見出し画像

子供の蛙

理不尽が嫌いな子供だった。冷蔵庫に並んだサッポロ黒ラベルは一本200円以上するのに、100円そこそこのスプライトがひとつもない理屈が、当時の僕には全く納得できなかった。
あんなどうしようもない親父が、僕より贅沢をしているなんて。

親父は自分のルールの中に生きている。カッコいいように聞こえるけど、都合によってそのルールを曲げたり隠したりするから、みっともなさが目立つ。その不細工なプライドに障って、理不尽な怒りが家族にとぶことも時にはあった。僕はそれを見ながら、こうはなっちゃいけないと思って育ってきた。
価値観というものは、自分を戒めるためのもので、自分を守るために使ってはいけない。そんな風に振りかざした途端、それは汚れてしまうんだ。そんな教訓を、親父はいつも見せつけてきた。

日々、様々な理不尽が僕を襲った。いまおもえば自分の心が産み出していたことも多かったかもしれない。けど、若く敏感な心は知らずに自分を追い込むもので、当時はそれが真実だった。

いつしか「大人にならなくては」と思うようになっていた。
理不尽を感じた時、自分に汚点があったかどうかを黙って探った。汚点があったなら自分も悪かったと心を落ち着け、なかったなら正しい自分を誇った。その頃の僕にとって、感情的でないということが「大人」の条件だった。 それが人としての、あるべき姿だと思っていた。

出来ることも少なかったから、ただそれを大切にして自尊心を育てた。おおきくなった自尊心の上から皆を見下ろして、自分は大人だなぁと安心していた。
自分は何者でもないと薄々知っていたけど、賢者のような気分が心地よくて、そこから降りられずにいた。

そんな井の中の蛙も、成人して会社にはいる。入社してすぐに、無能すぎてクビになりかけた。それでもなんだかんだ、今も同じとこで働いている。
周りには色々な人間がいるけれど、理不尽と感じて心が泡立つことは少ない。
心が鈍感になったのもあるだろうけど、前ほど「大人」という姿を気にしていないからじゃないかと思っている。

僕は物覚えが悪くて、仕事ができないことがむしろよかったのかもしれない。膨らんだ自尊心はかんたんに穴だらけになって、ぷしゅー・・・と縮んでいった。
みんなそれぞれの苦労があって、それぞれの喜びがある。一見どうしようもなく思える人が、深い優しさを持っていたりするんだ。
あるべき姿にこだわって周りを見下していたら、それに気づけなかっただろう。

もうすぐ29歳。
大人になったなぁとも思わないし、もうそんなになりたいとも思っていない。
ただ、ルックスばかりがおっさんになっていくのが悲しい。

いまはむしろ、自分のなかの「子供」を大切にしたいと思っている。願わくば、あの頃のツヤツヤの髪が戻ってきてほしい。

僕をサポートすると宝クジがあたります。あと運命の人に会えるし、さらに肌も綺麗になります。ここだけの話、ダイエット効果もあります。 100円で1キロ痩せます。あとは内緒です。