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2023名古屋大学/国語/第一問/解答解説

【2023名古屋大学/国語/第一問/解答解説】

〈本文理解〉
出典は八木雄二『1人称単数の哲学』。
わたしたちは、たとえば音楽を聞いたとき、絵画を見たとき、あるいは、ある風景に出合ったとき、あるいは、スポーツの試合を観戦したとき、その姿と音に心を震わせ、大いに心が動かされる。…
②段落。一方、日常、耳にするだけの「ことば」になると、わたしたちはあまり気にせずに聞いている。しかし、視覚を刺激するたんなる事物であっても、人がそれに注目するのは「ことば」による「名付け」があればこそである。…わたしたちの心は、感覚刺激だけでなく、そこに伴う「ことば」によって大きく変わる。
③段落。わたしたちは「ことば」がわたしたちの認識に及ぼす力について考えてみなければならない。…
④段落。自分が対象事物の名前を知ることによって、自分に見えてくる世界が翌日から異なるように、わたしたちは他者の発言を聞くことによって、その「ことば」に、いっときでも心は「占められ」、「支配されている」。人は、音楽や映像に心を動かされるだけでなく、それとは異なって、日常、ふだん遣いの「ことば」に、じつは大いに動かされている。音楽や映像なら、心は外から動かされているが、「ことば」の場合は、心は、内から動かされている。…
⑤段落。じっさい、わたしたちは「ことば」でいろんなものごとを「考える」。今の映画は良かったとか、風景はすばらしいとか、印象を「ことば」にする。しかしそのとたん、わたしたちの心は、視覚に映った映像や聴覚に響いた音によって動くのとは異なって、直接その「ことばに沿って」、確実に動いている。
⑥段落。じっさい、「考える」はたらきをするのが、「心」である。そうだとすれば、「ことば」は、それが自分のことばであろうと他者のことばであろうと、「考える」とき、その「ことば通り」に心は動いている。…
⑦段落。じっさい、生き生きとした「ことば」によって伝えられたものは、直接にわたしたちの心に入ってきて、わたしたちの心を、日々、支配している。…
⑧段落。日常、わたしたちは、「他者のことば」は、それを聞いて、その意味を理解して、それに応じなければならないと、無意識のうちに思っている。…なぜなら、「他者のことば」を理解しないことは、その「ことば」が通用している世界から「自分自身を切り離すこと」を意味するからである。わたしたちが前のめりで「他者のことばを聞こう」とするのは、自分が世界から切り離されることを、言い換えれば、孤独になることを、わたしたちが望んでいないからである。わたしたちは、自分が聞く「他者のことば」を理解することで、その他者が属している共同世界に、自分もまた属していることを、そのつど、無意識に確認する。
⑨段落。反対に、理解できなければ、わたしたちは「相手の共同世界」に自分が入ることができていないことを認めざるを得ない。「そのときわたしたちは孤独を感じる」(傍線部(1))。したがって、わたしたちは通常、「相手のことば」を、まずは理解しようとして聞く。しかしながら他者の言うことを理解しようとして聞くことは、相手のことばが意味するそのままに、自分の心のなかで「他者のことば」が再構成されることを、すすんで
許すことである。そしてわたしたちの心は、ほんの一瞬であっても、そのとき相手のことばに「支配されるとき」をもつ。
⑩段落。なぜなら、「ことば」がはたらいているところに、わたしたちの「理性」のはたらきがあるからである。…したがって、相手のことばを聞き取っているとき、わたしたちの理性は、その「相手のことば」によって「相手の理性と同じように」再構成されている。とすれば、わたしたちの理性はそのとき、一瞬であっても、「他者のことば(理性)」に、確実に支配されている。
⑪段落。したがって、わたしたちは映像以上に、「ことば」に騙されやすいのである。しかも「理性的」であろうとすることは、「ことば」を大事にしようとすることだから、理性的であろうとしている人ほど、「相手のことばに沿って」無意識のうちに考えようとする。したがって、「人は知的であるほど、じつは騙されやすい」(傍線部(2))。…
⑫段落。一方、他者が自分のことばを語っているとき、他者の理性は、その人物が語っている「ことば」によって構成されている。したがって、一方が話し、他方が聞いているとき、一方は他方の理性の「ことば」と、同じ「ことば」によって、自分の理性を再構成している。それゆえ、二つの理性は、一方の発言された「ことば」において「協働」している。したがって、「ことば」が複数の人間の間では「通じる」ことが意味しているのは、「ことば」によって複数の理性が「協働する」事態である。…
⑬段落。このことによって、人々の間で、何らかの協力が可能になる。人類は、かつては少数の集団で協力し合うことによって大自然の中で生き残りの道を見つけてきた。…
⑭段落。じっさい、わたしたちは、他者のことばに促されて、明らかに間違っているにもかかわらず、つい言われるままに行動してしまうことがある。それは、「ことば」が、人類の心に宿している「協働のための一致」という原初的な力によるのである。すなわち、他者のことばであっても、その「ことば」は、自分の理性(判断力)を、いったんは構成する。
⑮段落。それは幾分かは遺伝的であって、わたしたちは、そのことにまるで無抵抗である。…
⑯段落。それゆえ、いつもわたしたちは、自分の理性の判断で、他者に言われた通りに考え、疑問がなければ、その通りに行動するのである。「第三者から見れば、夢遊病者のように見えるとしても、本人の理性は、人類の理性の設計通り協働的に働いているのであって、きわめて健全なのである」(傍線部(3))。
⑰段落。言うまでもなく、「騙される」という事件が発生するのは、一方に、騙す人間がいるからである。しかし、別の見方をすると、このような事例が示しているのは、むしろ「ことば」が、わたしたちが行動を判断するうえで、決定的な原因になっているという事実である。じっさい、「ことば抜きに、臭いや絵や音楽だけで、人を騙すことは難しい」(傍線部(4))。
⑱段落。したがって、「ことば」は、だれが発声するものであれ、またそれが正しいか正しくないかは別として、それを聞く人の間で同じ「理性」を構成し、同じ「判断」を構成し、それが人間の「思考」と、それにもとづく「行動」を決定することは、普遍的に見られることである。


