心で見る景色

「きれいな景色を見せてあげる」

旅先で知り合った彼は言った。
彼は現地の男の子。

彼と私は夕暮れの中を歩き出す。

彼の歩くスピードはとても速い。
こっちの人は健脚なのかな、なんて思いながら必死で彼に付いていく。

彼は湖の畔をどんどん先へ進む。
徐々に陽は沈む。

もう何十分歩いただろうか。
辺りは真っ暗。
ここはネパールの田舎町。
もちろん街灯は皆無。
足元も見えぬまま、連れられてひたすら歩く。

ふいに彼が立ち止まった。

「ほら、きれいだろう?」

私には暗闇しか見えなかった。
そうか、ネパール人は健脚なだけではなく、夜目もきくのか。

ここまで何キロも歩いて来て何も見えないことが滑稽で、つい笑ってしまった。
彼は私の笑顔を見て違う解釈をしたのか満足そうだ。

彼の瞳には心に染み入るような美しい風景が見えているのだろう。

響き渡る虫の音は心地よく、
ヒマラヤ連峰から吹き降ろす風は気持ちいい。
それで十分。

見えない景色を想像し、私も満足した。

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