254回 為せば成る、為さねば成らぬ何事も


11ヶ月通ったリハビリを先週ついに卒業した。

そもそもは昨年の7月頃から、急に左腕が上がらなくなったことが始まりだった。四十肩にも五十肩にもならなくてラッキー!と思っていたのに、六十肩か…と落胆する一方、待てよこれはもしかしてワクチン接種の副反応である「SIRVA」ではないだろうかとも考えられた。
コロナワクチンは、これまでのインフルエンザワクチンの時の皮下注射と異なり、筋肉注射である。欧米では現在はあまり皮下注射は行われず、インフルエンザワクチンも筋肉注射が一般的だ。日本ではワクチン接種は普通皮下注射だったので、今回コロナワクチン接種が筋肉注射ということになり、あらためて医療関係者は筋肉注射の手技について学び直すことになった。

その中で知ったのがこの「SIRVA=Shoulder Injury Related to Vaccine Administration(肩へのワクチン接種に関連した肩関節障害)」である。これはワクチン接種(コロナワクチンに限らず)の筋肉注射で人工的に五十肩つまり肩関節周囲炎が作られてしまうという副反応だ。
適切な部位と深さの筋肉注射であれば、もちろんこれは起こらない。しかし体格は個人差があるので、不運にも三角筋の中央から少し上で少し深いところに薬剤が注入されてしまうと、三角筋滑液包に炎症が起こる。急性炎症なら長くても2週間以内には治癒するが、それが遅延すると慢性疼痛となり、いわゆる五十肩、もっとひどくなると凍結肩という状態になり、高度の可動域制限が起こるまでに進行してしまう。
実際この時は左腕は痛くて殆ど動かすことができず、夜も横になると痛くて眠れなかった。上にも後ろにも横にも上がらず、かろうじて前にだけは上げられるのだが、それも真っ直ぐ前にだけで少しでも外側に開こうとすると激痛が走る。
いくら利き腕と言っても、右腕だけでできることには限りがある。上に上げられないのでドライヤーも左手では持てない。ちょっと離れたところにあるものを気軽に取ろうとしては、痛みに声をあげる始末だ。一番困ったのは、ズボン(敢えてパンツではなくズボンと書くが)を上げられないことであった。左手で引っ張り上げることができないので、右手で全周上げなければならない。
日常のありとあらゆる動作が、両腕を無意識に使ってなされていたという事実を突きつけられた経験であった。

ともあれこのままではどうしようもないので、整形外科を受診した。
これだけ症状が酷くなってしまうと、炎症が起こっている三角筋滑液包にステロイド注射をしただけでは良くならない。かくしてリハビリが開始された。
毎週1回1時間、理学療法士(PTと呼ぶ)によるリハビリテーションは、ガチガチに固まった肩関節を丁寧に揉みほぐすことから始まる。人間の上肢の複雑で精密な動きは、肩関節に関わる多くの筋肉が協働することで行われているのだ。少しでもどこかの調子が悪ければ、上手く腕は動かせない。
最初はあらゆる動作(屈曲・伸展・外転・内転・回外・回内など)が、思わず声が出るほど痛かった。痛いとどうしても防衛的になり動かさなくなる。
しかしここでPTに「痛くてもできるだけ動かしてください」と言われたことが、パラダイムシフトになった。炎症自体は治っているのに動かさないと、筋肉はどんどん動かなくなってしまう。リハビリの1時間だけやっても効果はそれほど出ない、それ以外の日常生活で自分でできるだけ動かすことがいちばんのリハビリであるということを指導されて、目から鱗であった。それからは多少痛くても可能な限り動かすようにしていったところ、確実に成果は現れた。毎週少しずつでも可動域が広がるとやる気も出る。
そして11ヶ月後、ついに日常生活に全く支障のない程度まで回復して、無事リハビリ卒業となった。

世界最古の運動療法は、5千年前の古代中国に遡るという(古代エジプトでないとは!)。一般的には、古代ギリシアのヒポクラテスの時代に運動療法の基礎は提唱されたと言われている。
「リハビリテーション rehabilitation」の語源は、ラテン語の「re=再び」「habilis=人間らしい・適する」で、「再び人間らしく適した状態になる」という意味になる。
その後の歴史の中で「rehabilitation」という言葉は、中世ヨーロッパでは「破門の取り消し」という宗教的な意味で用いられるようになり、「権利の回復」や「名誉の回復」という使い方もされた。
現在のような「障害に対する機能回復・能力向上・社会復帰」といった意味で使われるのは、第一次大戦で障害者が多発したアメリカからだそうだが、第二次大戦後からは世界的に広く普及するようになった。今日の意味の医学的リハビリテーションが、戦争で負傷した兵士の回復のためというのを知ると、なんとも複雑な気分になる。
1960年代になるとリハビリテーションも、兵士の再訓練というだけでなく、より広い分野を含むようになる。WHOでも「リハビリテーションとは個人が全ての生活機能を発揮できること(大意)」と定義され、1980年代にはリハビリテーションの目標として「生活の質(QOL)」の概念も加えられる。

リハビリテーションはいまや理学療法だけでなく、言語療法や作業療法など様々な分野の職種が関わるものとなっている。
健康であることに越したことはないが、人生いつ何時何があるかわからない。
それでもあきらめることなく不屈の精神で、リハビリを行いたいものである。
リハビリはやれば必ず成果が出る。保証する。


登場した言葉:「名誉の回復」
→異端とされ火刑に処せられたジャンヌ・ダルクは、没後25年後再審が行われ名誉を回復した。これを「rehabilitation」といった。かのガリレオ・ガリレイは「rehabilitation」するまでに350年かかったそうだ。
今回のBGM:「火刑台上のジャンヌ・ダルク」 アルチュール・オネゲル作曲・ポール・クローデル作詞 小澤征爾指揮/ロンドン交響楽団
→死んだ後に名誉回復されてもねえ。

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