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2023神戸大学/国語/第一問/解答解説

【2023神戸大学/国語/第一問/解答解説】

〈本文理解〉
出典は浅野智彦「消費社会とはどのような社会か?」。古典的な消費社会論。ボードリヤール、リオタール、リースマン、フォードとGM、記号論、自己準拠システム、アイデンティティの構成などについて、あらかじめ知っておいてもよい。
①段落。資本主義的諸社会の最も今日的な状況を表現するキーワードとして「消費社会」という言葉がよく用いられる。ではその言葉に込められた現代社会の特質とはどのようなものなのだろうか。
②段落。問の角度を少し変えて、こんなふうに問うてみよう。人々が、日常的に消費社会を実感するのは、例えばどんな場面だろうか、と。この問に対する一つの答えとして、広告との接触をあげることができるだろう。現代社会は、商品の集積である以上に膨大な量の広告があふれかえる社会である。この社会の中で商品は、モノにせよ、サーヴィスにせよ、即物的な裸の姿で存在するのではなく、いつでも広告の紡ぎ出すさまざまな物語に包まれて人々の目の前に現れる。したがって商品が存在する場所は単なる経済的な市場ではない。それは無数の「物語」が織り成す独特の──夢のような──空間におかれている。…

③段落。「夢のような」という表現を右で用いたが、それは、消費社会において各商品のまとう物語が外的な制約から二重の意味で自由であることを示すためだ。
④段落。第一に商品=物語は、誰に対しても自由にアクセスできる場所におかれており、その意味でアクセスへの制限から自由である。…
⑤段落。第二に商品=物語は、それが物語を通して魅力を発揮するかぎりにおいてその物質的素材のありようからは相対的に独立しており、その意味で物的な制約から自由である。…
⑥段落。これら二つの自由のうち第一のそれは、「商品の持つ相対化・均質化の力」(傍線部(ア))としてよく知られているものだ。例えばグラント・マクラッケンは、伝統的身分制のシンボリズムを防衛しようとする伝統的勢力の努力が商品化の力によってどのように敗退していったかを描き出している。…このことを消費する人々の側から言えば、伝統的な諸制約から自由な「個人」としての消費者、社会的な諸規定から相対的に無関連な「人間」としての消費者が市場に登場してきた、ということになろう。これら「個人」「人間」としての消費者は、自分自身の「自然な」欲求にのみしたがい自由に商品を購入し享受する。
⑦段落。それに対して第二の自由が意味しているのは、まさにこのような「自然な」欲求、それ自体からの離脱である。例えばガルブレイスの消費社会論に対するボードリヤールの批判はこの点に照準したものだ。ガルブレイスは、1950年代以降のアメリカ資本主義を巨大資本による人々の欲求の大規模な操作・支配であると見なした。…ここでは、人間の欲求の自然性がまずは前提とされた上で、それが巨大資本によって不当に操作・支配され、その結果個々の消費者の主体性が疎外されているという点が批判の要点となっている。
⑧段落。ボードリヤールはこのガルブレイスの議論に対して三つの観点から批判を加えた。第一に、自然な欲求と人為的に操作された欲求との間に明確な境界線を引くことはだれにもできないだろう。…第二に、今日の消費は、商品の機能によって自然な欲求を充足させる過程というよりは、むしろ人々が互いに差異化を競う営みであると理解すべきである。…第三に、企業の広告戦略は、個々の商品に対する欲求を生み出すのではなく、欲求を記号の系列に即応したシステムとして組織化するものだ。…
⑨段落。要するに、消費行為を、個人の「自然な欲求」とそれを充足する商品の「機能」との対応として理解することはもはや現実的ではないということだ。かつて欲求はその「自然性」をよりどころとしてさまざまな伝統的制約から自らを解放してきたのだが、消費社会はさらにその「自然性」それ自体からさえ欲求を自由にする。その結果、広大な欲求の空間が新たに開かれるのであるが、この新しい欲求に応える商品は──欲求が自然性から解放されたのに対応して──モノとしての機能から自由な存在となる。商品にとって重要なのは、その「機能」ではなく「記号」としての差異の表示だ。そしてこの記号は、他の記号との連鎖において存在するものであり、一定の記号システムあるいは一つの物語を構成することになる。
⑩段落。かくして自然性から解放された欲求は、記号的差異の操作によって生産システムの変数として操作され得るものとなり、資本は広告への出資を通して需要を自分自身の力でつくり出すような自己準拠システムとして作動しはじめる。この需要は、記号システム=物語の提示を通して創出されるものであるから、「商品の流通する空間は次第に物語空間へと変貌していく」(傍線部(イ))のである。

