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映画パンフレット感想#24 『マリウポリの20日間』

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感想

A5サイズ、中綴じ24ページの、コンパクトなパンフレット。主な記事は、監督のアカデミー賞授賞式での受賞コメント(公式サイトにも掲載あり)、監督の長文の作品解説と、寄稿が5本。テキスト量は十分あるものの、作品の内容をそのままなぞった文章や、似た内容の記事が多い。写真は少なめ。これで税込990円の価格設定は正直なところやや高く感じるのだが、販売数見込みや記事の依頼料など、諸々事情が重なっているのだろうと勝手に事情を察した。ただ、不満ばかりというわけでなく、学びになる面が大いにあった。

最も存在感を放つのは6ページにもわたる、「DIRECTOR'S STATEMENT」と題されたミスティスラフ・チェルノフ監督の作品解説だ。映画におさめられた映像を撮影している最中の出来事だけでなく、取材をすると決めてマリウポリに到着するまでのこと、またマリウポリを脱出したあとのこと、監督が目や耳で見聞きした映画におさめられなかったことも含め、事細かに綴られている。「メイキング手記」といったところか。中には、作中では明かされなかった監督の本音が直接的に記述されている箇所もある。この記事で、映画全体を振り返りつつ、さらに細かなディテールを拾うことができた。

寄稿記事では、慶應義塾大学教授の廣瀬陽子氏と、ウクライナ研究会会長/神戸学院大学教授の岡部芳彦氏のものが学びになった。作中でロシアから「クライシスアクターである」と非難された妊婦について触れられているが、その後彼女が起こした言動とその立場の変化、それに対する一部のウクライナ人の攻撃的な反応など、驚くと同時に暗澹とした気分になった。ここに記されたエピソードは、ウクライナ育ちの映画作家セルゲイ・ロズニツァが、ロシアの映画作家の作品を排除しようとしたウクライナ映画アカデミーに対して批判した結果、同アカデミーからロズニツァが除名された出来事を想起させる。状況こそ大きな違いがあるが、事情や真意が見過ごされて、味方/敵と安易に分類してしまうことに人間がもつ暴力性を感じる。

また先の二つの寄稿には、マリウポリの街が映画の後、つまり現在どのような状況にあるのかについても解説があり、知ることができてよかった。それゆえに本作がこの世に存在することの重要性がさらに確固たるものになると続いているが、改めて本作が示す「ジャーナリズムの重要性」を強く認識した。

映画監督/作家の森達也氏の寄稿からは、森氏の映画作品と紐づく記述が多数あり、発見を楽しみながら読んだ。メディアが切り取る情報の話は、『A』『A2』『FAKE』を、人類が自衛本能から攻撃に転じる話は、『福田村事件』を想起した。そういえば『福田村事件』でもジャーナリズムの矜持が描かれていたのだった。そして、結びに自身の仕事に葛藤する監督の視座にたち論ずるのは、同じ映像作家だからこそなのだろう。

危ういと感じたのは、作家/ジャーナリストの佐々木俊尚氏の寄稿だ。本作のカメラの視点を形容するのに、テレビゲームのFPSという言葉を持ち出し、「本作を驚くほどスリリングにしている」と論じているのだが、現実で大勢の人が死んでいる様子を記録した本作の性質を考えると、いささか無神経ではないか、と思ったのだった。

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