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私的:ドミニク・ミラー考察④『Absinthe』+マヌ・カチェ

やっと『Absinthe』の件。もう明日発売の新譜『Vagabond』は、彼の音楽的天邪鬼な性格からこの前作とは全くまたテイストが違うのは分かりきっているんですけれど、この素晴らしい作品については私もかなり思い入れがありますので、やはり書いておきます。

一番最初の投稿でも書いたように、私はドミニク・ミラーという人は30年前に出会った時は、自分にとってたった一人の「エレキ抱えた王子様」でした。ただ、彼がそれ以降普通にそれまでセルフプロデュースで出していた作品は好きでしたけど、正直そこまで強い衝撃を受けたものではありませんでした。

この人30代から60代の今まで、4回くらい顔つきが変わってる気がします・・・。

しかしECMに移籍後の1枚目『Silent Light』ではやはり衝撃を受けました。彼の今までの音楽からもっと「核」の部分がより強調されて、本当に純粋なものが出て来たな、と感じたからです。

まあそれはもう一重にプロデューサーのECMのマンフレート・アイヒャーの彼の音楽性に対する客観的な視点が加わった事によると思います。本人も「それが良かった」と言ってますし。
後はやはりドミニク・ミラーというのは色彩感に溢れる「音色」が素晴らしい人なので、ECMの優秀なエンジニアによってその良さが倍増された感じはあります。本人もこの2作の音に関しては褒められると必ず「優秀なECMのエンジニアのおかげだよ」と言ってます。今回は南仏のスタジオで撮られましたがやはり期間は3日、そしてほぼライブ撮りそのままで仕上がっています。

2作目のこの『Absinthe』のタイトルチューンを初めて聴いた時、私は完全にこの人に「全面降伏」しました。今までの彼とは少し違うとんでもないもん出して来たな、と思いました。

『Silent Light』はかなりシンプルにドミニク・ミラーの音楽の核の部分や音楽哲学の部分を端的に表現していましたが、この作品はバンドサウンドになっていますし、全体を通して聴くと曲もバラエティに富んでいます。曲は全てドミニクのオリジナルで、いつもの事ながら曲順は作曲順、1曲目がアルバム全体のコンセプトを端的に表しています。

アルバム全体のコンセプトとしてはドミニク自身が愛するフランス印象派の画家たちへのオマージュと、現在はパリと南仏で生活する彼が感じる南仏の日常の光景からヒントを得た物です。印象派の画家達というのは、長いことパリの画壇では認められず苦しんだ生活を送り、後世に最初アメリカの方から評価されます。

そういう「例えその時評価されなくても自分の表現を信じ、真の表現に向かって革新的な事に取り組み続けた」という部分にとても強い尊敬の念を抱いているようです。

彼はどちらかというと都会よりは自然が残っている風景の方が好きみたいです。(日本の田舎の風景も好きだよって言ってましたね。)
彼はアルゼンチン、アメリカ、イギリス、フランスの国籍を持っていたはずです。しかし心の拠り所は10歳までしか居ませんでしたが、今もなおアルゼンチンに多くあるようです。特にその自然の光景に対しては強い懐かしさを感じるようで、そういう点からも今は南仏に居るようです。

なんでサッカーは絶対にアルゼンチン応援。好きなチームはリバー・プレート。ボカではありません。

そう、このアルバムはコンセプトはドミニクが惹かれる印象派の画家達の絵と南仏の光景を主軸にした「光の中にある色彩のコントラストと衝突」で、音楽的にはドミニク・ミラーの中にある「アルゼンチンとフランスの融合」になります。

「アルゼンチンの部分」を出しているのが、バンドネオンで参加しているサンチャゴ・アリアスです。ブエノスアイレス出身の若い彼に、ドミニクは絶大な信頼を寄せほぼメロディの部分を任せ、自分はバックに回っている曲が多くあります。

今までドミニク・ミラーは「ギターソロの殆どないギタリストのソロアルバム」を作って来て、あまりバンド的な音楽は作って来なかった人ですが、このアルバムでは自分が前に出るよりもこの彼の音を生かした曲も多いのがこのアルバムのポイントです。

そしてこのタイトルチューンで、この 「アブサン」という強いお酒の幻覚作用フワフワ感を絶妙に出しているのが、ドミニクのロンドン、ギルドホール音楽院時代からの盟友であるキーボードのマイク・リンダップ(レベル42など)です。彼がやはりドミニクのコンセプトをよく理解した音作りをしています。

そしてベースのニコラス・フィズマン。この人もかなりドミニクとは長い付き合いで、今も一緒にやっています。ブリュッセル出身の彼は、ドミニクとのライブではかなり強烈なグルーヴを出してくる人ですが、実は元々はギターを学んでいた人です。FOCUSのメンバーとしても知られるヨーロッパ・ジャズ界の重鎮ギタリストフィリップ・カテリーンの元で学んでいました。
先日実は初の自分名義のアルバムも出しています。そこではギターを披露していますね。ドミニクとは違う比較的正統派なJAZZの音がするギターという感じがします。

最後。このアルバムの要はやはりドラムのマヌ・カチェでしょう。

私は彼でなければこのアルバムは成立しなかったと思っています。彼もドミニクとは長い付き合いですが、この実にエレガントで色彩感豊かなドラマーは今のドミニク・ミラーの音楽とは相性抜群だと思います。

マヌのシンバルワークの巧みさ、特にスプラッシュの使い方ってのは本当に絶妙です。シンバルってのはアクセントですけど、ものすごく全体の音像の色彩感を左右する物です。
マヌのドラムってのはそういう意味で本当に色彩感豊かな、「叩くというより奏でる」ようなドラマーなので本当に表情が豊かでドミニクにはもう抜群の相性なんだな、っていうのが理解できます。
特にタイトル曲「Absinthe」「Etude」「Ombu」「Bicycle」「Saint Vincent」辺りの曲はもうマヌのドラムでなければ成立しなかった世界かな、と感じました。「Etude」や「Ombu」の後半のマヌのドラムは本当に凄いと言わざるを得ません。

※『Etude』という曲はのちにスティングの【The Bridge】というアルバムで「Harmony Road」という曲となり、スティングの歌が付けられますが、まぁ申し訳ないですが断然ドミニクのオリジナルの方が良いです。

スティングはマヌを「マヌはスチュワート·コープランドの真似をしたがるから」と言って使わなくなった、という話をちょっと小耳に挟んだことがありますが、コープランドのドラムとは絶対に違うと思うんですけどね···。

余談になりますが、マヌという人も何気なくエレガントに叩いていますが、物凄い勉強家な人です。
昔、坂本龍一がツアーにマヌを起用した時、彼はリハーサルまでに約千本もの教授の音源·ライブを聴いてその教授に合う「自分なりのタイム感」を研究してリハーサルの時にはほぼ完璧な形で教授と向き合ったそうです。一流の人ってのはそういうもんなんでしょうね···。

さあ、明日新作「Vagabond」が届きます。天邪鬼な彼は次はどういうことをしてるんでしょうか?
またそれについては後日ですね。


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