⑪段落。「機能」から「記号」へというこのような商品の転換の最も劇的なケースを、内田隆三は、GMのフォードに対する勝利という歴史的エピソードのうちに見出している。フォード社が部品や組み立て工程を徹底的に規格化することによって、それまで高級品であった自動車を大量かつ安価に提供し、一時代を築いたのに対して、後発のGMは、デザインによる差異化と広告という戦略によって市場を制覇していった。そして1927年、ついにフォード社はGMに決定的な敗北を喫し、T型フォードは生産停止にまで追い込まれてしまうのである。…
⑫段落。GMの勝利というこのエピソードは、また、消費社会が人々の現実感覚やアイデンティティにもたらす大規模な変容を予示するものである。そもそも「フォードの生産システムの要は、その徹底した機能性と合理性とにあった」(傍線部(ウ))と評し得る。ところで、機能性にせよ合理性にせよ、それらはある目標に対する貢献の度合いによって評価されるものであり、もし目標が明確に固定されていないならば、機能性も合理性もそれが測られるための準拠点を失い、意味をもち得なくなるだろう。ではフォード・システムの場合にこの目標はどこに置かれていたのか。生産過程の外部にある「自然」に、あるいは人間に内在する「自然な」欲求に、というのがその答えだ。すなわちそこでは人間的欲求の自然性を準拠点とした上で、その欲求をどれだけよく充足し得るか、という観点から合理性や機能性は測定されていたのである。それに対してGMの勝利は、この欲求を自然性から解放し、システムによって操作可能な変数へと組み替えたことに由来するものだ。
⑬段落。このフォード的な機能性や合理性に対する信憑は、実は、自動車の生産という領域に限定されるものではなく、近代社会がその発生以来もちつづけてきた世界像でもある。すなわち、近代社会を特徴づけてきたのは世界を一貫して合理化していこうとする運動であり、またそのような徹底した合理化が可能であったという信念であった。…けれども消費社会化の進行にともない、このような一元的世界観は次第に後景に退き、かわって世界は多元的な論理によって構成されるものであるという感覚が浸透していく。リオタールは、ポストモダンと呼ばれる社会状況を「大きな物語」の解体によって特徴づけたが、消費社会は「合理化」や「進歩」という大きな物語を解体する点でポストモダン状況の一環をなしていると言えるであろう。
⑭段落。このような現実感覚の変容と相即しながらアイデンティティのあり方も変容していく。リースマンが「他者志向」と呼んだパーソナリティタイプは、この変容への最初の着目であろう。これは自らの行為を決定する際に、伝統に準拠する(伝統志向)のでもなく、自己の内部に確立された価値観や信念に準拠する(自己志向)のでもなく、他者の視線にそれがどう映るかということを準拠点にするような人々を指すものだ。伝統にせよ個人的信念にせよ、それらは世界と自分をある一貫した論理の下に眺めるものであるが、他者志向の人々にとって、アイデンティティは状況に応じてその都度構成されるような流動的・多元的なものとなるのであるが、他者の視線は状況によって容易に変化するものであり、そこに一貫性を期待することは難しいだろう。他者志向の人々にとって、アイデンティティは状況に応じてその都度構成されるような流動的・多元的なものとなるのである。リースマン以降の消費社会化の進展は、他者の視線に映る自己像を操作するためにモノの記号的価値を利用する人々を大量に生み出すことになった。アイデンティティはこうして記号や物語の消費を通して構成・再構成されるような不断のプロジェクトとなる。…
⑮段落。けれども物語の多元化がさらに進行すれば、記号的価値自体が、多元化・細分化し、相互に不透明なものとなっていくであろう。「消費社会の進展は、だから、他者志向さえをも次第に困難にしていくような過程なのである」(傍線部(エ))。


