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南米アルゼンチンからパラグアイへ。合計24時間、長距離バス旅の隣人

2016年7月1日。アルゼンチン北部の街サルタから、隣国パラグアイの首都アスンシオンを目指すことにした。

安くておいしい牛ステーキやワイン、民族音楽フォルクローレに酔いしれたアルゼンチンの旅も、もうおしまい。

まずはアルゼンチン東部の街、レシステンシアに向かう。18時、サルタのバスターミナルで、予約していた夜行バスに乗り込んだ。

私の席は窓際。座席はリクライニング式で、ゆったり広々としている。

「Buenas noches(こんばんは)」

にこやかな笑みで挨拶し、私の隣に座ったのは、50代くらいのアルゼンチン人女性。

「あなた、どこからきたの?」
「日本です」
「日本!そんな遠いところから!すごいわねぇ~」

陽気でフレンドリーな彼女とはすぐに打ち解けた。

バスが夜道を走り出す。
しばらくすると、おばちゃんがなにやらソワソワし始めた。

「お腹が空いちゃってね。夜ごはんまで待てそうにないわ」

私はリュックの中をがさごそして、常備していたチョコレートを取り出した。

「あのー、これ、召し上がります?」
「えぇぇぇぇ! いいの!? ちょうど甘いものが食べたかったの。うれしい!!」

おばちゃんは満面の笑みで顔をクシャっとさせた。

「Muchas gracias!(本当にありがとう)」

横目でちらちら様子を窺っていると、一瞬でチョコレートを平らげていた。
無邪気でチャーミングな方だ。自然と口元が緩む。

おばちゃんが、スペイン語で私にいくつか質問をしてきた。

「あなた、ひとりなの?」
「はい、ひとり旅です。5か月かけて、メキシコから南下してきたんです」
「うそでしょう! ものすごいアドベンチャーね」

「自慢の息子たちなの」と、嬉しそうに何枚も写真を見せてくれた。そして、「あなたも娘のようにかわいい」と言う。

私の片言のスペイン語を介したたどたどしい会話でも、彼女の温かい人柄を肌で感じた。

20時、おばちゃんお待ちかねの夕食タイム。私自身、夜行バスで夕食が支給されるのは初めての経験で、興奮が止まらない。

パン、スープ、バナナ、キャンディー。ペンネ入りのグラタンがクリーミーで、とてもおいしかった。

「あなたと話せて楽しかったわ。じゃあ、また明日ね。おやすみ」
「私もです。はい、おやすみなさい」


翌朝8時、ほぼ定刻通りに、レシステンシアのバスターミナルに到着。おばちゃんとの別れ際に、「また連絡を取り合いましょう」とFacebookを交換した。

「ねぇ、そのノートとペンを貸してくれない?」と言うので渡すと、何かを書いている。

「あなたへのメッセージよ」
ふふっと笑って、ノートを見せてくれた。

"Te amo (愛してる)"



レシステンシアのバスターミナルで、エンパナーダ(ミートパイ)の朝食をとった。

その足で、パラグアイの首都アスンシオン行きのバスに乗り換える。
午前10時、バスが出発した。

隣の席の男性は、アスンシオン在住のドイツ人、ハンス。口をキュっと一文字に結んだ彼の第一印象は、「なんか怖そうな人」。

しかし、バスが走り出してしばらくすると、突然話しかけてきた。

「これ、食うか?」

ピーナッツとクッキーを分けてくれたのだ。予想外の展開に驚きつつ、ありがたくいただくことに。

ハンスは英語が堪能なはずなのに、なぜか頑なにスペイン語しか話そうとしない。きっと彼なりのポリシーがあるんだろう。

ハンスは博学で、日本の政治やビジネスについても詳しかった。日本の企業についていくつか質問されたけど、無知で答えられなくて恥ずかしい。

彼は植物や動物についても知見が豊富だった。

「ほら、あそこに生えてる草、見えるか? パラグアイでよく見かけるから、覚えておいて損はない」

バスで昼食が支給された。いちごジャム入りのクッキーと、クロワッサン。カロリー高め。

順調に走り続けていたバスが、突然、パラグアイの国境手前で停止してしまった。なんか嫌な予感がする……。

乗客はみな、いったん降ろされた。周囲に話を聞くと、どうやらインディヘナの人々がストライキを起こし、行く手を阻んでいるらしい。

ボリビアの長距離バス移動でも同様のストライキに遭遇したことがある私は、「やれやれ」とため息をついた。

「ここからどうなるんだ?」とざわつく乗客たち。

「うーむ、ここから国境までは、5キロメートルも歩かにゃならんらしい」とハンス。

まじか。5キロって、だいぶあるぞ。大きな荷物も運ばなきゃだし……。

「タクシーに乗りな!」と、客引きの男たちがぞろぞろやってきた。しかし交渉をすると、相当な高値をふっかけてくる。

「コレクティーボ(乗り合いバス)ならもっと安いはずだ。もう少し待とう」というハンスの提案で、とりあえず車内に戻って待機することに。

そこで、ハンスのスペイン語教室が始まった。

「ねぇハンス、actualmenteは英語のactually(実際に)と同じ意味だよね?」
「いや、どちらかといえば、now(現在)って意味だよ」
「うそー! 勘違いしてた……」

「ねぇ、スペイン語を勉強しているの?」

後ろの席から、20歳くらいのパラグアイ人の女の子が話しかけてきた。彼女を交え、しばしお喋りタイム。トラブルが生んだ楽しい出会いだ。

「中南米をひとりで5ヶ月間旅している」と伝えると、彼女は目を見開いた。

「すごい、かっこいい! 私もいつか世界を旅することが夢なの」

2時間後、ようやくバスが動き出した。
国境の街クロリンダでバスを乗り換え、無事にパラグアイに入国。

19時、数時間遅れでようやくアスンシオンに到着した。日はすっかり暮れている。

ハンスとの別れ際に、握手を交わした。

「じゃあな」
「ハンス、ありがとう!会えてよかった」

私はタクシーに乗り込み、宿の住所を伝えた。

タクシーの後部座席の窓から、ハンスに手を振る。タクシーが無事に走り出したのを見届けてから、彼は去っていった。

トータル23時間におよぶ長距離バスの旅を終え、私はアスンシオンの有名日本人宿、「らぱちょ」にたどり着いた。

日本食レストラン「菜の花食堂」

日本人オーナーが経営するレストランの餃子定食が泣けるほどおいしかったのは、言うまでもない。

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