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エブリ・ブリリアント・シングの考察➀最後のレコード編(ネタバレあり)

だいすきなエブリ・ブリリアント・シング(以下EBT)について、ネタバレありで考察していくシリーズです。以下の記事で、考察をはじめた理由やEBTのすごさの概要や前置きを書いています。そちらはネタバレなしになっていますので、よろしければ最初にご覧いただければとおもいます。

今回はラストを飾った音楽についての考察です。
ここから下はネタバレががっつりありますので、苦手な方やまだ観ていない方はご注意ください。

当日配布されたパンフレット

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EBTには楽曲がたくさん使われています。
わたしが一番印象的だったのは、この曲。

Into Each Life Some Rain Must Fall     

      エラ・フィッツジェラルドとインク・スポッツ
     
「僕」が最後に、舞台上でかけたレコード。
1000000個目のBrilliant Thing のゴールを飾る曲です。

あたたかな照明の下で「僕」が嬉しそうにライナーノーツを読んでいました。最後に、鼻に手をやってクスッと笑うのが印象的で。ライナーノーツに「僕」を笑わせるエピソードがあるんだろうかと気になって、解説を探したけど見つからなかった。

The Ink SpotsのWikipediaでは1944年の曲と書いてありました。エラがソロ活動を始めた頃の古い曲です。


歌詞を見てみましょう。適当な意訳ですが、貼っておきます。

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★(The Ink spots)
Into each life, some rain must fall
But too much is falling in mine
誰の人生にも必ず雨が降るんだ
でも僕には雨の日があまりにも多すぎる

Into each heart, some tears must fall
But someday the sun will shine
Some folks can lose the blues in their hearts
誰の心にも(ときには)こぼれる涙が必要だけど
いつかは太陽が輝いて、たいていはその憂鬱を振り払える

But when I think of you, another shower starts
だけど君のことを考えると(僕の心には)またすぐに雨が降りだすんだ

Into each life, some rain must fall
But too much is falling in mine
誰の人生にも必ず雨が降るんだよね
僕にはあまりにも降りすぎなんだけど


●(Ella Fitzgerald)
Into each life, some rain must fall
But too much, too much is falling in mime
誰の人生にも雨が降るときが必ずくるわ
でも私にはあまりにも多すぎるの

Into each heart, some tears must fall
But some day the sun will shine
Some folks can lose the blues in their hearts
誰だって(ときには)涙の雨に濡れるものよね
だけどいつか太陽が輝いて、多くの人はその憂鬱を吹き飛ばせるでしょう

But when I think of you another shower starts
でも私(の場合)はあなたを思うとまた降り始めるのよ

Into each life, some rain must fall
But too much is falling in mine
誰の人生にも雨が降るときが必ずくるわね
でも私には雨の日が多すぎるのよ

【語り】
Into each and every life some rain has got to fall
But too much of that Stuff is fallin' into mine
And into each heart some tears gotta fall
And I know that someday that sun is bound to shine
誰の人生にも間違いなく雨の日がある
だが私に降る雨はありえないほど多すぎる
誰の心も涙があふれるにちがいないが
いつか必ず太陽がかがやくんだろう

★Some folks can lose the blues in their hearts
●But when I think of you another shower starts
★●Into each life some rain must fall
★●But too much is falling in mine
たいていの人はその憂鬱を拭い去れる
でもあなたを思うとまた雨が降り始める
誰の人生にも雨の日は必ずある
でもわたしの場合はどしゃぶりの雨

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なんだか悲観的な歌詞だけど、歌い方や曲調が軽やかで明るくて違和感。

よくわからないので、リリースされた当時のアメリカの時代背景を考えてみます。1944年だから、アメリカも戦争中です。
日本よりは悲惨な状況ではなかったはずだけど。


★★★

1944年までのアメリカ

1929年に世界恐慌でそれまで世界一繁栄していたアメリカの経済が崩壊すると、一気に失業者が増え、都会では家族を捨てて逃亡したホームレスが溢れかえります。浮浪者や犯罪者が増加すると、社会不安も蔓延します。
さらには、干ばつや異常気象が貧しい人の暮らしに追い打ちをかけます。ストライキや暴動は、1940年になっても続きました。

