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ジャーナリズムよ。私の記者20年日誌Ⅱ<7>2021年10月

時計をまた現在に戻します。帝京大学准教授・内外切抜通信社特別研究員吉野ヒロ子氏と対談しました。2021年10月に対談し、その内容は内外切抜通信の広告特集として翌11月から毎日新聞のニュースサイトに掲載されています。今回はこの対談や吉野氏の研究からネットの「炎上」について改めて考えます。


実は、以前から吉野氏と会って話をしたいと願っていました。吉野氏の著書「炎上する社会」(弘文堂)は、「炎上」の本質について極めて的確にまとめられており、感服したからです。私にとって「炎上」の教科書は、吉野氏のこの著書と、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター主任研究員・准教授、山口真一氏の「炎上とクチコミの経済学」(朝日新聞出版)です。山口氏の著書も素晴らしい内容で、多くのことを教えられました。

さて「炎上」という言葉の由来は何でしょうか。これも吉野氏の著書で知りました。それによると、2005年に評論家の山本一郎氏が朝日新聞記者のブログに多くの批判コメントがついたことを「炎上」と表現したことがきっかけだということです。2009年にスマイリーキクチさんを綾瀬・女子コンクリート事件の容疑者だとするデマが広がり、マスメディアで「炎上」として報道されたことで広く知られるようになりました。海外では、「オンラインファイアストーム」と呼ばれたりしています。チューリッヒ大学のカーチャ・ロストは、2016年の論文で「オンラインファイアストーム」を「大量の批判、侮辱的なコメント、罵倒が、個人や組織、集団に対して行われ、数千または数万の人々によって数時間以内に伝播されるものである」と定義しています。これに似た言葉としては、「フレーミング」があります。吉野氏は著書の中で「フレーミングは、電子掲示板などの特定のコミュニティ内でのやりとりが敵対的な発言の応酬となって議論が成り立たなくなることを指す」と説明しています。

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スマートフォンの世帯普及率が9割に迫り(令和3年版『情報通信白書』)、インターネットやSNSは世代を問わず身近になっている。特に、今後社会で活躍する若い世代は、幼少期からインターネットが当たり前の環境で育った「デジタルネイティブ」「Z世代」。消費者を取り巻く情報環境が変わる中、企業の情報発信もさらなる変革が求められる。今後の展望を探ろうと、企業広報や「炎上」に詳しい帝京大学准教授・内外切抜通信社特別研究員の吉野ヒロ子氏と、毎日新聞社の社会部長、編成編集局長、取締役デジタル担当などを歴任し、Twitter等でも情報発信する小川一氏が対談した。
吉野
炎上に関係するTwitterの投稿データを見てみると、自然発生的にリツイートによって拡散されていくだけではなく、ネットメディアやマスメディアの報道が、拡大に関与していることが見えてきました。一度ネット上で騒ぎになると、ネットニュースになってより多くの人の目に触れ、するとマスメディアが取り上げて、いっそう燃え広がっていきます。そして皆が飽きるまで続くというのが炎上の流れです。
炎上はもはやネットだけではなく、社会全体の仕組みの問題なのだと感じます。個人が炎上した時、その後の人生に大きなダメージを受けてしまうという意味でも。それで拙著には『炎上する社会』とタイトルを付けました。
小川
炎上が社会現象になっていくのを分析されてきたのですね。私自身の最初のネット炎上体験は、2008年の春、講演で「新聞は和食のようにバランスのいい食事で、ネットはハンバーガーのようなジャンクフードだ」と話したことです。それが記事になった途端、ネット上で非難の書き込みが殺到しました。全体の論旨はネットの悪口ではなかったのですが、そこだけ切り取られると、どうにも制御できない状況になるということを経験したのです。
2010年にTwitterを始めてからは、自分自身の信条や正しいと確信している事実を発信しても、度々切り取られて、制御できないほどの攻撃をされる体験をしています。自らの痛い体験から防御策、ネット上での対話の心構えが必要だと考えるようになりました。

「炎上」は、特定の個人への「誹謗中傷」となって、標的となった人に深い心の傷を負わせます。プロレスラーの木村花さんのように自死に追い込まれる悲劇も招きます。吉野氏は著書の中で「炎上」には「祭り」と「制裁」の2つの側面があると指摘しています。「祭り」は、かつて2ちゃんねるで多く見られました。ひとつの呼びかけに応じて不特定多数の人が参加する、いわばネット上で偶発的に起きるイベントです。覚せい剤所持で逮捕されたタレントを米タイム誌のパーソン・オブ・ザ・イヤーの1位にしようという投票の呼びかけ(2001年)などが象徴的な事例です。そして「祭り」は、エイベックス社長への殺害予告も起きた「のまネコ騒動」(2005年)、ひとりの主婦に攻撃が集まり個人情報までさらされた「JOY祭り」など制裁の色合いを強め、現在の誹謗中傷事案とつながっていきます。「制裁」は、炎上の対象者に一定の非があり、多くの人が間違っていると感じるからこそ、不特定多数の攻撃が起きると、吉野氏は分析しました。こうした「炎上」のメカニズムについて、荻上チキ氏が2007年に行った指摘を紹介しています。荻上氏は、炎上の背景に「エコーチェンバー」「サイバーカスケード」があると分析しました。「エコーチェンバー」とは、自分の意見と似た意見とばかりと接触することで意見が強化されていくことです。「サイバーカスケード」とは、ネットを通じて似た意見を持つ人々が互いに結びつけられて意見が強化されていくことです。こうした環境の中で、意見が純化され極端化されていくという分析です。