〈設問解説〉
問一「商品の持つ相対化・均質化の力」(傍線部(ア))とあるが、どういうことか、80字以内で説明しなさい。

内容説明問題。ここでの「商品」は、現代の消費社会に特徴的な「商品=物語」で(②)、それは二重の意味で「自由」だという(③)。第一は「アクセスへの制限から(の)自由」(④、⑥)、第二は「物的な制約から(の)自由」(⑤、⑦〜⑩)である。このうち前者が本問と、後者が問二と関係する。こうした見通しを立てた場合、もう一つ大切な視点として浮かび上がるのは、ここでの「二重」の自由は並列関係としてあるのではなく、時間的な直列関係として成立するものであるということである。すなわち、次のパート「GMのフォードに対する勝利」(⑪以下)で明かされる内容ではあるが、前者は「近代」における達成(フォードの成功対応)であり、後者は「ポストモダン」における達成(GMの成功と対応)である。
こうしたマクロな視野をもった上で、今度は傍線部を細かく分析すると、「相対化」と「均質化」という2つの側面が問われていること、「〜化」という形から変化の背景への言及も求められること、が留意点として挙げられる。このうち「背景→相対化」の説明としては、「アクセスの制限から(の)自由」により「伝統的身分制のシンボリズム」との対決を経て「伝統的な諸制約から自由な「個人」…社会的な諸規定から相対的に無関連な「人間」としての消費者が市場に登場してきた(a)」という⑥段落の趣旨を踏まえ、「近代社会では/商品に自由にアクセスし消費することで/伝統社会が規定した身分的制約を相対化し(A)」とした。
「均質化」については、aに続く記述「これら「個人」「人間」としての消費者は、自分自身の「自然な」欲求にのみしたがい自由に商品を購入し享受する」を踏まえるが、ここでの「自分自身の「自然な」欲求」とは何か?これをそのまま解答に使ったら、むしろ「均質」に反するように思われる。これについては⑨段落「個人の「自然な欲求」とそれを充足する商品の「機能」」、⑫段落「人間的な欲求の自然性を凖拠点とした上で、その欲求をどれだけよく充足し得るか、という観点から合理性や機能性は測定されていた」が参照できる。すなわち、ここでの「自然(nature)」とは「個人」に相応しい「本来的なあり方」であり、その「欲求の自然性」を物差しとすればモノの「機能性」の達成度を測りうる、究極的には誰にでも心地よい「機能」(ユニバーサルデザイン)を提供しうる、というものである。もちろん、こうした「大きな物語」(リオタール)は第二の段階「物的な制約から(の)自由」によって解体されるのである(⑦、⑬)。以上を踏まえ、解答の後半「均質化」をAから続けて、「近代的個人に相応しい欲求に適った機能を手にすることができるということ」と表現した。


〈GV解答例〉
近代社会では商品に自由にアクセスし消費することで、伝統社会が規定した身分的制約を相対化し、近代的個人に相応しい欲求に適った機能を手にすることができるということ。(80)

〈参考 S台解答例〉
消費社会において、個人内の自然な欲求に訴える物語を伴う商品は、外部から伝統的な諸制約を受けていた人々を、自由に商品へとアクセスできる消費者に変えるるということ。(80)

〈参考 K塾解答例〉
伝統的秩序を可視化していた物が商品となることで、誰もが社会的制約から解放され、自らの自然な欲求を充足させるためにそれらを自由に消費できるようになったということ。(80)

〈参考 Yゼミ解答例〉
商品化されたモノは、個人が自由にアクセスできるものとなり、人々をかつての伝統的な身分制度から自由な、社会的諸規定に縛られない消費者へと変える力をもつということ。(80)

〈参考 T進解答例〉
消費社会で商品がまとう物語に皆が自由にアクセスできることによって、人々を伝統的諸制約や社会的諸規定に縛られず、自身の自然な欲求のみに従う消費者にするということ。(80)