〈設問解説〉
問一 (漢字の読み書き) ※漢字の読みはカタカナで

a.イヤ(癒) b.シ(占) c.把握 d.響 e.ワ(湧) f.築 g.抵抗 h.ソゴ(齟齬) i.ギンミ(吟味) j.普遍


問二「そのときわたしたちは孤独を感じる」(傍線部(1))における「孤独」とはどのようなことを指すのか、本文に即して50字以内で説明せよ。

内容説明問題。直接的には「孤独」の内容(A)を指摘するように求めているが、傍線部は「そのとき(B)…孤独(A)を感じる」となっているので、Aに帰着する原因としてのBを合わせて説明すればよい。Aについては前⑧段落から「自分が世界から切り離されること(言い換えれば、孤独になること)」を、Bについては傍線直前部「(他者のことばを)理解できなければ、わたしたちは「相手の共同世界」に自分が入ることができていない」を参照し、「Bであることから生じる/A」とまとめることができる。
ただ、これでは「孤独」の指摘というより、それに至る経緯の説明に力点が置かれる感じが否めない。そこで「孤独」の裏、「相手の共同世界」に入ることができている状態を、⑫段落「「ことば」によって複数の理性が協働する事態(C)」を用いて説明し、以下のように解答する。「ことばを介して複数の理性が協働する(C)/共同世界に参入できないことから生じる(B)/他者と切り離された状態(A)」。

〈GV解答例〉
ことばを介して複数の理性が協働する共同世界に参入できていないことから生じる、他者と切り離された状態。(50)

〈参考 S台解答例〉
他者のことばの意味を理解できずに、相手の属する共同世界から自分が切り離されていると感じるということ。(50)

〈参考 K塾解答例〉
他者のことばを理解できないとき、他者が属している共同世界から自分が切り離されることになるということ。(50)

〈参考 Yゼミ解答例〉
他者のことばが理解できず、その他者が属している共同世界から自分自身が切り離されていると感じること。(49)

〈参考 T進解答例〉
他者の言葉の意味を理解できず、その言葉が通用している共同世界から自分が切り離されているという状況。(49)


