218回 燃えろよペチカ


憧れの薪ストーブ。
スローライフを推進するにあたってよく見かけるフレーズだ。高原の別荘、ログハウス、ゆらめく炎、パチパチとはぜる音。じっくりと温まるし、上に鍋を乗せてぐつぐつと煮れば美味しい料理もできるかもしれない。写真で見てもいかにも暖かそうで、心までほかほかしてくる。
そう、誰もが最初は薪ストーブにそういうイメージを持つのだ。そしてそのイメージのままで突っ走った挙句、殆どの人は使いこなせない。

そもそも薪ストーブは、家を建ててから設置するものではない。
もちろん煙突が必要という理由もあるが、家の中の空気の循環も考えた上で設置場所を検討しなければならないのだ。吹き抜けのロフトに薪ストーブが置いてあるよくある写真、あれは上に暖気が上がるだけで部屋全体はいっこうに暖かくならない悪い例である。
薪ストーブ自体も決して安いものではない。主暖房として使おうというなら、150万円程度のものが必要だ。それだけの費用をかけても余程上手にメンテナンスしない限りは、10年程しか寿命がもたない。使うに従って補修部品代もかかるようになる。
煙突を含む煙の流通経路も、年に一度は専門家に掃除してもらわなければ、灰やヤニが溜まって燃焼効率が悪くなる。このシステムの維持費用がまた5万円くらいかかる。

そしてなんといっても、薪代だ。はっきり言ってこれが半端ではない。
主暖房として使うとなると、1日15時間程度は燃やしていることになる。1時間あたりだいたい薪は2kg位使うそうなので、1日は30kg。薪ストーブを使おうというのだから寒冷地だろう、そうすると暖房を使っている期間は5ヶ月ほどにもなる。単純計算で薪の量は4500kgだ。
これだけの薪を蓄えておくとなると、置き場所も確保しなければならない。薪はスーパーで気軽に毎週買ってくるという代物ではないのだ。そしてコストも莫迦にならない。年間20万円以上かかるのが相場である。
暖房費にそれ程かける覚悟があるのかを問われるのが、薪ストーブなのだ。
この量の薪になると、自分でそこらで拾ってくるという程度では到底賄えない。人の土地から無断で拾ってくるわけにもいかない。
そして大事なのは、木は乾かさないと薪としては使えないということだ。一般的に2年は乾燥させる必要があると言われている。
2年後に備えるために、自分で丸太を切って、薪割りをして、薪棚に積んでおく。この労力を想像するだけで気が遠くなる。

薪ストーブは、スイッチひとつで火はついてくれない。
それには「焚き付け」という難易度の高い技術が必要なのである。焚き付けに成功して炎が上がっても、放射機能部分と呼ばれる本体の鉄が暖まらないと熱は感じられない。最終的に部屋が暖かくなるまでには、最低でも1時間はかかる。
この焚き付けの大変さについては、私の経験からも非常によくわかる。
薪ストーブではないが、小学校では石炭のだるまストーブだった。昭和40年代の古い校舎の小学校では、都会でもまだセントラルヒーティングではなかったのだ。
毎朝日直はまず、重い石炭バケツを教室まで運ぶ。石炭に直接火はつかないので、新聞紙とコークスで火を起こし、それを石炭に燃え移らせて焚き付けをする。これがまた非常に難しい。すぐ火が消えてしまったり、石炭についたかと思ってせっせと追加の石炭を焚べたら、いつのまにか消えていたり。先生に手伝ってもらってやっとつくというのがせいぜいで、自分達(日直は二人一組)だけで上手にできたという記憶はない。
なので薪ストーブの焚き付けが大変だということが容易に想像できるのだ。ただ室内に煙だけがもうもうと立ち込めるだけで、いくら経っても暖かくならないことも日常茶飯事だと思う。

石炭ストーブで経験してわかったが、もうひとつ薪ストーブの盲点なのが、温度調節ができないということである。
一度火がおこされたら燃えるものが無くなるまで、どんどん熱くなる。ちょっと暑くなってきたから弱めるということができない。あまりの暑さに耐えかねて、極寒なのに窓を開けるなどという本末転倒が起こりやすい。石炭ストーブも同じで、教室のストーブのすぐ前の席などといったら、昼頃には顔を真っ赤にして汗をかくほどであった。
薪ストーブも、消せばすぐ冷めたり、寒くなったらまた設定温度を上げたりという融通が、決して効かない。
これは日常生活に於いて、結構致命的な欠点ではないだろうか。

我が家は寒冷地に建っているので、近くには昔から薪ストーブを使っている家もちらほらと見かける。そのどれもが、庭に大量の薪を薪棚に蓄えているのを目にして、薪ストーブにしなくてよかったと胸を撫で下ろすのだった。
新築の家に煙突が付いているのを見ると、ああやっちゃったなと思う。庭には薪もなにも用意していない。どうするのだろうと他人事ながら心配になるが、余計なお世話か。
もちろん薪ストーブの良さというのも沢山あるわけだが、それを凌駕する手間と費用を想定していない場合、挫折する可能性が大きい。

憧れだけでは暖かくはならない。
薪ストーブは、それに絶大な愛と情熱を注ぎ込む覚悟がなければ、決して手を出してはいけないものなのだ。
ということで我が家は、大きめの灯油ファンヒーターである。
見た目は薪が赤々と燃えているように見えるフェイクだが、これで十分。
どうかみなさま、暖かいクリスマスをお過ごしください。


登場したアイテム:薪
→薪ストーブで普通使われているのは、スギのような針葉樹ではなく、ナラなどの広葉樹だそうだ。広葉樹の方がみっしり詰まっているのでコンパクトになるからという理由。薪は無理という人にはペレットストーブという代替案もあるよ。こちらもそれなりに大変そうだけど。
今回のBGM:「クリスマス・カンタータ」by ゲオルク・フィリップ・テレマン作曲 / GSOコンソート演奏
→生涯で4000曲以上の作曲をしたとして、ギネスの世界記録(クラシック音楽界第1位)にも載っているテレマン。アマチュアにも演奏しやすいと大人気だったテレマンに対して、友人のバッハは小難しいと不人気だったという。後世の評価が逆転しているのはご存知の通り。


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