問二「商品の流通する空間は次第に物語空間へと変貌していく」(傍線部(イ))とあるが、ここでいう「物語空間」とはどのような空間か。80字以内で説明しなさい。

内容説明問題。傍線直前に「この需要は、記号システム=物語の提示を通して創出される」とあるから、「物語空間」を「商品の需要を創出する(A)/記号システム(体系)の空間(B)」とひとまず置く。ここで「物語(=記号システム)」を前⑨段落「記号は他の記号との連鎖において存在する」などを参照してさらに詳しく述べることも可能だが、問題の主眼は「(物語)空間」の内容説明(具体化)にあるから、これ以上は踏み込まない。そこで以下は、Aの具体化と、元の傍線部に配慮して「変貌」の背景・契機の説明に重点をおく。
傍線部の配置は、前問での検討を繰り返すならば、消費社会における「商品=物語」の第二段階(近代→「ポスト」モダン)の「自由」=「物的な制約から(の)自由」について記述した箇所(⑤、⑦〜⑩)の締めに位置する。特に⑨段落「新しい欲求に応える商品は…モノとしての機能から自由な存在となる/商品にとって重要なのは…「記号」としての差異の表示だ」を参考にして、「変貌」の背景・契機を「商品の物質的機能性よりも/記号的差異性が重視されることで(C))」とし、これを解答の頭に置く。
次にAについては、⑩段冒頭で傍線一文の前文「かくして自然性から解放された欲求は/記号的差異の操作によって生産システムの変数として操作されるものとなり/資本は広告への出資を通して需要を自分自身の力で作り出すような自己準拠システムとして作動しはじめる」を参照する。ここからAを、CとBの間にはまるように「機能から解放された欲求が/生産システムの変数として操作され/需要が自己準拠的に創出される」と具体化し、下のように解答にするとよい。


〈GV解答例〉
商品の物質的機能性よりも記号的差異性が重視されることで、機能から解放された欲求が生産システムの変数として操作され、需要が自己準拠的に産み出される記号体系の空間。(80)

〈参考 S台解答例〉
機能から自由になり差異を表示する記号となった商品が他の商品と連鎖して一定の記号システムとして働き、消費者間の相互差異化の欲求を刺激して需要を生み出し続ける空間。(80)

〈参考 K塾解答例〉
商品の機能を求める自然な欲求から解放され、相互差異化を競う人々の志向に即した記号のシステムとして組織化された商品群によって、需要が不断に喚起されるような市場。(79)

〈参考 Yゼミ解答例〉
人間の自然な欲求として商品の機能を求めるのではなく、広告戦略によって作り出された、他者との差異化を示すための記号として自ら需要を作り出すシステムによる空間。(78)

〈参考 T進解答例〉
商品が自然な欲求を充足するモノとしての機能から独立した記号として、広告によって相互差異化され、人々の欲求をシステム化することで、需要を自己準拠的に創出する空間。(80)


問三「フォードの生産システムの要は、その徹底した機能性と合理性とにあった」(傍線部(ウ))とあるが、どういうことか。80字以内で説明しなさい。

内容説明問題。まず前提として、問二と違い、傍線部の全体を切り取らず「どういうことか」と聞いているわけだから、傍線部の要素は、ひとまず要素間の重要度の比較は抜きにして、過不足なく換言する必要がある。ここでは「フォードの生産システムの要は〜」の箇所だが、これをそのまま主語に置くと、解答文が固くなるし、換言の工夫も表現できないので、「〜生産した点にフォードの本質があった(A)」と前後を返して示すとよい。
再々度になるが問一で検討した枠組みに戻れば、フォードは、後発のGMが「ポストモダン/記号的差異性」を象徴するのに対し、「(前期)近代/物質的機能性」を象徴するものである。本文の記述に従えば、⑫段落で傍線部より後ろの箇所「そこ(→フォード・システム)では人間的な欲求の自然性を凖拠点とした上で、その欲求をどれだけよく充足し得るか、という観点から合理性や機能性は測定されていた」という記述に着目したい。ここに「GM/ポストモダン」との対比で、a)「自然性」とは近代の「想定」である、b)「自然性→機能」は一律の需要を喚起しうる(←T型フォード)という要素を加味する。また「機能性」「合理性」は一体であっても、「AとB」という形で意味を分けられている以上、それぞれについて言及する必要がある。これについては⑪段落、内田隆三のエピソードに準じた記述「フォード社が部品や組み立て工程を徹底的に規格化することによって…自動車を大量かつ安価に提供し」を参照し、「(欲求の自然性に準拠した)商品の機能を/合理的に開発・生産」(c)として処理する。
さらに⑬段落「このフォード的な機能性や合理性に対する信憑は…近代社会がその発生以来もちつづけてきた世界像でもある…近代社会を特徴づけてきたのは世界を一貫して合理化していこうとする運動であり…そのような徹底した合理化が可能であったという信念であった」より、「フォード・システム ⊂ 近代システム」という内容を解答に反映させたい(d)。ただし「近代システム」自体を重ねて述べる字数的余裕はないし、類比の説明の仕方としては分離型「Xは〜/Yは〜」でなく、一括型「XもYも〜」「Xは〜という点でYと同じ」で十分だろう。以上より、解答は「人間的な欲求の自然性を想定し(a)/それを準拠として一律の需要を充足する観点から(b)/商品の機能を合理的に開発した点に(c)/近代の世界像に適う(d)/フォードの本質があったということ(A)」となる。


