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『NEWSを疑え!』第1044号(無料版 2022年7月8日号)消防団の準常備消防化が防衛力を高める

◎軍事アナリストの目
・消防団の準常備消防化が防衛力を高める
静岡県立大学特任教授 軍事アナリスト 小川和久

 6月21日付の毎日新聞に、目を疑うようなトップ記事が掲載されました。

消防団員に銀行口座を新規に開設させ、その口座の通帳やキャッシュカードを団幹部が回収し、行政から振り込まれる報酬を団員個人に直接渡さない不正が複数の消防団で行われていることが毎日新聞の取材で判明した。銀行口座を本人以外が管理するのは明らかな犯罪行為。「共助」の担い手として地域社会に貢献する消防団に何が起きているのか。(後略)」

 これは明らかな犯罪行為です。市町村などが設置し、地域の防災活動を担う消防団員の減少が憂慮されて久しいのですが、その陰でこんな不正が行われ、それを許すような体質が団員減少を加速させていると、毎日新聞の記事は指摘しています。

 総務省消防庁によると、昨年4月1日現在の全国の消防団員数は81万8478人。過去最少を更新したとのことです。前年からの減員数は1万3504人で、2年連続で1万人を超えています。

 消防団員は、東京都、香川、鹿児島両県を除く44道府県で減少し、新潟の959人、静岡が779人、長野が718人と続いています。

 総務省消防庁によると、少子高齢化や市町村が支払う団員の年額報酬が財源不足などのため、国の目安である1人当たり年額3万6500円を下回ったり、出動手当がなかったりと市町村で差が生じていることが減少の原因と見られ、設置された検討会では報酬を含めた待遇改善などについて話し合いが続いているとのことです。

 しかし、生半可な処遇改善などで消防団員の減少に歯止めをかけようとしても、それが無理なことは報酬年額の目安が3万6500円とされていることでも明らかです。月額にして3000円です。中には月額1000円ほどのところもあります。消防団員は自分の職業を持っているほかに、全くのボランティアとして消防防災の任務に当たっています。危険な職務であることは東日本大震災で多くの犠牲者を出したことでもわかるでしょう。総務省消防庁は一体どうしようとしているのでしょうか。

 実を言えば、同じような話は20年以上も前から一歩も前進していないのです。は総務省消防庁の消防審議会の委員として、消防団の改革などについての小委員会の委員を務めてきました。

 そして15年ほど前から、消防団を準常備消防組織に編成し、国全体の消防防災能力を向上させるべきだとして、次のような提案を繰り返してきました。常備消防とは私たちがお世話になっている普通の消防、つまり市の消防局などです。それを補完し、国の消防防災能力全体を引き上げようというのが消防団の準常備消防化です。

 まず、消防団員はボランティアに頼るのではなく、定年退職者や主婦を含む女性から募ります。報酬は月額15万円程度。一定の能力を備えるため、定期的な訓練と災害時の準常備消防に見合った出動を義務づけます。

 そして、可能な部分を機械化します。普通の消防隊員と比べて体力面で劣るのは紛れもない事実ですから、例えば消防車は小型のはしご車の近代化されたもので統一します。小型のはしご車は、ハシゴをたたんでいれば普通の消防車として使えますし、ハシゴを伸ばせば3〜5階建ての建物にも使えます。

 ハシゴの操作(伸縮、角度調整、回転)と消火ノズルの調整は、ハシゴの先端部分と車体側面にある小さな2本のレバーでできるようにします。この機能は、50メートル級の大型はしご車では標準装備となっているものです。

 このような枠組みを示し、消防団員を募っていき、一定規模で地域ごとに組織化していくのです。田舎暮らしを求めて都会から来る人を含めて、地域で暮らす定年退職者や女性にとって、現金収入の面からもメリットがあるはずです。地方創生に組み込んでもらいたいプランでもあります。報酬の面は、まずは提案してみて、応募状況を見ながら改善していくくらいの柔軟性があれば、魅力的なものになると思います。

 私が関係している静岡県の消防団員の定員は2950人です。そこに月額15万円を支給すると月に4億4250万円。年間では53億1000万円。機械化の問題を含めても不可能な数字ではありません。まずは各都道府県がモデルを描き、国に提案してみてはどうでしょうか。それを国が制度化し、財政的に補助することになると、具体化していくのは時間の問題のような気がします。

 このくらいの「絵」を描くのが戦略的な思考というものです。基礎問題にあたる防災が確立しないと防衛力は機能しないのですが、日本は全体を見据えたグランドデザインを描けず、枝葉の議論ばかりに終始しています。幹を描くことができるようになるまで、文句を言い続けなければならないとは辛いかぎりです。

