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日本のAI導入効果がアメリカの7分の1程度しかないのはなぜなのか

AI白書によると、日本では平均して米国の7分の1程度しかAI導入の効果が出ていません。特に「製造工程、製造設備」、「データ分析の高度化」の売上向上効果は10分の1以下に留まっています。機械学習の活用に携わる身としては2022年最も衝撃的なデータでした。え、でもそれってほんとなの?なんでなの?という疑問を本記事で深掘りするとともに、解決策を考えてみたいと思います。

日本では平均して米国の7分の1程度しかAI導入の効果しか出ていない

AI白書2022ではAI導入の効果を日米の企業にヒアリングをしています。AIの導入で「5%以上の売上増加」があったと回答した日本の企業数は米国の1/4~1/11になっています(下図左)。特に「製造工程、製造設備」では1/10、「データ分析の高度化」では1/11です。「10%以上のコスト削減効果」があったと回答した日本の企業数も同程度の差があります(下図右)。同じ「AI」に投資しても得られるリターンに大きな差が出ているということです。

AI導入による「売上増加」、「コスト削減」の日米比較(「AI白書2022」より引用)

余談ですが、週刊少年ジャンプで連載されていた「BLEACH」では「卍解」という奥義を使うと通常時(「始解」)より戦闘力が5~10倍になるという設定があります(14巻参照)。日米の差は「始解と卍解の差」とほぼ同じです。

※AI白書で示された導入効果の差については、データの偏りに基づく差ではないか、一時的ではないか、という意見もあると思います。この点に関心ある方は付録で検証しているのでご参照ください。

AIの効果を部門横断的に波及させるデータ基盤を活用している企業が米国の6分の1に留まる

売上向上やコスト削減の効果が低い理由として、米国に比べ導入効果の波及範囲が狭いことが考えられます。データが横断的に整備されていると、AIの予測効果を他の部門にも波及させることができます。例えば販売データから商品Aの売上が上がると予測できた場合、併せて生産計画のデータがあれば変更の要否がわかりますし、部品表マスタがあれば必要な購買量が予測できます。

日本ではデータ基盤のベースとなるデータレイクを全社的に活用している企業が4.1%と、米国の26.3%の6分の1程度に留まります。逆に「活用していない」「この手法・技術を知らない」という回答が73%、約7割に上ります。

データ利活用に関する技術の活用状況(「AI白書2022」より引用)

日本では2020年から2022年の2年間でAIを「導入している」と回答した企業が4.2%から20.5%へと4.8倍増えています。

AI利活用状況の経年比較(「AI白書2022」より引用)

導入企業の増加はポジティブな傾向ですが、20.5%の7割がデータレイクすら整備していないとすると効果が期待される企業は6%前後になります。この値は、5%以上の売上効果もしくは10%以上のコスト削減が行えた企業の割合の平均に近い値です。

7割超の企業でDX推進のビジョン・ロードマップがない

横断的なデータ基盤の構築が進まない理由として、ビジョン・ロードマップがないことが挙げられます。「令和3年版 情報通信白書」を参照すると米国では2019年度45.8%と半数近くがDXのビジョン・ロードマップを作成している一方日本は24.4%と下回っています。これは推進部書を立ち上げている30.8%よりもなぜか低い値です。7割超の企業がビジョンやロードマップがないままDX推進部署を立ち上げていると推察されます。

デジタル・トランスフォーメーションに関連する取り組みの実施状況
(「令和3年版 情報通信白書」より引用)

リーダー層に、プロダクトマネージャー型の人材が不足している

ビジョン・ロードマップが策定されない理由として、リーダー層にプロダクトマネージャー型の人材が不足していることが挙げられます。米国でAI活用をリードしているのは「業績志向」「顧客志向」「テクノロジーリテラシー」を持ったリーダーです。顧客や業績から課題を発見し、テクノロジーで解決する点ではプロダクトマネージャーに近い人材と思います。実際、日米ともにデジタル事業で最も重要、育成したい人材はプロダクトマネージャーが1位です(日本42.3%、米国40.7%)。

日本の企業が求めるリーダー像はプロダクトマネージャー型のリーダー像と乖離しています。AI白書2022のリーダーにあるべきマインドおよびスキルを見ると、日本では「コミュニケーション能力」「リーダーシップ」「実行力」の要求が米国に比べ高い一方、「業績志向」「顧客志向」「テクノロジーリテラシー」の3点が米国に比べ低いです。

企業変化を推進するリーダーに求められるマインド・スキル(「AI白書2022」より引用)