「炎上」は個人に向けられるだけではありません。企業など組織にも向けられます。企業にとって、「炎上」は業績に直結するリスクでもあります。私は、企業側が過剰に「炎上」を怖れているように見えます。経営者の立場からすると仕方ないことなのかも知れませんが。

吉野
炎上の発端には、いくつかの典型的なパターンがあります。まず、飲食店のアルバイトが食べものや厨房機器を不衛生に扱った動画や、来店した有名人の個人情報をアップしてしまって炎上する「バイトテロ」。そして、食品への異物混入といった商品の不備を、企業や役所に苦情を言うのではなく、写真をネットに出して騒動になることもあります。
企業として気を付けなければならないのは、広告やウェブ動画、マーケティングコミュニケーションで炎上するパターンです。一従業員の不適切投稿のケースより、企業の落ち度と捉えられやすいのです。ウェブ動画はテレビCMに比べて低予算で公開でき、厳重なチェックが少ない分、見る人が見たら「これはいかがなものか」という表現が入りやすいでしょう。
特にターゲットとしていない人に見られた時、一気に燃え広がってしまうことがあります。ある意味で、炎上を完全に防ぐのが難しいのは事実です。ですから炎上した際の危機管理広報が重要で、速やかに対処できればむしろレピュテーション(評判)が上がることもあります。
小川
異物混入にしても、100%なくすのは不可能でしょう。過去に炎上した食品会社では、ネットが普及する以前は、異物混入があった際、所定の危機管理マニュアルに沿って適切に収拾できていたといいます。しかしネット・スマホの時代には、Twitterの投稿ひとつで古いマニュアルが破壊されてしまうのです。
吉野
消費者としては、商品に多少の不具合があっても、メーカーの相談窓口に電話してやりとりするのは正直なところ面倒です。それで手元のスマホで写真を撮り、こんな目に遭ったと知ってほしくて投稿する、ということがあると思います。企業の側で、お客さまからの問い合わせを、いつでもやりやすい形で受け付けます、という姿勢を打ち出しておくと抑止につながる可能性があるのではないでしょうか。
逆に、そうした投稿をした消費者側がネットで叩かれるケースも多く、そのリスクがまだ知られていないという怖さも感じます。
小川
新聞を含むマスメディアも、ネット炎上を取り上げすぎではないでしょうか。炎上の記事は、足を使って取材せずとも書くことができ、どこか対岸の火事と捉えているように思います。私自身も編集局長時代に、「炎上」という言葉をやめようとしたのですが、あまりにも多く、飲み込まれた反省があります。いずれにしても、メディアとして猛省するべき時期に来ていると思います。

食品を扱う会社には、それぞれ異物混入に対する丁寧なマニュアルがあるようです。私の数社の担当者からいろいろ教えてもらいました。あくまで「例えば」の話ですが、健康にまったく影響のない異物が入っていた時、虫など不快な異物が入っていた時、金属片など体を傷つける異物が入っていた時、などいくつかの状況に分けて、対応する担当者、おわびの品や補償措置などが細かく定められているようです。それらは改善を重ね続け、会社にしてみればほぼ完璧な危機管理マニュアルと自負できるものでした。ところが、SNSの登場が、その歳月を重ねて磨き上げたマニュアルを無化してしまいました。「ペヤング虫混入事件」(2014年)では、商品回収だけでなく5カ月間生産を中止して工場を改修する事態になりました。ツイートひとつの破壊力の大きさを見せつけました。さらに、虫が混入した画像を投稿した大学院生も激しいバッシングの対象になり、「炎上社会」の生きづらさを浮き彫りにしました。

吉野氏は著書の中で、マスメディアに対しても傾聴すべき指摘をしています。SNS上で起きていることを、マスメディアは「〇〇が炎上」と報じていますが、実は、SNS上で一番盛り上がるのは、マスメディアの報道の後であることが多いということです。スマイリーキクチさん中傷被害事件や東京五輪エンブレム盗作騒動などはその代表例です。マスメディアの介在が、ネットの炎上を倍加させていることを、マスメディアは深く自覚する必要があります。

次回も、これまで私が関わった講演や対談、パネルディスカッションなどを紹介しながら、ジャーナリズムについて考えていきます。

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