246回 お願いマッスル


筋肉痛になったことがないという人は、まずいないだろう。
そういう私も、現在筋肉痛である。
スポーツは身体に悪いというポリシーなのでやらないが、筋トレは続けている。
筋肉、大事。
ということで、今回は筋肉及び筋肉痛の話である。

医学部生の時に一番覚えるのに苦労したのが、筋肉の名称であった。
骨も血管も神経もとにかく覚えなければならないものは山ほどあったが、骨は206個と覚えやすい。血管は全部つなげると地球2周半とか、神経はニューロンも含めると10万キロで月までの距離とか、まあこの辺は長さ的には膨大でも、名称としては比較的少なく系統立っている。
それに比べて筋肉は優に600を超える種類があるのだ。手強い。
筋肉は、骨格筋と呼ばれる随意筋(自分の意思で動かせる筋肉)と、平滑筋と心筋という不随意筋(自分の意思では動かせない筋肉)に分けられる。筋肉痛になるのは随意筋である骨格筋の方だ。内臓や血管それに心臓の筋肉が筋肉痛になることはない。なってもらっては困る。これらの筋肉の動きは生命活動に直結するので、心臓が筋肉痛になって動かなくなることはない。
体重の半分は筋肉の重さだというのだから、如何に筋肉が身体の大部分を占めているかがわかる。

骨格筋は、約600の筋肉のうちの400を占める。
骨格筋が何をしているのかと言うと、関節を跨いで骨と骨の橋渡しをして伸び縮みすることにより、身体を動かしている。動くことはすなわち筋肉が働いているということなのである。故に動く生き物、つまり動物は全て筋肉を携えているわけだ。
骨と骨は直接繋がっていないので、そのままでは安定しない。筋肉が絶えず重力に逆らって力を調節しているからこそ、我々は真っ直ぐ座ったり立ったりしていられるのだ。動くと書いたが、実際はじっとしている時でさえ、筋肉は常に働いている。
筋肉の働きは身体の動きだけではない。大事な内臓や骨を外部の衝撃から守るクッションとなったり、末梢の静脈内の血液を心臓に戻す筋ポンプ作用であったり、熱を生産して体温を維持したり、免疫機能を支えたり、ホルモンの生産をしたりと、実に多様な役割を担っている。
そして大事なのは、水分の保持である。人間の身体の中で最も多くの水分を蓄えているのは、筋肉なのだ。60kgの成人男性なら、20kg近くの水分量を筋肉中に蓄えている。高齢者が脱水になりやすいのは、気温に対する感受性の低下だけでなく、筋肉量が少ないためわずかな体内水分量の低下でも、致命的な減少となってしまうためである。
何度でも書くが、筋肉大事である。

では筋肉を増やすためにはどうしたら良いか。そこで、筋トレが登場する。
よく言われることだが、筋肉は何歳になってもトレーニングすれば付く。筋肉は裏切らない。
しかし慣れないことを急にやり始めれば、しっぺ返しがくるのはわかりきったことだ。かく言う私も、それまでの簡単で短時間の筋トレに加え、スクワットとプランクをしっかりやり始めたことで、結構な筋肉痛に苦しめられている。
筋肉痛の正式名称は「筋・筋膜性疼痛症候群」と言い、「即発性筋痛」と「遅発性筋痛」に分けられる。「即発性」と言うのは、激しい運動で筋肉が過度に緊張して血行が悪くなり、筋肉の代謝物質である水素イオンの刺激により痛みが起こるもので、運動中や直後に出現する。普通「筋肉痛」という時は、運動後しばらく経ってから起こる「遅発性筋痛」を指すことが多い。
実はこの「筋肉痛=遅発性筋痛」の原因は、医学的にも未だによくわかっていないらしい。少し前までは、運動によって筋肉中に溜まる乳酸が原因と言われて、乳酸は悪者扱いだった。しかし乳酸は傷の修復を促進するエネルギーになるなど、身体に必要な物質であることがわかってきたため、この説は否定されている。
現在有力な説では、筋肉を形成する筋線維が損傷して炎症反応が起こり、それによって分泌されるブラジキニンやヒスタミンなどの物質が筋膜やその周辺の組織に分布する神経を刺激して、痛みが起こるとされる。この説では神経を刺激するまでにタイムラグがあるので、筋肉痛が翌日以降に起こりやすいことの説明にもなる。

筋線維が損傷すると身体には一時的に負荷がかかり、休息や睡眠によって回復するまでに24~48時間程度の時間がかかる。これを「超回復」というそうだ。凄いネーミングである。
筋トレはこの負荷と回復を繰り返すことにより、筋力を増幅させる効果がある。それならとせっせと毎日やればいいかというと、回復するまでの時間が必要なので、慣れない人はかえって損傷が積み重なっていくだけとなり、筋肉痛に悩まされたり場合によっては筋断裂などの重症になってしまうので、要注意だ。
はじめは週3日、48時間程度は間を空けて行うのが良いとのこと。
そうか、そうだった。つい調子にのって毎日やってしまったのが敗因だった。

筋トレは、加齢に伴う筋力低下の「フレイル」や、その結果として日常動作にも支障を来す「サルコペニア」という状態の予防になる。
筋肉の材料はタンパク質だ。良質のタンパク質をしっかり食事から摂って、適度な筋トレを行う。
筋肉は裏切らないが、過度な筋トレは筋肉を裏切る。
何事も過ぎたるは及ばざるが如し、ということだな。
と、湿布を貼りながら思うのであった。


登場した説:筋線維の損傷
→近年「遅発性筋痛」の原因として、筋線維の損傷を伴わない新説が現れた。筋線維は損傷による炎症を起こしていないが、筋肉の疲労により様々な作用が起こり、通常では感知しないはずの痛みでも、神経過敏になった結果筋肉痛を感じるという説である。これだと筋線維は損傷していないので、いくら筋肉痛になっても筋肉は太くならないことになるので、寂しい。
今回のBGM:「超絶技巧練習曲第5番変ロ長調 鬼火」by フランツ・リスト作曲 横山幸雄演奏
→あるピアニストによると、作曲家によって特徴的に酷使する運指があるため、特定の手の筋肉が発達するそうだ。リスト筋は、短母指外転筋。最大の難曲と呼ばれるこの曲をどうぞ。


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