日本で求められているマインド・スキルは「実行力」に代表されるようにビジョン・ロードマップが作成された「後」に必要なスキルです。どんな顧客の課題、どんな業績上の問題に向き合うべきか、どんなテクノロジーの潮流に乗るべきかといったビジョン・ロードマップの作成に必要な能力は米国で重視されているスキル・マインドにより依存する印象があります。

AIを活用した新規プロダクトの開発機会が米国の2分の1程度に留まる

プロダクトマネージャー型のリーダーが育たない理由として、プロダクトを新規開発する機会が少ないことが挙げられます。AI白書を参照すると、米国ではAI導入目的の半数以上が新サービス/新製品の創出であるのに対し、日本は2~3割にとどまります。その代わり、既存の業務効率化や生産性向上にフォーカスしています。

AIの導入目的(「AI白書2022」より引用)

新規サービスや製品、プロダクトが増えない限りプロダクトマネージャーは増えませんから人材が不足するのは当然になります。

業務効率化や生産性向上でも効果が出ていれば良いという考えもあります。ただ、この方向性は企業価値の向上という観点から評価を得ていません。経済産業省はDXの取り組みが進んでいる企業を「DX銘柄」として選定していますが、2022年時点で日経平均を上回る上昇は観測されていません。記事では「過去3年間の選定企業の株価と日経平均株価の騰落率を比較したところ、5割の銘柄が日経平均を5ポイント以上下回った」と言及されており、さらに「選定企業の多くはDXが業務効率化や省力化にとどまっている。業績の改善や利益貢献につながる事例はほとんどない」とも言及されています。

外部ベンダの力なしにはプロダクトの企画、開発を行うことができない

新規サービスやプロダクトの開発が少ない理由として、外部ベンダへの依存が挙げられます。「IT人材白書2017」によれば、日本ではユーザー企業でなく外部ベンダーに7割近くのIT技術者が在籍しています。そのため、なにか新規のサービスを開発する場合は基本外部ベンダに頼ることになります。

IT企業とそれ以外の企業に所属する技術者の割合(「IT人材白書2017」より引用)

AIの開発でもこの傾向は顕著です。AI白書2022を参照すると、AIの研究者は47%が不要、実装者も40.7%が不要と回答しています。さらに、AIを活用した製品・サービスを企画できる人材がそもそも不要と回答している企業が3割に上ります。テクノロジーの開発経験だけでなく、活用戦略まで外部に依存せざるを得ない状況が見て取れます。

AI人材の充足度(「AI白書2022」より)

プロダクトの利用者から提案者、開発者へとステップアップする

ここまでの議論の結論として、AI導入の効果を米国並みにするためには以下5つのステップを踏む必要があります。

  1. 外部ベンダに依存せず新規プロダクトを開発できるチームを作る

  2. 1のチームを増やすことでプロダクト開発の機会を増やす

  3. 2で増えた機会を活用しプロダクトマネージャー型のリーダーを育成

  4. 3で育ったプロダクトマネージャー型リーダーを中心にビジョン・ロードマップを作成

  5. 4のビジョン・ロードマップに基づきAI導入効果を波及させるための横断的なデータ基盤を整備する

経済産業省の「DXレポート 2.2」を参照すると、ステップ2~3で実際に成果を出すことに壁がある様子が見えます。地道にステップ1から5へ行くのが王道ですが多くの投資と時間を必要とするでしょう。

バリューアップ(サービスの創造・革新)の取り組み状況(「DXレポート2.2」より引用)

本記事としては、ステップ1~3についてプロダクトの利用者から提案者、最後に開発者へとステップアップする方式を提案します。ゼロベースでプロダクトを考えるのでなく、自社に導入されているプロダクトをベースにして改善策を検討、実装するということです。Slackを例にとると、「Slackの利用を始める」「不満点や改善点を収集する」「不満点や改善点を解決するためのBotを開発してみる」といった流れになります。

総務省「通信利用動向調査」」によると、2021年から2022年にかけて社内情報共有・ポータル、スケジュール共有、給与・財務会計・人事のクラウドサービス利用が5~9%と大きく伸長しています。特に財務会計は事業状況を把握するのに不可欠なサービスですから、改善点の検討や解決策を実装することは米国で重視されている「業績志向」を養うにも効果的と思います。

クラウドサービスの利用内訳(2018年から2022年までのデータを集計して作成)

自社に導入するプロダクトを単に効率化の手段だけでなくプロダクト開発の経験を積む場と考えると、外部プログラムによる拡張を許容しているかは重要な選択肢となります。SlackのBotやSalesforceのForce.com、kintoneなどは好例と思います。近年はコンパウンドスタートアップと呼ばれるデータを中心に関連するプロダクトを補完的にリリースするビジネス形態が注目されていますが、顧客としてもデータが分断されない状態で機能拡張が可能であればステップ5のデータ基盤構築の労力を掛けず横断的な効果が出せる利点があります。