やがて安定した雇用を求めて企業の国営化の声が出始めると、共産主義への脅威を警戒する動きが強くなっていきます。それは、ハリウッドやマスコミへの思想統制に発展し、自由の国だったはずのアメリカからチャップリンが追放される事態にまでなってしまいます。

その後、第二次世界大戦が始まると軍需歳出が増大し、次第に経済が回復し国内も安定していきました。

★★★

直前までしんどい時代だったんですね。簡単にまとめてしまったけど、実際はもっと複雑で混乱した時代だったでしょう。

この曲がリリースされた1944年


アメリカ大統領選挙でフランクリン・ルーズベルトが現職で再選した年です。彼の人気は衰えしらずで圧勝でした。

こんな投票結果になるときは、これが一番いい選択だと多くの人が確信している状態です。期待や希望が充満し、都合の悪いことは無視され、軽視されます。

戦時下は武器だけではなく、すべての生産が活性化して雇用も生活も安定します。溢れていたホームレスが戦地に行き、まるで貧困者が減ったように感じられたことでしょう。

どん底のムードからの復興と、戦地でアメリカの勝利が続く流れが重なり、人々は熱狂したことでしょうね。街にまだ貧しい人が困っていて、戦地から無言の帰宅を迎える人が悲しんでいても。

その戦争の終結の兆しが見え始めたのが1944年でした。


そんな時代に取り残され、希望を持てずにいる人に寄り添い励ます歌だったのかもしれませんよね。ここではそう仮定してみようと思います。

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この曲に込められたメッセージ

本当につらいときには、男女差などなく誰もが、自分だけが不幸で孤独だと感じてしまうものだ。

周囲が「誰だってそんなもんだ」「いつかは晴れる日も来る」と励ましてくれても、素直に信じられずに疑い、悲嘆に暮れるのもみんな同じ。

でも大丈夫。いつかは本当に、心が晴れる日が来る。いま元気に笑っている人にも、涙にくれた日々があったんだから。

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こんなメッセージだと考えたら明るい曲調も納得できるような気がします。



では。ここからが本題です。

「僕」がライナーノーツをみて笑った理由



もし、ライナーノーツに以下のように書かれてたと仮定します。

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人は誰でも不幸に直面しているときは、悲劇的な気持ちになり、視野も狭くなって、ひとりで抱え込み、悪いほうに思いつめてしまう。しかし実際には誰もが通る道で、特別でないのが現実だ。そうと気がつかずに翻弄されやすい人生の喜劇を歌っている。

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お母さんが亡くなる直前、ピアサポートの集まりに参加できるようになった「僕」が言っていました。

This is my first session. I’ve resisted doing this. I’m – you know, British.
I now realise that it’s important to talk about things. Particularly the things that are the hardest to talk about.

When I was younger I was much better at being happy. At feeling joy.
Being a grown up, being conscious of the problems in the world, about the complexities, the tragedies, the disappointments…I’m not sure I can ever fully allow myself to be joyful. I’m just not very good at it.

It’s helpful to know there are other people who feel the same.

https://www.theatrebythelake.com/every-brilliant-thing-by-duncan-macmillan/

同じように悩む人がいるとわかって救われた。
自分だけじゃなかった。
人は、話したくないようなことほど話す必要がある、と。

自力で彼がたどり着いた答え。
それが正しかったことの後押しが、この曲だったのではないでしょうか。


「僕」は幼少期からずっと躁的防衛で不安に対処してきたようにみえます。不安定な母と口下手な父との間で、学校で、明るくはしゃいでみせて問題が起きていないかのようにふるまっています。リスト作りに没頭し数日間あまり眠らなかったこともありました。

I’m – you know, British. と言っていますから文化的な背景もあり一人で対処してきたのでしょう。そして疲弊し、サムに出会うまでは人との接触を避けるようになってしまいます。助けが必要だと認められず、最終的にはサムとの間にも壁を作ってしまった。

ひとりで頑張ってきたけどだめだった。自分は間違っていたのかもと気持ちが揺らぐ。

イギリスは個人主義の傾向が強く、その人の意志や信念を尊重します。これまでの信念が揺らいだとき、人は誰でも自信を失ってどうすればいいかわからなくなる。

でも彼は、お母さんの葬儀の後に、リスト作りが自分がもたらしたことを発見します。これまでのやってきたことはお母さんのためじゃなかった。そして、826979個目以降は意図的に自分のためのリストを作るのです。自分を支えるために。

