「細いな」ということ。

もちろん全員ではないけれど、体が細くて、柔らかくて、品やかで、美しくて、優しく教えてくださり、これもまた、眩しいのだ。

チャトランガのポーズをしていると、腕が折れそうな、見ているこちらが心配になる講師の方がいた。私たちは、何よりもまず、栄養を摂取しなければならない。体内の水と血の循環。骨と筋肉を鍛えて、免疫力をつけて、呼吸を整えてからヨガに挑む。体が柔らかいことは、難しいヨガのポーズや開脚など、第三者から見て「ヨガのイメージ」をそのように印象付けることになるのかもしれないけれど、体が極度に柔らかいと、ケガをしやすくなる。開脚する際も、上半身を床につけることよりも、まず背骨が曲がり過ぎていないか、呼吸が浅くなっていないか、に気づくことが必要だ。

海外(ベトナム、ラオス、インド等)で参加してきたヨガの講師は、みな筋肉ムキムキだった。ヨガというより筋トレ中心の生活をされていて、体全体の動きも安定していた。ヨガ教室自体が外だった。年齢も様々で、男性の割合も多く、川沿いや、博物館の隣の空きスペース、寺院、路上などで行い、まさに生活そのものだった。もちろん、シャワースペースなんてものはない。ベトナムでは、そのままバイクに飛び乗り、家に帰ってシャワーを浴びる。

これは、別に日本と海外のヨガ講師を比較して日本のヨガはこうあるべきだ~等と言うわけではなく、「ヨガは美しいしなやかな女性が健康やダイエットのためにするもの」というような印象が日本国内にはあるような気がしていて、そうではなく、もっと様々な形があって、そこにある「当たり前」は、もしかしたら必要ないのかもしれない、と気づくこと、そしてヨガはエキササイズというより、より生活や体に密着した呼吸や骨、筋肉という医学的な側面が大事で、本来は人工的なものを一切排除した環境で行っているということをお伝えできればと思った。

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