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人を諦める事は自分を諦める事。人に期待する事は自分に期待する事。

皆違って皆いいんだとよく言いますが、
皆違って皆いいからこそ、人を諦めてはいけない、と強く思わされる出来事がありました。

はじめに、私は誰もが知るクソ陰キャ野郎です。
素敵な人に出会って良い影響を与え合いたいと願う一方で、
人間関係で嫌な想いをするくらいだったら最初から関わりたくないとかいう、だったらお前家に一生引きこもってろという感じの人間です。
(多分人生の先輩方からペースト状になるまで踏み潰してえと思われるようなゆとり世代の申し子でしょう…)
私のこの状態をうまく表してくれているのが、「凪のお暇」という漫画の主人公・凪ちゃんだなあと思います。


人とうまく仲良くなれない、会話が続かない、と悩む凪ちゃんに、バーのママがこう指摘します。


「あんた人に興味ないのかと思ってたよ。
正しくは好きな人にしか興味ないっていうか
それ以外は人間だと思ってないでしょアンタ、そもそも会話のボールすら投げてないじゃない」


おいいいいいこれ私のことじゃいいいいい
TRICKの仲間由紀恵の声で「お前のことはまるっとお見通しだ!」という声が聞こえるようですよ、まるっとこれは私の事です。
そもそも人に興味を持ってほしいとか図々しい願いを持つ前に、人に興味を持っていない人間はそんな事を願う土俵にすら立てていないですね。
そして、人間関係で傷つく覚悟のない人が人に好かれたいなんて、おこがましいにもほどがあるんじゃ…(シクシクシク)
私が学生の頃、あなたがいなくても別に平気だよ、
でもあなたがいてくれたら嬉しい、
でもあんたなんていなくても平気なんだからねっ…!
みたいな風に振る舞っていないとダサいみたいな謎の風潮があったんですよね。
(冷静にその風潮こそがださいけど大丈夫そ…)
だから無意識のうちに、そういうダサさが染み付いてしまって、大人になっても屈託なく誰かにアプローチするという事に抵抗があったのかもしれません。


先日、そんな私のノリを粉々にぶっ壊して、私の世界に突風を吹かせるように、人を衝撃的な勢いで巻き込む魅力を持った方と出会いました。
その方は、
屈託なく相手への好意を表現することが出来、
惜しみなく相手へ「私はあなたに興味がありますよ、あなたの事を心から知りたいですよ」
と伝える事が出来る人です。
かっこつけて他人と思い切り関わり合う勇気のない私にとって、この姿勢はあまりにも眩しすぎて、屈託がなさすぎて、勇敢すぎて、
こんな風に人にアクションしていいのか!
こんな風にアクションされるとこんなにも嬉しいことなのか!
とカルチャーショックを受けました。

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