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中川多理 Favorite Journalポール・エリュアール広場 2番地/通販生活/

 通販生活が、シリーズ「戦争を忘れない」で、稚内市樺太記念館を特集している。中川多理 Favorite Journalポール・エリュアール広場 2番地のサハリン特集でも、とりあげた『サガレン』の著者・梯久美子さんがレポーターになっている。樺太北緯50°線にある日露国境漂石、停戦後に戦闘を強いられた樺太の事情、引き揚げ者の証言…そして稚内にある港北防波堤ドームも取材している。防波堤は、1936年11月に完成している。設計は当時26歳の若い土谷実。サハリン(樺太)と稚内を行き来していた、稚泊航路の稚内側の港駅がこの防波堤の中に組み込まれていた。1981年に劣化によって全面改修された、それが今の姿。波風をよけるためだけの防波堤だったのかと妄想は拡がる。
 巨大防波堤の前には、宗谷本線を走ったC55が腐食劣化激しく解体され、一対車輪だけがぽつんとコンクリの台座の上で野晒しになっている。

 夏草に汽罐車の車輪来て止る/山口誓子

 『凍港』から三年、満州を旅して『黄旗』に収録した句。黄旗は満州の旗。満鉄で視察をしたときのものと思われる。自解説で誓子は、[C51型が、構内はずれにとまった。ゆるやかに廻っていた大きな車輪がぴたっと止まった。その車輪を迎えるようにして夏草が茂っていた。~夏草と車輪、この二つのものを思って欲しい。]昭和8年、1933年に書かれている。車輪は夏草と対比して息をもつ。草の匂い、車輪の油、きっと暑い夏の日。句はそれを保存している。満州にも樺太にも日本の汽罐車が走り、少なからず昂揚する風景であったろう。

 戦争は止められるのか、止まるのか。やっぱり、サハリンを思う時必ずそう思う。現在、サハリンには軍事訓練基地もあり、そこからウクライナに派兵もされているし、サハリンに駐留していたロシア軍は、いま、サハリンの前線にいる。

 巨大防波堤を雑誌の中に見た時に、まず思ったのは、ヴェネチアの可動式防潮堤「モーゼ」だ。ボクがヴェネチアに行っていた頃は、計画の段階だった。ほんとにやるんだ、できるものなのだなと、ちょっと驚いた。そういえば、一度、ウクライナの水上ドローンで爆破されたあと修繕して、意気揚々とベンツでプーチンが渡ったクリミア橋は、全長18キロ、ケルチ海峡をまたいでいるが、ウクライナには多くタタール人もいて、タタール語の海峡名もある。つまり韃靼の海峡でもあるのだ。
 とすると韃靼海峡、サハリン(樺太)とロシアの最も狭いところは、7.1キロしかなく、海流のことはよく分からないが、橋をわたすのは難しくないだろう。『二十一世紀からの報告』ワシリエフ/グウシチェフ——ソ連の科学は予言するを読むと、韃靼海峡(間宮海峡)にダムを造って満ち潮引き潮を利用して干拓すると。いやそうしようと調査を行っている。それをボクは安西冬衛の昭和36年の記述で知った。『二十一世紀からの報告』は、昭和33年にソ連で本になり、翌昭和34年にはカッパブックスが翻訳を出している。

てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った。
という一行詩で詩人として認知された安西冬衛ならではの目配りである。



 安西は韃靼海峡の詩の自作解説をしながら韃靼海峡ダムを語る、口ぶりは穏やかで、むしろ仕合わせが来るかも知れない的な未来を感じさせる。この時、ソ連は安西冬衛にとって敵ではなかったのだろうか。大連であれだけ自分が防波堤になるという覚悟を見せていたのに…そういうことを含めて、サハリンも大連も、関連の文学は面白い。いやまずはその文学をどう読みとけるか、詩的なものの源泉がどこから来ているかを含め。

ちなみに話。
 日本とサハリンを結ぶ、宗谷海峡大橋の話は、2017年あたりにプーチンからもでていて費用は日本持ち。で、宗谷海峡大橋ができるということは、当然ながら、ロシアとサハリンを結ぶ、「間宮海峡大橋」、つまり韃靼海峡大橋も同時進行で、いつでもOK状態になっていた。ロシアにとっては二つの橋はセットもの。そうするとロシア本土から一気に北海道まで、戦車が貫く。
 さらに、報道1930にでていた小泉悠は、サハリンに行った時、元ロシアの将軍に、日本の90(きゅうまる)戦車は(50トン超え)重いから橋を渡れないよ。ロシアの戦車は軽いから渡れるということなんだろう…。同じ回にでていた元陸上自衛隊東部方面総監・渡部悦和は、稚内に配備してある「多連装ロケットシステムMLRS」が廃棄されることを残念がりながら、ロシアが上陸してきたら、一瞬にして面で制圧できるのにと別のことで、自衛隊の現在を嘆いていた。
 サハリンと日本は、軍事においても、民族においても、文学においても、そこからロシア、中国が歴史的にも今的にも見てとれる、カットライン/切り込みであって、そこにかけられる橋なり地下隧道は、ある種、危機と危険を孕んでいる——。ということを少し胆に銘じておかなくてはなるまい。

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