〈GV解答例〉
人間的な欲求の自然性を想定し、それを準拠として一律の需要を充足する観点から商品の機能を合理的に開発した点に、近代の世界像に適うフォードの本質があったということ。(80)

〈参考 S台解答例〉
世界を一貫して合理化しようという近代社会の運動を背景として、フォード社は、自然な人間的欲求の充足を目標に、自動車の部品や組立工程を徹底的に規格化したということ。(80)

〈参考 K塾解答例〉
人間に内在する欲求を満たすという目標を効率的に達成するために、生産過程の規格化を進めて、自動車を大量かつ安価に提供するのがフォードの手法の核心だったということ。(80)

〈参考 Yゼミ解答例〉
フォードは、人間の自然な欲求を満たすことに照準を置き、それに応えるために、無駄を省くことで安価な製品の大量生産を可能にすることを重要要視していたということ。(78)

〈参考 T進解答例〉
世界を一貫して合理化できるとする世界観のもと、人間の自然な欲求に合理性や機能性の準拠点を置き、その欲求を充足すべく、規格化により安価で大量に生産したということ。(80)


問四「消費社会の進展は、だから、他者志向さえをも次第に困難にしていくような過程なのである」(傍線部(エ))とあるが、どういうことか。本文全体の論旨をふまえたうえで、160字以内で説明しなさい。

内容説明問題(主旨)。長い解答も、まずは足元を固めるところから。傍線中に「だから」とあるから、傍線前文(R)を理由として繰り込む。また、その前文が「けれども」で始まるから、前⑭段までの内容(X)と逆説になる。よって解答のおおまかな形式は「Xだが/Rなので/Y(傍線内容)」となる。
まずXについては、⑭段落の冒頭「このような現実感覚の変容(X1)/と相即しながら/アイデンティティのあり方も変容していく(X2)」に着目する。X1については、⑬段落「消費社会化の進行にともない(a)/このような一元的世界観は次第に後景に退き(b)/かわって世界は多元的な論理によって構成されるものであるという感覚が浸透していく(c)」を参照する。変容前の「このような一元的世界観」については、「機能性や合理性に対する信憑」と重ねて理解すればよいだろう。これらより、X1を「現代の消費社会は(a)/商品を(一元的な)機能性や合理性から解放し(b)/多元的な現実感覚をもたらした(c)」と置く。
X2については、⑭段落「これ(=他者志向)は自らの行為を決定する際に(d)/伝統に準拠する(伝統志向)のでもなく(e)/自己の内部に確立された価値観や信念に準拠する(自己志向)のでもなく(f)/他者の視線にそれ(=自らの行為)がどう映るかということを準拠点にするような人々を指す(d)」「伝統にせよ個人的信念にせよ…世界と自分をある一貫した論理の下に眺めるものである(g)」「他者志向の人々にとって、アイデンティティは状況に応じてその都度構成されるような流動的・多元的なものとなるのである(h)」「リースマン以降の消費社会化の進展は、他者の視線に映る自己像を操作するためにモノの記号的価値を利用する人々を大量に生み出すことになった(i)」を参照する。これらより、X2を「アイデンティティも/伝統や個人の内面という一貫した論理ではなく(efg)/他者の視線に準拠して(d)/記号的に消費することで(i)/構成されるものに変えた(h)」と置く。
次に「R→Y」をフローチャートで示すと、⑭段落より「消費社会の進展(Y1)→物語の多元化(R1)→記号的価値の多元化・細分化(R2)→相互に不透明化(R3)→他者志向の困難(Y2)」となる。R1の「物語」とは、⑨⑩段落によると「記号システム(=他との差異を示す記号間の連鎖による体系)」である。R3については、物語とそれを構成する記号の価値(=他との差異)が多元化することで(R1R2)、記号が他の記号と関係することで示される価値(=他との差異)が自明でなくなること、ということだろう。さらにY2の「他者志向」は、解答の前半(X)との関連で、「他者志向のアイデンティティ」すなわち「他者の視線に準拠し/記号的に消費することで/構成されるもの」として説明する必要がある。この場合、R3のように記号と記号が関連し合う(反照する)ことで立ち上がる意味が自他にとって共通了解(自明)のものでなくなるならば、他者に対して示されるアイデンティティは成立困難なものになる、というわけである。これが傍線部すなわち本文結論の含意するところである。
以上より解答を要素に分けて示すと以下の通りになる。「現代の消費社会は/商品を機能性から解放し多元的な現実感覚をもたらすことで(X1)/アイデンティティも伝統や個人の内面という一貫した論理ではなく他者の視線に準拠し記号的に消費することで構成されるものに変えたが(X2)//物語の多元化が一層進行すれば(R1)/記号間の反照による意味づけが自明性を失い(R2R3)/他者に対する自己像の提示が困難になるということ(Y)」


