203回 魔法大全


「魔法」と言う言葉に惹かれる。
呪文を唱えるだけで望みが叶う、杖を振れば思い通りに事が進む。なにか大きな困難にぶつかった時、もしも魔法が使えればこんな苦労をしなくてもいいのに、と頭に浮かんだことがある人は多いだろう。
でもそこではたと気づくのだ。
魔法ってそんなに簡単に手に入るものだっけ?

以前、魔法少女についてこの連載で書いたことがある。
アニメに登場する魔法少女たちは、いとも簡単に魔法を使う。それは魔法の国からやってきたので魔法を使う能力は天賦の才能として持っているとか、何か/誰かと契約することによってその能力を与えられたというような、他動的な理由に因るものが多い。そのため魔法を使いこなすのに熟練が必要な場合はあっても、ひとつひとつ学習しながら能力を積み重ねていく過程が描かれた作品はあまり見かけないような気がする。
児童文学には、魔法学校で魔法を学んだり魔女に弟子入りして修行をしたりといった、魔法を習得する過程が描かれる作品が結構ある。才能や契約といった外部から与えられる力ではなく、自分自身で苦労して身につけるのが魔法であるという、児童文学ならでの描き方の方が私の性には合う。
本来魔法とは、才能や能力ではなく、学習によって得られる知識と経験なのではないかと思うのだ。魔導書に従ってひとつひとつ学ぶことで、誰もが身につけられる力。

魔法、魔術、呪術、妖術。
英語のmagicに該当する概念は、ほぼ同様のものが日本語にあったそうだが、上記のように用いる分野によって微妙に異なる訳語が当てられる。
中世ヨーロッパでは、魔法は錬金術や占星術と密接な関わりがあった。そして錬金術は科学の、占星術は天文学の、根底をなす重要な基盤であったのだ。
現在でも「高度な科学は魔法と見分けがつかない」というフレーズがよく使われるように、素人には一見なにがなんだかわからないような科学技術も、長い間積み重ねられた知識とそれを基に一段飛躍した斬新な発想の賜物だったりするのである。

魔法を学ぶための手引きとなる書物、魔導書。フランス語でグリモワール(grimoire) と呼ばれるこの書物は、中世ヨーロッパで流行した様々な魔法関連の本を指す。
グリモワール(grimoire) という言葉は、「文法(grammaire)」に由来すると言われている。当時文法といえばラテン語のことであり、ラテン語は聖職者など限られた人々しか読むことができない、一般大衆からすれば一種の魔法の呪文のようなものであったと考えられる。イギリスでも文法を指すgrammarの同義語であるgramayeには「魔法」という意味があるそうだ。
魔導書自体は中世に初めて現れたわけではなく、例によって古代エジプトにも存在した。魔法を記したパピルス文書は沢山見つかっているとのこと。本当に古代エジプトにないものはないのではないか。
12世紀頃からアラビア語の魔導書がラテン語に翻訳されヨーロッパに紹介され始めると、ヨーロッパでも新しい魔導書が書かれるようになる。キリスト教的な影響を受けた儀式的な魔術を記したものから、大衆に人気のある恋愛や一攫千金を目的としたおまじないの類を記したものまで、様々な魔導書とその写本が広く流布していたようである。

秘密のノートに書いた言葉を魔法の呪文としよう。「アブラカタブラ」や「ちちんぷいぷい」にかわる新しい呪文を生み出そう。
愛らしいぬいぐるみや人形、ひとめで惚れ込んだ絵画、きらきら眩いアクセサリーにふんだんにレースがあしらわれた服飾。それら全部が大切な眷属であり魔法の道具であるのだ。
年齢も性別も関係ない。少女で在るためにひとつひとつ大事に心に刻んできたものたちを集めて、自分だけの魔導書、魔法大全を創ろう。
与えられた力ではなく、大切な「好き」を積み重ねた想いは、少女という魔法に姿を変えてあなたを守ることだろう。


登場した言葉:グリモワール
→架空の魔導書として一番有名なのはもちろん、かのラヴクラフトが創造した『ネクロノミコン』だろう。アラビア人のアブドル・アルハズラットによって730年にダマスカスで書かれたとされるこの書物、小説中でいかにも本当に存在するかのように詳細に描写されているため、つい本当にどこかにあるのではないかと信じそうになる。クトゥルフ神話の根幹となる非常に良くできた魅力的な設定だと感心させられる。
今回のBGM:「Tommy」 by The Who
→シングルリリースされた「ピンボールの魔術師」は、エルトン・ジョンもカヴァーしてヒットしている。1975年にこのアルバムを基にしてケン・ラッセル監督が映画「トミー」を制作。日本でも当時画期的だったサラウンドで上映されるというので観に行った。ロック・オペラと銘打たれたこの映画、ケン・ラッセルらしいサイケデリックで不条理な映像の毒に当てられたが、最初から最後まで流れる(セリフはひとつもない、全て歌)音楽の圧倒的な「音」はまるで魔法のようで、10代の私はすっかり魅了された。ちなみにジャック・ニコルソンが怪しげで滅茶苦茶印象的でした。

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