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人的資本レポーティング

【人だって、資本になっちゃう時代】

人的資本って。。。

【はじまり】

 ISOは、2018年2月、人的資本の情報開示のためのガイドラインとしてISO30414を発表しました。2020年8月、アメリカの証券取引を監督、監視する連邦政府機関である米国証券取引委員会(SEC)は、上場企業に対して人的資本の情報開示をする事を義務化しました。
 なお、本稿が対象にするのは30414:2018になります。

【人的資本の情報開示って何ですか?】

 原文ではHuman Capitalといい、日本語では「人的資本」と訳されます。その情報を開示する、とは、人的資本を公表する事により、企業の人材戦略を定性的かつ定量的に企業の内外に向けて可視化する事を意味します。要は、その企業には、会社を安定的にもり立ててくれる人材が揃っているか、会社自体も人材を育成し、気持ちよく働いて貰える環境を提供しているか、といった情報を公開しろ、という事です。

気持ちよく働けてますか?

【情報開示の目的】

 こうした情報開示が求められる様になった背景には、投資家が、企業の持続的な成長力の有無を判断する為には、BSやPLといった財務諸表だけでなく、人材戦略まで踏み込んだ判断が重要な時代になったからです。当期の事業成績だけではこの企業が今後も活躍し続け、成長していくか、厳しい競争に勝ち残っていけるかを判断する助けとする為の、人材の分野に対するアカウンタビリティ、説明責任の一環でもあります。

投資している人

 平たく言えば、何かあった時に不正の隠蔽に走ったり、無茶苦茶な事をする社員が紛れ込んでいたりする会社には、投資家も安心して投資出来ない、という事です。なので、安心材料を少しでも得る為にこうした情報の開示を義務化した、という事のようです。

投資に失敗した人

 一方ではエンゲージメントとか、働き方とか言われている向きもある様ですが、それは目的ではなく結果としてそういう副産物も出てきた、と見るべきで、本当の目的は投資家の利益を守る事が先だ、と筆者は考えています。

投資に成功した人

【レポートに記載するもの 1/3】

 ISO30414:2018のHuman Capital Reporting にはガイドラインが定められていて、11の領域の49項目が記載されています。

ガイドラインの 1/3

 先頭に来るのはコンプライアンスと倫理関連の5項目です。日本でもコンプライアンスがやかましく言われる様になりましたが、企業もただ金儲けの為に存在するだけでなく、社会的なルールを守り健全に運営していく事が求められるのです。
 2つめは人材に関するコスト7項目です。企業が人材をどの様に扱っているのかをコストの面から明らかにします。
 3つめはダイバーシティ(多様性)2項目です。人材のダイバーシティとは年齢、性別、障害の有無などを見る事になっています。他にも学歴、職歴や勤務年数なども含まれると思います。
 4つめはリーダーシップ3項目です。リーダーシップがどの位信用されているか、リーダーが管理するメンバ数、どの様にリーダーシップが開発されているかが含まれます。

【レポートに記載するもの 2/3】

ガイドラインの2/3

 5つめの領域は組織文化2項目です。最近流行りのエンゲージメントもこの領域に入ります。客観的な指標としてはリテンション比率(定着率)も入ります。例えば入社5年目でどの位在職しているかを明らかにします。「組織文化」とは具体的には何を指すのかよくわからないキーワードですが、明文化されたルールがある訳でもないのにある場面で従業員に一定の自然な行動を促す価値観やムードのようなものを指します。例えば問題が発覚した時に、犯人探しと個人の責任追求に走る組織よりも、課題を明確にし、解決と再発防止のしくみを検討してチームや組織の強化を目指す様な組織の方が、前向きで成長力が高い、とされます。また、文化は制度ではないのでトップダウン式に定着させられるものではなく、多くの場合、少数のオピニオンリーダー的存在がいて、影響力を拡大していく事で広まります。このため、ひとつの組織の中には複数の文化が存在し、時代と共に変化していく事もあります。。
 6つめの領域は組織の健康・安全・福祉4項目です。職場における安全性の確保やそのための訓練、教育や、実際に発生した事故や業務で亡くなった方の数などが含まれます。物理的な安全の管理と人材育成にどの位熱心かを測定します。
 7つめの領域は生産性2項目です。ここは完全に数値化された指標で計測する事が出来ます。単純には投資した額に較べてどの位儲かっているかを示します。当然この数値が高いという事は、それだけ生産性も高い事を意味しますが、それでおしまいではなく、製品やサービスの製造・販売以外にステークホルダーから寄せられる期待や満足、社会的に責任や使命を果たして認められ、信頼されていることも含まれます。

