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⑰「どん底ホームレス社長が見た闇と光」

第8章 定まった方向性と虚脱感

責任感が負担に

 心の病というのは、真面目で頑張り過ぎる人がかかりやすいと言われています。ホームレス以前、会社を経営していた時の私もそうでした。誰よりも早く出社し、誰よりも遅く退社する毎日。社長であれば、遅く出社し、早く退社したっていいのですが、私の経営理念がそれを許しませんでした。社長が率先して動かないと社員は付いてこないという理念があったからです。社員は、社長の行動をよく見ているものです。社長というのは責任感が強いことが必要ですが、それが強過ぎると体の負担になってしまいます。自分で仕事や問題を抱え込むのではなく、相談ができ、任せることのできる人が必要です。

 ホームレスから這い上がってコンサルタント業をした時も、一人での再起業でしたし、もうホームレス生活には戻りたくない、という気持ちが強く、以前に比べて数々の問題を一人で抱え込んでしまっていることのも気づかず、一心不乱に仕事をこなしていました。そんな状況でも弱音は吐きません。私には目標・目的があったからです。

 私が全てを失った最後の街は、兵庫県西宮市のセレブタウン。その街に戻って全てを取り戻すという目標と、地域のために何か役立つ社会貢献をしたいという目的がありました。その強い気持ちが仕事に邁進させていたのでしょう。収入は増えてきましたが、反対に体と心は悲鳴を上げていることに気づかずにいました。

 ホームレス生活の頃は、不思議と風邪ひとつ引かず、健康でしたがホームレス生活を卒業してからは、心の病の他に、腎臓結石2回、急性肝炎、脳血栓、椎間板ヘルニア・・・等々、多くの病気にかかってしまいました。やはり仕事によるストレスが大きすぎたのでしょうか。ホームレス生活は大変でしたが、全てを失うと守るものも無くなりストレスもありませんでしたから。ノーストレスという無菌室からストレス社会という病室に入ったような気がします。

知恵と人脈

 これまでの私は自分を労わるということがあまり理解できていなかったように思います。他人を労わっても自身を労わっていなかったのです。あの街へ帰りたい一心で真っ直ぐに前を向いて進んできましたから。社会人になってから一番つらかった仕事かもしれません。這い上がるための仕事なのですから。

 一日でも早くあの街へ帰りたいという気持ちが日に日に強くなってきます。自分がなりたい姿を強く想像していれば、どんな希望も必ず叶うと信じていましたので、セレブタウンに帰った自分の日常風景を毎日、想像するようにしました。想像することでどんなに苦しい思いも消えるものです。しかし、株券詐欺にあったせいで、その実現が遠のいてしまいました。それは悔しかったです。人の夢まで摘み取ってしまうのですから。

 それでも自分の進む道がはっきりと見えてきました。コンサルタントとして成功を収め、教育と健康業で社会貢献したいというものです。それを人生の最後の仕事にしたいとも決めました。学力低下、高齢化社会の世の中を改善するために微力でも貢献したいという気持ちが強くなってきます。そう考えるようになると不思議と信頼できる人に出会うことが増えてきました。自分が変わることによって出会う人も変わってくると実感したのです。今までの自分の中で一番足りなかった部分かもしれません。

 社会貢献に同感する人から、知恵や人脈も得られるようになりました。自分一人の知恵は微々たるものです。他人様から教えていただく知恵や人脈が膨らんでくることは何物にも代え難い宝物です。自分から発信する言葉がいかに大切かが分かったのです。

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