AWSの機械学習領域のDevRelとしては、現在ステップ4のロードマップ作成を行うための知見が身に着けられるワークショップを提供中です。プロダクトマネージャー向けに機械学習のインプットを行うのを主眼としており、コンテンツはすべてGitHubで公開しています。活用頂けたら幸いです(☆を頂けるとさらに励みになります)。2022年はMoney Forward様に先行してご提供しさらに3社へ提供しています。2023年以降も提供と改善を続けていきます。

https://github.com/aws-samples/aws-ml-enablement-workshop

2023年は、AI導入の効果をキャッチアップするためより多くの方と連携したいと考えています。経済産業省の「DXレポート」では「日本企業がDXを推進しなければ、2025年以降の5年間で、最大で年間12兆円の経済損失が生じる」としていますが、2025年まであと2年。子供を持つ身からすると、正直これ超えられなかったら日本どうなるのという危機感が強いです。なんとしても越えたいところですね。

付録

#1. データの偏りに基づく差の検証

仮に米国ではデータ活用エリート企業が選抜されてアンケートに回答していたら差が出て当然です。回答企業の選定に依拠する差をサンプリングバイアスと呼びます。本節ではそれがないかを検証します。

まずアンケートは2021年度にIPAが実施しており、日米で従業員数、単体売上高はほぼそろえられています。

回答企業の従業員数、単体売上高(AI白書2022より引用)

回答企業の業種では、米国の方が情報通信業の割合が多いです。日本が7.5%に対し米国では24.1%と約3倍の差があります。

回答企業の業種の比率(AI白書2022より引用)

令和3年版 情報通信白書」によれば情報通信業は最もデジタル・トランスフォーメーションが進んでいる業界であり、製造業に比べ約2倍程度取り組んでいる企業が多いです。ただ、売上向上およびコスト削減のアンケートは「製造工程、製造設備」など適用業務ごとにヒアリングされており、業種として発生し得ない業務への影響はないと考えられます。例えば、情報通信業の会社が製造設備に関する業務を行うのは想定しずらいです。

業種、企業規模別のデジタル・トランスフォーメーションの取り組み状況
(令和3年版 情報通信白書より引用)

なお、「AI白書2020」の段階では「期待通りの効果が出た」の回答が36.4%と2022年の結果に比べかなり高くなっています。2022年では「5%以上の売上増加」「10%以上のコスト削減」と定量的にヒアリングしているので期待通りとはいえその基準に満たなかった可能性があります。

AI導入の効果(「AI白書2020」より引用)

実体を明らかにするためにも、2022年の定量的なヒアリングはとても有効だと思います。

#2. 一次的な差である可能性の検証

この差は一時的で、今後どんどんキャッチアップされる可能性はないでしょうか。仮に5%未満の売上増加がすべて5%以上の売上増加へと成長した場合、米国の1/2程度が平均となります。楽観的なシナリオでもまだ隔たりがある状態です。

#3. AI人材の不足を効果が出ない理由として扱わない理由

AI白書2022ではAI導入の課題として「AI人材が不足している」が1位(56.8%)になっていますが、本記事ではAI人材の不足を効果が出ない理由として扱っていません。これは、人材が十分でも活用機会が十分でないためです。経済産業省の「我が国におけるIT人材の動向」(令和3年)を参照すると、データサイエンスを習得した先端IT技術者と呼ばれる人材であっても活用機会がないという回答が28.2%、約3割あります。

先端IT領域のスキルアップに関する課題(「我が国におけるIT人材の動向」より引用)

ガートナーのレポートでも、自身がデータ活用に「非常に積極的」とした回答者が19.0%であったのに対し、自社が「非常に積極的」とした回答者は8.3%に留まっています。上記レポートでは研修は充実しつつあるとしていますが、たとえ研修が充実しても組織内で活用機会がなければ成果につなげることができません。

#4. プロダクトマネージャーの育成に必要なリソース

プロダクトマネージャーカンファレンスが2022年に実施したアンケートでは、「会社から提供されると嬉しい機会」として外部研修、社外研修、プロダクトマネジメントの顧問、アドバイザーの契約、社外のプロダクトマネージャーとの交流会などが挙げられています。

会社から提供されると嬉しい機会
(「日本で働くプロダクトマネージャー大規模調査レポート2022」より引用)

この結果は、社内のみでプロダクトマネージャーを育成することは難しく、社外の知見を取り入れる機会が不可欠であることを示唆しています。




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