◎セキュリティ・アイ(Security Eye)
・ロシアがウクライナでの戦況を楽観できる理由
静岡県立大学グローバル地域センター特任准教授 西恭之

 ロシア連邦安全保障会議のパトルシェフ書記は7月5日、ウクライナにおけるロシア軍の作戦は、住民を「ジェノサイド」から守り、ウクライナを非軍事化・「非ナチ化」・中立化する目的を達成するまで続くと述べ、2月24日にプーチン大統領が示した戦争目的を再確認した。その必要条件は、西側の援助を上回る速さでウクライナを消耗させ、東部ドンバス地域だけでなく南部でも占領地を維持し、ウクライナを事実上の内陸国とすることである。

 プーチン政権にはウクライナに譲歩すべき理由がない。現在の占領地でも、ロシア国内で侵攻作戦を正当化する材料としては十分だが、今後は東部ドネツク州でも拡大し維持できる見込みがある。ロシアは経済制裁に耐えており、冬になれば欧州の天然ガス不足が悪化し、西側が先に譲歩する可能性を期待できる。

 ドンバスは戦術や兵站の面でロシア軍に有利な戦場だ。首都キーウ周辺ではウクライナ軍がゲリラ的に戦い、ロシア軍は砲兵を進出させることができずに撤退したが、ドンバスでは砲兵どうしの対砲兵戦など対称的な通常戦闘が避けられない。砲兵が毎日発射している弾数は、ウクライナ軍の数百発に対し、ロシア軍は数千発に上る。ロシア軍は砲兵の集中使用により自軍の損害を抑え、ウクライナ軍人を毎日100人以上殺害し、歩兵や戦車が反撃のために集まることを妨げている。

 兵站の面では、ドンバスの前線への輸送はロシア側からは比較的容易で、ウクライナ側からは難しい。この前線はロシア側の鉄道に近いので、ロシア軍は鉄道付近の物資集積地からトラックで砲弾や食料を輸送できている。ウクライナは兵器工場がミサイルで攻撃されていることもあり、兵器の供給を西側諸国に頼っているが、西部国境からドンバスまでは遠く、長い輸送路のほとんどは地形が開けており、航空攻撃に脆弱だ。

 ウクライナ軍はロシア軍の物資集積地に対し、米国製の高機動ロケット砲システム(HIMARS)と誘導ロケット弾(GMLRS)による攻撃を始めた。GMLRSの射程は精密誘導の場合85キロで、大きな倉庫や車庫なら、より遠くからでも攻撃できる。物資集積地を攻撃して後退させ、輸送の負担を増やすのは、HIMARSの使い方として正しい。

高機動ロケット砲システム(HIMARS)発射
(7月4日、ウクライナ南部)

 しかし、HIMARSはまだ9両しかウクライナに配備されていない。ロシア軍を2月24日までの停戦ラインへ押し戻すには、80両は必要だろう。ウクライナ軍が配備できる西側製兵器は、各国から供与される数だけでなく、各種の兵器を使用し整備するよう国外で訓練される軍人の数にも制限されるので、急に増やすことはできない。

 その前に経済的理由で譲歩を先に強いられるのは、ロシアではなく欧州かもしれない。西側の経済制裁の下でも、ロシアは化石燃料や食料を途上国へ輸出し、資源価格高騰の恩恵を受けている。2月24日の侵攻開始から4月6日までの間に、欧州諸国は化石燃料の代金としてロシアに350億ユーロ(4兆5000億円)を支払った。欧州におけるロシア産天然ガスのシェアは消費量の40%に上り、禁止の見通しは立っていない。ドイツの1年先物ベースロード電力価格は、火力発電燃料の不足を見越して、製造業が成り立たない水準に高騰している(7月7日現在、メガワット時当たり340ユーロ=4万7000円)。

 米国ではバイデン政権の稚拙な宣伝が「支援疲れ」を助長している。ロシアの戦争がインフレの唯一の原因だとする宣伝に対し、インフレを退治するためにはウクライナへの支援を中止し、ロシア側の条件で停戦させればよいと反応する人は、共和党の中間選挙候補者を含め、少なくないからだ。

 ウクライナが持ちこたえてきたのは、独立を守る意思が、ロシア側の戦争目的を達成する意思より強く、そのことを西側諸国が認めたからだ。今後重要なのは、2月24日以前の停戦ラインへロシア軍を押し戻すまでウクライナを支援する西側の意思の強さだ。ロシア側は、西側より自らの意思のほうが強く、目的を達成する見込みが高いという印象を振りまいている。

(次号をお楽しみに)


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