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オバケレインコート羽織

小さい頃から雨の中をパシャパシャと水しぶきをあげて走るのが好きだった。お気に入りのレインコートを身につけて。

いつしかレインコートは着なくなったが、走ることが好きなのは変わっていない。小学校のかけっこはダントツで一番だった。今でも鬼ごっこなら誰にも負けない自信がある。
中学になって陸上部に入り、大会で何度も優勝した。

でも高校になって勝てなくなった。私が速く走れるのは数十メートルまでで、その距離を過ぎるとスピードがガクンと落ちる。そういう身体なのか、どれだけ練習しても距離は伸びなかった。

諦めた私は走るのをやめた。

そして新しい夢を見つけた。

アジトで密談する二人の男たち。
そこに白いレインコートに身を包んだ人物がゆらりと現れる。

「フフフ…計画は聞かせてもらったわ」

「お、お前は怪盗オバケレインコート!」

懐から銃を取り出す男たち。だが既にオバケレインコートの姿は目の前から消えている。

「消えた?!どこだ!」

「うしろよ」

「な、テレポート?!ぐはぁ」

瞬間移動のように背後に現れたオバケレインコートは男たちが振り向く前にスタンガンのようなもので意識を刈り取った。

「資料はいただいていくわね」

いとも簡単に男たちを制圧したオバケレインコートは机の上の極秘資料を手に取ると再び姿を消した。


出番を終えた羽織はおりが舞台袖に姿を現すとマネージャーの志代しよが待ち構えていた。

「おつかれさま、初舞台とは思えない演技だったわよ!」

「ありがとうございます!緊張しました…。」

「それにしてもすごい瞬発力ね。本当にテレポートしてるみたいに見えたわ。お客様もまさか走ってるだけだとは思わないでしょうね」

「レナ様にいただいたこのレインコートとブーツのおかげです!ハッ、レナ様にお礼を言いにいかないと!失礼します!」

「あ、ちょっと!」

志代がまだ話の途中だと止める間もなく羽織の姿がかき消える。

姿を一瞬だけ消してくれる光学迷彩レインコート、脚力を一瞬だけブーストするブーツ、そして持ち前の脚力。
これらの組み合わせにより、羽織が走るとまわりからはまるでテレポートしたかのように見える。
これが怪盗オバケレインコートの秘密であった。


「レナ様!」

玲奈れなが控室で出番を待っていると、ノックする音が聞こえた。
と思ったらドアが開いて羽織が入ってきた。
と思ったらいつの間にか目の前に跪いている。

「はーい。あ、羽織…え…はやっ…何してるの?!」

思考が追いつかず目を白黒させる玲奈。

「さっき無事に出番が終わりまして、志代さんからも褒めていただきました!全部レナ様のおかげです!」

「よかった、うまくいったのは羽織が頑張ったからだよ。たくさん練習してたもんね。
…ところでなんで跪いてるの?」

「私は新入りの下っ端ですから!我らが悪魔王女レナ様の前で頭を垂れるのは当然でございます!」

「いやそれはキャラ設定で、ここは控室だし…いつも通りに話そ?」

「私気づいたんです!学校で会った時の気弱な玲奈様は仮の姿で、私に夢と力を与えてくれた王女レナ様が本当のお姿なんだって!」

玲奈は天を仰いだ。
一体何がどうなってそんな考えに至ってしまったのか。この劇団に誘う前の羽織はもっと常識的で、ちょっと無気力な普通の女の子だったはずなのだけど。

「そ、そう…。まあ今は良いけど学校ではいつも通りにしてね?」

「はい、お任せください!レナ様の正体がバレるようなことは致しません!」

「大丈夫かな…じゃあ私もそろそろ出番だし行ってくるわね。んんっ…フハ!…フハハハよくぞここまでたどり着いたな!…よし」

控室からレナ様が出ていき、我に返った。
いけないいけない。レナ様への感謝で頭がいっぱいになってまた突っ走ってしまった。

陸上部をやめて無気力な学生生活を送っていた私に声をかけてくれたレナ様。
暇を持て余してるのなら一緒に舞台に立ってみないかと誘ってくれた。

学校では物静かで目立たない印象だった玲奈が、今をときめく悪魔王女アイドルのレナ様だったと知った時の衝撃ったらなかった。

私は走ることしか出来ないしそれすらやめてしまった何もない人間だ。
そう断ったのに。

「悪魔王女からは逃げられないのだよ。さあこれを使って我に尽くすが良い」

悪魔王女モードのレナ様からレインコートとブーツを渡され、超スピードで誰よりも速く走って敵を翻弄する役をもらった。
王女様には私が本当は走り続けたいと思っていることなんてすべてお見通しだったんだ。

その日私はただの高校生の羽織から、悪魔王女の側近オバケレインコート羽織に生まれ変わった。レナ様に付き添い、邪魔をするものをレナ様が気づく前に排除するのが仕事だ。

舞台袖に着いた玲奈は困り顔で志代と話していた。

「志代さん、出番が終わってから羽織の様子がちょっとおかしくなってるんですが…敬語で話してくるし、跪いてくるし」

「確かにおかしくなってたわねぇ。玲奈ちゃんのファンと同じ目をしてたわ。悪魔王女に心酔してしまったのね」

「せっかく仕事のことを話せる友達ができたので正気に戻ってくれると良いのですけど…」

まあ無理だろうな、と二人は苦笑いを交わすのだった。



「オバケレインコート」というテーマで書きました。

新しいストーリーがさっぱり思いつかなかったので、困った時のシリーズもの。レナ様に新しい仲間ができるストーリーにしてみました。

過去のレナ様シリーズはこちら。




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