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ジャーナリズムよ。私の記者20年日誌Ⅱ<6>2012年2月

今回も、SNS草創期に新聞はどう向き合ったかについて振り返っていきます。毎日新聞は社内でソーシャルメディア研究会を開き、役員会にもその取り組みが報告されました。その際に、私が提出したペーパーです。ソーシャルメディアを使うにあたっての心構えをまとめました。今、読み返すと、何か牧歌的な感じがしてきます。

ソーシャルメディア活用にあたっての考え方について
ツイッター、フェイスブック、ミクシーなどソーシャルメディアの活用が広がっています。毎日新聞社員として、この新しいメディアにどう向き合い活用していくのか、考え方をまとめてみました。毎日新聞社員を名乗っている場合はもちろん、匿名による個人的な利用であっても、毎日新聞に限らず新聞社の社員と類推されうるすべてのケースを対象とします。ただ、ソーシャルメディアは日々その姿も形も変化を続けており、状況に応じた柔軟な対応が求められます。一人一人が気づいたこと、あるいは失敗したことをみんなで共有し合いながら、新しいルールづくりを日々続けていきたいと考えます。
 ◇心構えについて
 では、どんな姿勢でこの新しいメディアに臨めばいいのでしょうか。
 一番大切なことは、目の前にいる友人に話しかけるように書き込むということです。逆に言えば、目の前にいる人に話しかけられないようなことは決して書き込んではいけません。他の人に聞かせられないようなことも書き込んではいけません。これを守っていれば、炎上のような事故は起きないと言えます。
 新聞社の社員による書き込みは、報道と同じ意味を持つこともしっかりと認識してください。米有力紙のスポーツ記者が、限られた友人だけを公開範囲に、ジョークのつもりでウソの競技結果を書き込んだら、それが拡散してしまうという事故が起きました。記者は処分されましたが、この事例も新聞社の社員の書き込みは報道と同等に受け止められるということを教えています。

◇避けたい書き込み①
 ここでは身辺雑記的な書き込みについて考えます。自分の考え方や普段の生活ぶりを知ってもらったり、新聞社の職場の中の様子を書き込んだりすることは、新聞社の仕事を理解してもらううえで一定の意義はあると考えます。ただ、同時に、新聞社として守らなければならない秘密の流出や会社の名誉を毀損する大きなリスクもはらみます。以下、各職場から提起してもらったものを中心に「避けたい書き込み」を挙げてみます。
  *上司や部下、同僚の悪口=自分の悪口をどんどん書き込まれることを想像してみてください。そういう人が一人でもいたら安心して働けません。職場の崩壊にもつながります。これは実際にあったケースですが「デスクからこんなくだらない仕事を言いつけられた」といったものも、もちろんいけません。その書き込みを読んだ読者は毎日新聞についてどう思うでしょうか。そんなにいやいや仕事をしているのか、と受け止められたら、新聞全体の名誉と信頼を損ないます。
  *過去の違法・脱法行為の経験披露=「中学時代、一度だけ万引きしたことがある」「大麻が合法のオランダで吸ってみたことがあるが・・・」「今はバカだったと思うが、暴走族に入り蛇行運転をして迷惑をかけた」「自転車の二人乗りは青春時代の甘い記憶」などです。多くの有名人がついこうした思い出話をしてしまい、結果として強く批判されています。新聞社はその言論で人を批判したり傷つけることも多く、その社員はより高い倫理性が求められることを忘れないで下さい。