【レポートに記載するもの 3/3】

ガイドラインの3/3

 8つめの領域は採用・移動・離職14項目です。さすがに全領域の中で最も多くの項目が定められています。注目すべきは「退職理由」が挙げられている事です。採用から離職まで、人材の運用が適切に行われているかを判断する材料として、なぜ離職したかは時として会社の棲み易さを示す重要なバロメータになるからです。心身の健康を壊して辞める人が多ければ、この会社、アブナイのではないか、と憶測が成り立ちますね。
 9つめの領域はスキルと能力3項目です。「教育すればいいんだろ」とばかりに様々なセミナーや講習に社員を参加させておしまい、では、いけない事は明らかです。その教育の成果を活かす術がなければ教育そのものもそれで得たスキルも死んでしまうからです。この領域の項目の中で注目すべきは、コンピテンシーが入っている事です。単に個人の能力やスキルの教育・訓練だけでなく、職種や部署にあった評価基準を明確に設定する必要があります。簡単に言うと、仕事が出来る人を出来ると評価するためのものさしを整えるという事です。でないと、せっかく頑張ってくれてる人材に十分報いる事が出来ません。
 10個めの領域は後継者育成3項目です。ここでは特に経営陣や重要なポジションにいる層の後継者を対象とします。ビジネスが健全に受け継がれていく事を確認する指標がここで使われます。
 11個めの領域は労働力確保4項目です。単純にこの企業で働く従業員数がどの位いて、そのうち常勤はいくらで外部はいくらか、といった、要因的規模を示す指標です。一般に、小規模よりも大規模な方がキャパシティが大きいので色々な事が出来る可能性も高いといえます。

【欧米での動き】

 アメリカ、欧州でのおもな動きは以下の通りです。 

2016年■米、サステナビリティ会計基準審議会(SASB)が投資家から
    投資先企業に確認するべき項目としてHumanCapitalを記載
2018年■ISOが人的資本に関する情報開示ガイドラインとして
    ISO30414を公開
2020年■米国の証券取引委員会(SEC)が上場企業に対して
    Human Capitalに関する情報開示を義務化
   ■英国の財務報告評議会(FRC)が従業員の開示に関する
    報告書を公表
2021年■米粉奥でHuman Capital の情報開示に関する法案が
    下院通過。上院の審議開始
   ■ドイツ銀行傘下のアセットマネジメント会社、DWS社
    が世界で初めてISO30414取得企業として認定


【日本では…】
 日本では今のところ Human Capital に関する情報の開示義務は制度化されてはいません。但し、今後は対応が進んでいくと思われます。

2020年■経産省が「人材版伊藤レポート」を公表
2021年■「コーポレートガバナンス・コード」改訂。
    Human Capital に関する情報開示が反映された
2022年■経産省が「人材版伊藤レポート2.0」を公表
   ■株式会社リンクアンドモチベーション
    日本初のISO30414認証を取得

【企業に向ける新たな視点】

 国際競争力という点から見ても、いつまでも未対応のままではいられないと考えられます。海外投資家がこの分野の情報を得て知識を高めてきた場合にそもそも情報が開示されていない事を指摘されたり、開示したらしたで、細かい所で同業他社との指標を比較され、更にはその優劣について、企業戦略や施策がどうなっているかを追求され、リクルート関連でも、離職率や定着率などの指標を根拠に「人材を大事にしない会社」のレッテルを貼られでもしたら、大きな影響が出そうです。
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 本稿はこういうのがあるよ、と紹介することが目的なので、ひとまずここで終わります。ビジネスの3要素、「ヒト、モノ、カネ」の「ヒト」についても企業の価値を示す為に可視化され公開される時代が来た、といえますが、次回は日本の会社の大部分を占める中小企業はどう対応したらいいか、について考えてみたいと思います。

 「ヒトを大事にする会社」を見極める目を養いましょう!