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荒廃した稲荷神社の不気味な気配

私がこれまでに訪れた中で、一番嫌な感じのした稲荷神社について話そう。

私は休日、散歩を日課にしている。ウォーキングのような早足ではなく、ゆっくりとマイペースで散歩を楽しむのが習慣だ。出かけるときは、いつも決まって途中のコンビニに立ち寄り、軽く漫画の立ち読みをしてから、コーヒーを注文する。コンビニでありながら、その場で豆から挽いて淹れるコーヒーはなかなかのもので、私のお気に入りだ。

コーヒーを片手に、コンビニのイートスペースへ移動し、そこでのんびりとブログのアイディアを考えることが多い。アイディアが浮かべば、すかさずGoogle Keepにメモを取るのが常だ。散歩はおおよそ1時間、コンビニでの時間は30分ほどだろうか。このルーチンが、私にとっては至福のひとときである。

その日も同じように、散歩コースを楽しんでいた。コーヒーを飲み終え、再び歩き出すと、やがて川に出る。この川沿いを歩くのが、私の一番のお気に入りのコースだ。川のせせらぎを聞きながら歩くと、心が穏やかになり、いつも気持ちが軽くなるのを感じる。しばらく川沿いを歩いた後、ふと昔の記憶が蘇った。「この辺りに、確か神社があったはずだ」と。

曇った秋の日で、空はどんよりとしていた。ふとした思いつきで、その神社に立ち寄ることにした。何年も前に一度だけ訪れたことがあるが、印象に残るような場所ではなかった。しかし、何かに引かれるように、私はその神社へ向かった。

神社の鳥居をくぐり、参道をしばらく歩く。そこには、荒れ果てた小さな神社があった。無人の神社で、年に数回、近所の人が掃除をする程度の場所だ。正月には多少の参拝客が訪れるようだが、普段はほとんど人の手が入らないため、全体的に荒れている。

私は神社の本殿に近づき、お参りを済ませた。しかし、何かが気になり、ふと脇を見ると、そこに稲荷神社があるのを発見した。「せっかくだからこちらにもお参りをしておこう」と思い、稲荷神社の方へ足を向けた。

稲荷神社は、さらに荒れ果てていた。長い間、誰も手入れをしていないのだろう。苔むした鳥居、傾いた石段、雑草が生い茂る参道。曇り空の下、その光景は一層の寂しさを醸し出していた。何とも言えない嫌な予感がした。まるで、この場所には何か異質なものが潜んでいるかのような気がしたのだ。

特に気になったのは、祠の左下の部分だ。目には見えないが、そこに何かがいるような、強烈な存在感を感じた。体の奥底からじわじわと湧き上がるような不快感が、私を包んだ。しかし、何も見えない。ただその場の雰囲気に圧倒され、私は早々にお参りを済ませ、その場を後にした。

家に帰り、あの神社についてインターネットで調べてみた。すると、荒廃した神社には、神様が不在であることが多く、そのために悪い霊が住み着くことがあるという話を見つけた。おそらく、それが私が感じた嫌な感じの正体だったのだろう。「なるほど、だからあんなに不気味な気がしたのか」と、妙に納得した。

それ以来、私はその神社には二度と足を運んでいなかった。しかし、先日、ふとあの神社のことを思い出した。「あの場所にはまだ、あの嫌なものがいるのだろうか?」と。私は、その疑問を確かめたくなり、再び神社を訪れることにした。今回は、魔除けのためにお気に入りのパワーストーン、アメジストをポケットに忍ばせていた。

再び鳥居をくぐり、参道を歩く。本殿の神社は、どうやら最近何か神事が行われたらしく、前回よりも綺麗に掃除されていた。境内には特に悪い気配もなく、私は安心してお参りを済ませた。次に、稲荷神社の方へ向かう。少し緊張しながら、祠の前に立った。

驚いたことに、稲荷神社も綺麗に掃除されていた。以前のような荒れ果てた姿はなく、手入れをされているようだった。そして、あの不快な感じは一切なかった。おそらく、お稲荷様が戻られ、悪いものは追い出されたのだろう。私はほっとし、感謝の気持ちを込めてしっかりとお参りをした。

その後、私は神社を後にしたが、特に悪いことは起きていない。あの嫌な感じは、あの時限りのもので、今はもう過去のものだ。ただ、あの日の体験は、今でも心の片隅に残り続けている。何かを見たわけではないが、確かにそこに「何か」が存在していたという感覚は、忘れることができない。それは、言葉では表現し難い不気味さであり、異質なものであった。再びその場所を訪れたとき、その不気味さが消えていたことは、ある意味で救いであり、安心感をもたらした。

この体験を通じて、私は改めて感じたことがある。人の目には見えない何かが、この世には確かに存在するということだ。それが良いものなのか悪いものなのかはわからないが、私たちは常にその存在を感じ取り、時にはそれに対して敬意を払うことが必要なのだろう。あの稲荷神社は、私にとってそのことを教えてくれた場所であり、これからも、目に見えぬものへの敬意を胸に、この神秘に満ちた世界を歩んでいこうと思う。



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