読者との共有も心掛けました。私が2012年3月1日朝刊に書いた「記者の目」です。

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ツイッターなどソーシャルメディアと、新聞などマスメディアは今後、どう協働していくべきか――。新時代での新聞改革やその情報発信のあり方を巡り、毎日新聞は2月以降、社内での研究会(記者、営業職など計約550人が参加)を続けてきた。私は2月2日付の本欄で、「今後、新聞記者はソーシャルメディアを活用し、読者との『双方向』対話を深めるべきだ」と訴え、記者ができる範囲で取材の過程を公開したり、ネット上に拡散する誤情報を記者が指摘することなどが、今後の新聞の課題だと訴えた。だがこれには反論も多い。新時代に向けた議論の中身と、試みの一部を報告したい。
 「記者ができる範囲で取材過程を公開する」。私のこの主張に関して、研究会では、30代の生きづらさを報告した毎日新聞くらしナビ面の連載「リアル30’s」(1月)の取材班が報告した。
 取材班は連載開始前からツイッターで取材の意図や記者の思いを発信。読者との対話を、取材や執筆に役立てた。読者同士の対話も始まり、それを参考に記事構成を変更することもあった。取材班は「未経験のライブ感だった」と振り返る。一方、運動部の記者はフェイスブックを使った実践例を語った。サイト上の「友達」をたどり取材相手と連絡をとり、取材の意図を伝え質問もする。その過程を多くの人が見られる。「フェイスブックで連絡先がわかり、取材できた人もいる」と彼は語った。
 ◇編集途中の発信、大混乱の懸念も
 だが、慎重論も多かった。
 新聞社では記者の原稿をデスクが修正する。私は2月2日付本欄の記事のうち、デスクが削除した部分をツイッターで公開。記事の狙いを説明したが、これにはデスクたちから反論があった。「全ての記者が、デスクが削った文章を公開したら大混乱になる」。デスクが記者の原稿を修正するのはさまざまな理由がある。編集途中での安易な情報発信で、読者や取材源の信頼を失う場合もある。徹底した議論が必要だと感じた。
 「ネット上の誤情報を記者が指摘する」という取り組みには山形弁研究家でタレントのダニエル・カールさん(51)の奮闘が参考になった。
 東日本大震災の直後、ダニエルさんは、海外からのデマ情報と闘った。デマの発信源の多くはなんと海外の有力メディア。「400万人が東京を脱出し、銀座の路上ではヨウ素剤が法外な値段で売られている」(伊レプブリカ紙)。「核汚染の煙が金曜日までに米国に到達する」(英デーリー・メール紙)……。
 日本在住の外国人の多くは日本語のニュースを十分に理解できない。ダニエルさんは扇情的なこれらの報道に怒り、在日外国人の間でパニックが起きることを懸念。ツイッターなどを使い、日本メディアの報道や自分の体験などを正確に英語で伝えた。これには大きな成果があった。多くの在日外国人が立ち上がり、海外メディアのデマ報道の数々を「恥の壁」と名付けたサイトに掲載した。
 私はここにマスとソーシャル、二つのメディアが協働できる新しい可能性をみる。ネット情報はデマが拡散しやすい一方、信頼される人物の発信は一人でも大きな力を持つ。この隊列に新聞記者が加われば強い布陣になる。記者個人が多くの人とつながり、リアルタイムに修正情報を出しながら、自社の紙や電波でより確実な情報を流す。そんな情報環境を思い描く。
 ◇新聞は信頼維持へ不断の努力を
 一連の議論の中で、絶対忘れるべきではないと思ったのは「新聞への信頼」を維持する、ということだ。福島第1原子力発電所の事故の際「新聞は政府や東電と結託し情報を隠蔽(いんぺい)している」という批判が出た。いわれなき批判だが、信頼性を得るためには新聞にも不断の努力が必要だ。
 評論家の武田徹さんは著書「原発報道とメディア」で「マスメディアはあまりにも編集工程をブラック・ボックス化しすぎた。その不透明性が不信感を醸成させた」と指摘する一方、今後、マスとソーシャル、二つのメディアが協働し、必要ならば情報を訂正しあうように求めた。同感だ。これが新聞改革の第一歩になるとも思う。
 今後も毎日新聞は研究会を開き議論を深めていく。その内容は私のツイッターアカウント(@pinpinkiri)や本紙、首都圏発行のタブロイド紙「MAINICHI RT」の紙面を通じて随時報告していく予定だ。
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 ■ことば
 ◇ソーシャルメディア
 新聞などマスメディアが読者への一方的発信なのに対し、フェイスブックやツイッターなどネットを使い、双方向で発信できる。フェイスブックの場合、参加者が紹介し合いながら「友達」を広げることができ、利用者は8億人。

 記者の目に書いた「私はここにマスとソーシャル、二つのメディアが協働できる新しい可能性をみる。ネット情報はデマが拡散しやすい一方、信頼される人物の発信は一人でも大きな力を持つ。この隊列に新聞記者が加われば強い布陣になる。記者個人が多くの人とつながり、リアルタイムに修正情報を出しながら、自社の紙や電波でより確実な情報を流す。そんな情報環境を思い描く」は、今も変わらず思い続けています。毎日新聞の取り組みに対し、他のマスメディアからも取材を受けました。その回答文を紹介します。

ツイッター・社名を名乗ってのアカウントの開設は認めています。開設の際は会社が定めた「ソーシャルネットワーク利用の関する通達」に基づき、所属長の承認を得た上で人事部長に届けることを義務づけています。また利用に関しては「自己あるいは第三者のために会社を利用して私利をはこる行為をしない」「業務上の秘密をもらさない」などを定めた従業員規則を順守するよう求めています。                             ・職務上の秘密については、別途「情報利用に関するガイドライン」を定め、守秘が必要な業務情報を「経営文書などの非公開情報」「契約書・覚書など契約情報」など数項目にわたって定義しています。使用上の具体的なマニュアルはありません。ツイートを上司が事前チェックするこを義務づけていませんが、組織アカウントの場合はチェックしている場合もあります。 ・社名を名乗らない場合は届け出を義務づけていません。ただし、実名、匿名を問わず、市民として公序良俗を守り、毎日新聞社員としての倫理道徳、順法意識をまっとうするのは当然のことと考えています。        ・会社として常時発信しているのは、毎日新聞、毎日jp、RT編集部、映画RT、読書感想文などがあります。編集からは東京本社の社会部、外信部、生活報道部、校閲部、毎日キャンパる編集部、支社では北海道報道部、大阪本社では北陸総局、鳥取支局、広島支局などがあります。また事業関係でイベントごとにアカウントを取得もしています。総数は約30です。           フェイスブック・前記「ソーシャルネットワーク利用の関する通達」はフェイスブックも対象です。ツイッターと同じ取り決めをしています。

「ソ―シャルメディアの活用を社員に説教的に勧めているのか」という質問もありました。

・特に勧めているということはありまん。
ソーシャルメディア活用の研究会について
・研究会は方針決定ではなく理解を深めることを目的としています。研究会の内容については2月18日付本紙メディア面で一定の報告はしています。議論の内容は、報道機関あるいは個人の記者、社員としてソーシャルメディアを活用してどんな社会貢献ができるか、取材や編集過程について何をどこまで発信するのかなどです。米国のマスメディアの議論などを参考にしながら話し合っています。これまで東京、大阪、福岡で計7回開催し、約700人が参加しました。いまは毎週1回、ミニ研究会を東京本社で開いています。また4月からメディア面(毎週土曜日掲載)で連載コラム「ソーシャルメディアと記者」を始め、議論の内容を随時掲載していく予定です。これまでの議論の内容については、ツイッターのハッシュタグ #rt_md でもツイートの形で公表しています。

次回からは、私が行った講演や私が参加したシンポジウムの内容を振り返えりながら、ジャーナリズムについて考えていきます。


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