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「あ 帰りたい」
紛れもなく、心の底から思った。
その時、時間と空間を共にしている人が男なのか女なのか、どこだったのか、どんな声でどんな匂いだったのか、強烈に感じた「帰りたい」以外の記憶に強く靄がかかっている。
何かきっかけがあった、わけではなかった。
ただ、今までに感じたことが無いほどに「帰りたい」と思った。
恋人がいるという男からの誘いを断った。
「つまんねえ奴」
豹変した目は私を蔑んでいるようだった。
何故そんな態度を取られないといけないのか、意味がわからなかった。
つまらないのはお前の方だろ。
田舎道、不審な車に追い回された記憶。
無事、家へ戻りベッドに倒れ込む。左手で文字を打つ。
軽い経緯と、
「怖かった」
素直な気持ちを送った。
返ってきたのは、
「で?」
過剰な心配や無理に引き出した言葉はいらなかった。
ただ一言、君からの言葉が欲しかった。
でも、これではなかった。
もう君の声も顔も匂いも、よく覚えていない。
「また連絡するね」
細くも骨張った手は私の頬を撫でる。
もう連絡先消したよ と思いながら
「うん」
と微笑んだ記憶。
好きになってしまった存在には消えてほしくなくて、不安になるから、消えるなら私から。
そうすれば、傷は少しで済むはず。
勝手ね。
正方形の部屋。
2人で寄ったコンビニの袋が置かれたテーブルと、自然な皺を保ったベッドの間に収まり映画を観る。
2時間ですっかり散らかったテーブルを片付けつつ感想を言い合う。そして互いの体温を感じながら、眠りについた。
レースのカーテンから滲む光のもと、少しだけメイクをした。アイラインはひかなかった。
駅までの道のり、卵かけご飯の好きなアレンジ法についての話。花の匂いがしていた。
10時の電車に乗り込みこの街を出る。
なにもかも、交わることはなかった。
私たちは寂しかった、ただそれだけだった。
窓際に置かれたソファ。陽だまりになっている右側の肘置きを枕にして光の中へ寝転がる。
お日様の匂いがした。この匂いはどこにいても変わらないようだった。
日当たりのいい寝室で、お気に入りのぬいぐるみと一緒に微睡んでいたあの頃を思い出した。
「本当 猫みたいだね君は」
ゆったりとした半音混じりの声が降ってきた。
「じゃあ 猫みたいにもっと可愛がって?」
降ってきた声の方を見上げる。
「かわいいなあ、おいで」
腕を引かれ陽だまりを抜ける。
暖かさは徐々に消えていった。
「猫みたいだね」ではなく猫になりたい。
人間として生きるには、私には欠如しているモノと余計なモノがあまりにも多すぎる。
窓際に置かれたソファ。陽だまりになっている左側の肘置きを枕にして寝転がる。
お日様の匂いがする。
あの日のことを思い出した。
「最後の声がする 水曜日」
「感情の境界線 気付かないフリ 苦痛だったろう」
ふと頭に流れた曲を口ずさむ。
「あっ 今日 火曜か」
2023.2.28
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