問三「人は知的であるほど、じつは騙されやすい」(傍線部(2))とはどういうことか、本文に即して100字以内で説明せよ。

内容説明問題。傍線部をそのまま読んで、理解につまずく人はいないだろう。本問は傍線部自体の換言というよりも、「知的→騙される」というアイロニーのメカニズム(因果)を説明する問題と見抜きたい。「知的」であることについての直接的言及はないが、ここでは「理性的」であることと並行するものと見なしてよいだろう。ならば「したがって」を承ける傍線部の直前、「「理性的」であろうとすることは、「ことば」を大事にしようとすることだから(A)/…「相手のことばに沿って」無意識のうちに考えようとする(B)」を軸に、アイロニーの因果を説明するとよい。
さらにBについては、⑨段落「他者の言うことを理解しようとして聞くことは、相手のことばが意味するそのままに、自分の心のなかで「他者のことば」が再構成されることを、すすんで許すこと(B1)」、⑩段落「「ことば」がはたらいているところに、わたしたちの「理性」のはたらきがある(B2)」「相手のことばを聞き取っているとき、わたしたちの理性は、その「相手のことば」によって「相手の理性と同じように」再構成されている(B3)」を参照して具体化する。以上より、解答は「知的で理性的であろうとする人ほど(傍線部前半)/ことばを大事にし(A)/相手の理性の現れであることばを(B2)/それが意味するままに聞き取り(B1)/自らの理性を相手の理性と同様に構成しようとするので(B3)/相手のことばに騙されがちだということ(傍線部後半)」となる。

〈GV解答例〉
知的で理性的であろうとする人ほどことばを大事にし、相手の理性の現れであることばをそれが意味するままに聞き取り、自らの理性を相手の理性と同様に構成しようとするので、相手のことばに騙されがちだということ。(100)

〈参考 S台解答例〉
ことばがはたらくところに理性のはたらきがある以上は、理性的であればあるほどことばを大事にするので、他者のことばを聞く人は、実際、無意識に相手の理性をそのまま自分の理性の真理として信じがちだということ。(100)

〈参考 K塾解答例〉
ことばには理性のはたらきがあるため、知的で理性的な人ほどことばを理解しようとして、他者のことばにある理性によって自己の理性を再構成してしまい、かえって他者のことばに支配されやすくなるということ。(97)

〈参考 Yゼミ解答例〉
わたしたちは他者のことばを理解しようとするが、ことばのはたらきは理性のはたらきなので、理性的な人ほど、他者のことばが自分の心のなかで再構成されることを許し、他者のことばに支配されやすくなるということ。(100)

〈参考 T進解答例〉
言葉の働きは理性の働きなので、他者の言葉を聞き取っている人間の理性は相手の言葉によって支配されることになり、他者の言葉に沿って理性的に考えようとする人間ほど、自分の判断力を他者に委ねやすいということ。(100)


問四「第三者から見れば、夢遊病者のように見えるとしても、本人の理性は、人類の理性の設計通り協働的にはたらいているのであって、きわめて健全なのである」(傍線部(3))において、「きわめて健全なのである」と筆者が言うのはなぜか、その理由を本文に即して130字以内でまとめよ。

理由説明問題。「自分の理性の判断で、他者に言われた通りに考え…行動する」ことが(S)、「きわめて健全」である(G)、ことの理由を説明する。といっても、その理由は傍線部の中間部分に「(本人の)理性は、人類の理性の設計通りに働いているのであって(R)」と、明示されている。ならば、「人類レベルでの普遍的な健全さ」をRを具体化する形で説明し、それが「個別の健全さ」にも当てはまることを2段階で示せばよい。
Rを具体的に述べているのは、傍線部の前部にあたる⑬〜⑮段落。特に、⑬⑭段落「人類は、かつては少数の集団で協力し合うことによって生きてきた/人類の心に宿している「協働のための一致」という原初的な力(R1)」、⑭⑮段落「他者のことばであっても、その「ことば」は、自分の理性(判断力)を、いったんは構成する/それは幾分かは遺伝的であって(R2)」を参照する。以上より、解答は「人類には原初より協働によって生き残ってきた歴史があり(R1)/ことばを介して理性を一致させ協働を目指すのは遺伝的な条件でもあり(R2)/人間にとって健全であるので//自分の理性の判断で他者に言われた通りに考え行動することは(S)/第三者から異常に見えても正当なあり方と考えられるから(→G)」となる。

〈GV解答例〉
人類には原初より協働によって生き残ってきた歴史があり、ことばを介して理性を一致させ協働を目指すのは遺伝的な条件でもあり、人間にとって健全であるので、自分の理性の判断で他者に言われた通りに考え行動することは、第三者から異常に見えても正当なあり方と考えられるから。(130)

〈参考 S台解答例〉
生存のため集団内でことばによって複数の理性を一致させて協働していた人類が、文明が発達した今も、この傾向を強力に維持している以上、理性で判断している人が、疑問がなければ、他者に言われた通りに考え行動しているとしても、それは人として自然な性であると考えられるから。(130)