リストのゴールを飾るBrilliantは「はじめて聴くレコード」。



最後にそれが、「はじめて聴くレコード」だった理由を考えてみます。


1000000


サムをはじめて家族に紹介した日、サムが歌った曲を「知らない曲だった」と「僕」は言っています。そう、はじめて聴いた曲で「僕」にとって、サムのテーマソングになったお気に入りの曲でした。

でも、そのタイミングでは初めてのレコードがリストに加えられることはなかった。


劇中では、同じ曲が何度もかかります。

お母さんを想うときはレイ・チャールズのDrown In My Own Tearsでした。サムを想うときはダニエル・ジョンストンのSome Things Last A Long Timeでした。

お父さんもそうです。一人にして欲しいとき、仕事に集中したいとき。
同じレコードを聴き、同じライナーノーツを読む。

The NARRATOR says the final entry.

1000000. Listening to a record for the first time.
Turning it over in your hands, placing it on the deck and putting the needle down, hearing the faint hiss and crackle of the sharp metal point on the wax before the music begins, then sitting and listening while reading through the sleeve notes.

https://www.theatrebythelake.com/every-brilliant-thing-by-duncan-macmillan/

ラストシーン。
僕は座って音楽に耳を傾け、ライナーノーツを読むんだ。で終わります。

初めてのライナーノーツには、何らかのあたらしい世界観や価値観があったでしょう。だけど新しさだけではBrilliantにはならない。新しさ以外で心が動くようなこと。はじめて聴くレコードもいいなとおもえるような発見が。



いまさらですが、Brilliantという言葉についての捕捉。

このお芝居はイギリス生まれなので、素敵なことを「brilliant」と表現しています。その位置づけは「すてきの最上級」です。

イギリス人が好む単語は「brilliant」です。「brilliant」は「lovely」と比べてよりテンションが上がった時に使います。(中略)アメリカ英語では「great」と同じ意味で使えます。「brilliant」を利用することでイギリス人にはより感情が伝わりやすくなる単語です。

https://theryugaku.jp/1941/


そこに何がかかれていたかは、残念ながらわかりません。
わたしが仮定したことは的外れなものかもしれませんが、違ってもいいんです。彼があの後どんな人生を生きたのか、幸せになることを自分に許可できるようになったのか、気になっていました。だから彼の新しく見つけた信念を知りたかった。

これからの彼が自分らしくありながらも、柔軟さを受け入れてwell-beingに生きていく未来を暗示するのが、最後のBrilliantだったとわたしはおもっています。そう信じるに足る気がする。


伏線とそれを回収するという枠組みにこだわりたくありません。この作品は、ただ消費されて消えていくエンターテイメントとは違うし、フィクションだけど実際に今もどこかで起きていて、いつわたしにも降りかかるかわからない課題だと思うから。

だけど、文化などの違いのために見えにくくなっている原作に込められた祈りや願いがたくさんあるような気がします。

なんて魅力的な脚本なんだろう・・・すごいな。

そしてそんな難しいお芝居をあんなに楽しく、あたたかいものにしている佐藤隆太さんは本当にすごいです。海外のEBTを観ると、佐藤さんが一番すごいなっておもいます。機会があったら見比べてみて欲しい。

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さて。以下は余談です。

「Into Each Life Some Rain Must Fall」を聴きながら、ライナーノーツを読んだ「僕」の心の声を、勝手に妄想してみました。

イギリス人は自虐ネタが大好きだと知ったので、それっぽく。

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ずっとひとりで苦しんでたけど、でも1944年にはもう「みんな同じだ」と歌っている曲があったんだな。でも本当にそうなんだよな。今ならわかるよ。

それにしても、父さんも母さんもあんなに古い音楽が好きで、このレコードの存在に全然気付かなかったよ。大事な答えは案外身近にあって、自分だけが気付かないのかもしれないね。まったく皮肉なもんだなw




いまかなしい人にも導きの発見がありますように!






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