〈GV解答例〉
現代の消費社会は、商品を機能性から解放し多元的な現実感覚をもたらすことで、アイデンティティも伝統や個人の内面という一貫した論理ではなく他者の視線に準拠し記号的に消費することで構成されるものに変えたが、物語の多元化が一層進行すれば、記号間の反照による意味づけが自明性を失い、他者に対する自己像の提示が困難になるということ。(160)

〈参考 S台解答例〉
消費社会化の進行は、世界が一元的でなく多元的なものだという感覚を浸透させ、伝統や個人的信念にしたがっていた人々は、変化する他者の視線に準拠して、モノの記号的価値を利用した自己像を構成するようになった。しかし、記号的価値自体がさらに多元化・細分化すれば、自己像の操作によるアイデンティティの構成までも難しくなるということ。(160)

〈参考 K塾解答例〉
物の機能を求めるのではなく商品群を提示する記号や物語を消費するようになると、合理性や進歩を追求する近代の一元的世界観が変容し、人々を多元的世界観のなかで伝統や自己ではなく他者に準拠して自我を形成するようになるが、物語の多元化が進み記号的価値が細分化すると、他者を媒介とした自己形成も徐々に難しくなっていくということ。(158)

〈参考 Yゼミ解答例〉
商品の機能を求める消費活動は、伝統や社会的制約から人々を解放したか、広告戦略の発達にともない、商品は他者との差異化を示すシステムとなり、他者の目に映る自分という記号的価値を生み出すこととなった。しかし、差異化するための基準となる他者も状況に応じて変化するため、人々の消費は何を基準とすればよいかわからなくなるということ。(160)

〈参考 T進解答例〉
消費社会の進行によって消費者は自己準拠的な記号を消費し、多元的な現実感覚をもつようになる。それと相即的に、消費者の自己形成は他者の視点に準拠し、モノの記号的価値を用いて流動的で多元的な他者の視線に映る自己像を操作するようになる。しかしその準拠点は物語の多元化が記号的価値を多元化・細分化することで不透明になるということ。(160)


問五 (漢字の書き取り)

(a)接触 (b)防衛 (c)厳密 (d)貢献 (e)戯画


〈神戸大学 出題意図〉
問一・問二・問三
「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」を多角的に試す記述式問題。それぞれの傍線部の意味を正確に理解するには、何よりもまず語彙にかんする一定水準の知識が欠かせない。また、たんに傍線部の前後の二、三行だけを手がかりにするのではなく、より大きな文脈の論理の展開を丁寧にたどりながら、傍線部の意味内容をとらえる思考力と判断力も必要となる。そのうえで、解答に盛り込むべき内容を制限字数内で正確かつ簡潔な文章にまとめる技術、そしてそれをさらに説得力のある文章に練り上げる表現力も求められる。いずれの設問も80字の制限字数内で解答をまとめることを求めており、それによって語彙力や思考力・表現力などを総合的に評価することを狙いとする。

問四
基本的には問一・問二・問三と同じ趣旨の設問だが、本文全体の論旨を踏まえて160字の制限字数内で解答まとめることを求める点で、より高度な読解力を試すことが意図されている。4000字を超える長文テクストを素材に、個々の論点を的確に押さえながら、全体を貫く論理の筋道を正確に読み取るという、論理的な思考力がここでは何よりも求められる。しかも、解答の制限字数もやや長いため、必要な論点をただ列挙するだけでは十分ではなく、それを論理的に構成し論述する文章構成力が必要となる。問一・問二・問三で求められていた以上に高度の「思考力・判断力・表現力」を総合的に判定することがこの設問の狙いであり、評価のポイントもそこにある。

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