〈参考 K塾解答例〉
人間が自分の理性の判断で、他者に言われた通りに考え、疑問がなければ、その他者のことば通りに行動するということは、かつて人類が集団の共有することばを通じて協力し合うことで、大自然の中で生き残る道を見つけてきた理性の原初的なあり方に従っていることになるから。(127)

〈参考 Yゼミ解答例〉
当事者以外の人から見れば、理性を失って他者のことばに騙されている状態に見えるとしても、当人は他者のことばを受け取り自分のものとすることで相手と理性を協働させているのであり、それは人類の心のなかで原初から継承されてきたごく自然で本能的なあり方であるといえるから。(130)

〈参考 T進解答例〉
人間の文明を発展させた他者との協力体制は集団による同じ言葉の共有、すなわち複数の理性の協働に基づくものであり、現在でも人間が時に他者の言葉に疑問を持たず支配されてしまうのは、協働のための理性の一致という文明史に由来する人間の心の原始的な力によるものであるから。(130)


問五「ことば抜きに、臭いや絵や音楽だけで、人を騙すことはむずかしい」(傍線部(4))とあるが、その理由を本文に即して100字以内でまとめよ。

理由説明問題。ここで「臭いや絵や音楽」というのは本文冒頭から、人の心を感動させるものとして挙げられたものである。それを承け、②段落「視覚を刺激するたんなる事物であっても、人がそれに注目するのは「ことば」による「名付け」があればこそ/わたしたちの心は、感覚刺激だけでなく、それに伴う「ことば」によって大きく変わる(A)」とし、以下「わたしたちが行動や判断をするうえで、決定的な原因(傍線部直前)」である「ことば」の働きについて述べてきたのが、本文の構成であった。よって解答では、本文全体を踏まえ、人間の行動や判断に与える「ことば」の「決定的」な働きについてまとめた上で、それを根本理由とし(〜ので)、「感覚刺激を与え心を動かすことは、ことば抜きでは完遂できないから(A)」と続けて傍線部に着地させるとよい。
そこで「根本理由」=「ことばの決定的な働き」の必要十分な根拠を拾っていく必要がある。まず④段落「(音楽や映像なら、心は外から動かされているが)「ことば」の場合は、心は、内から動かされている(R1)」を起点に、⑦⑩段落「「ことば」によって伝えられたものは、直接わたしたちの心に入ってきて、わたしたちの心を、日々、支配している/「他者のことば(理性)」に確実に支配されている(R2)」、⑫段落「他者が自分のことばを語っているとき、他者の理性は、その人物が語っている「ことば」によって構成されている(R3)」、⑫⑱段落「二つの理性は、一方の発言された「ことば」において「協働」している/「ことば」は…同じ「理性」を構成し、同じ「判断」を構成し、それが人間の「思考」と、それにもとづく「行動」を決定する(R4)」などを参照すればよい。以上より、解答は「ことばは心を内から動かし(R1)/それを介して自己の認識や(R3)/他者との理解の共有も可能になり(R4)/他者の心を支配するという状態も成り立ちうるので(R2)//外から感覚刺激を与え心を動かすことは、ことば抜きでは完遂できないから(A)」となる。


〈GV解答例〉
ことばは心を内から動かし、それを介して自己の認識や他者との理解の共有も可能になり、他者の心を支配するという状態も成り立ちうるので、外から感覚刺激を与え心を動かすことは、ことば抜きでは完遂できないから。(100)

〈参考 S台解答例〉
ことばの場合、人は自分の心の内側に相手と同じ考えが再構成されることをすすんで許す結果、相手のことばに支配されて動かされうるが、外部からの感覚刺激だけの場合、人が心にぼやけた感覚像をもつにとどまるから。(100)

〈参考 K塾解答例〉
名付けによって感覚刺激を明瞭にして心を内側から動かすとともに、人の理性を再構成しその心を支配することも可能にすることばを伴わなければ、臭いや絵や音楽は感覚刺激によって外から心を動かすにすぎないから。(99)

〈参考 Yゼミ解答例〉
臭いや絵や音楽は人の心を外から動かす感覚刺激であるが、ことばは理性そのものであり、人はことばで世界を認識し思考するので、ことばで理性を内から支配することで相手に間違った判断や行動を促しやすくなるから。(100)

〈参考 T進解答例〉
人間の判断の決定的な原因は言葉であり、人を騙すとは言葉によって相手の理性を支配することであるが、言葉を伴わない感覚刺激による印象は一時的、外在的で、人間の認識を大きく変化させるような力を持たないから。(100)


問六 (内容一致問題)

〈答〉ウ、オ

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