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伝えられない想い

こうー」

洸の部屋に入る時、いつもノックをしないで扉を開けてしまうのは私の悪い癖。目の前に広がった光景は、裸で抱き合っている男と女の姿だった。

「……失礼しましたー」

まるで何事もなかったように扉を閉めた。

「ちょっ。おい、……葉月はづき!」

閉めた扉の向こうからは、洸の叫ぶ声が聞こえた。

「……またかよ、」

部屋を出て、小さく呟いた。
洸の女関係なんて今に始まったことではないし、いまさら驚いたりなんてしないけれど。こんなやつが幼馴染みだなんて、考えただけでも嫌気がさす。そんなやつを好きになってしまった自分自身に、もっと嫌気がさす。

……なんなのよ、こっちの気も知らないくせに。高校生が一体どれだけの女と遊んでいるのか。

「今の、誰?」
「…あ?ただの幼馴染み」
「なんだ。じゃあ早く続きしようよ」

甘い声で誘ってくる女。上に覆い被さって、目を細めた。もう、どうにでもなればいいとさえ思った。なにが正しくて、なにが間違っているかなんて。もうなにも、わからなかった。

翌日

「あ、葉月じゃん。おはよ」
「おはよう。健太」
「あれ。今日、洸は一緒じゃないの?」
「……知らないよ、あんなやつ」
「なんかあった?」
「昨日、部屋に女連れ込んでた」
「またかよ……」

男友達の俺でさえ、溜め息出るんだけど。

「……はよーっす」

噂をすれば。と言わんばかりに、姿を現したのは、まだ眠たそうな洸。
目擦ってるわ、シャツのボタン掛け違えてるわ、髪はボサボサなままだし。

「じゃあ。私、教室行くね」

教室に向かう葉月に手を振って見送り、洸と二人になった。

「……お前さ。いい加減にしろよ」
「なにが?」
「葉月。このままでいいのかよ」
「……」
「自分の気持ち伝えないで、他の奴に持ってかれたら、どうすんの」

葉月が、他の男に?
そんなの考えただけでも嫌だったけれど。

……大丈夫だって、あいつは。

心配ねぇよ、ほら今まで彼氏とかいたことねぇし。
そうやって、心のどこかで安心しきっている自分がいる。

「それはー、……ないだろ。まあ。最中に入ってこられたのは、ちょっと気まずかったけど」
「それ、ちょっとどころじゃねぇだろ…」
「だけどさ。葉月に見られたことなんて初めてじゃないんだよ、健太っち」
「若干開き直ってんじゃねぇよ」

そんな俺の儚い思いも虚しく、想像もしなかった数日後に降り懸った事実。思わず変な声が出る。

「……は?」
「だから。金平諒大かねひらりょうた
「なに、そいつと付き合ってんの?」
「うん」
「……妄想?」
「ちっがう!」
「痛って!」

葉月の言葉が未だに信じられなくて。なにかの間違いじゃないかと確かめたら、彼女に思いきり叩かれてしまった。

「あいつは、やめとけ」
「なんで」
「ほら、あんまりいい噂聞かないからさ」
「え……」

その言葉を聞いた途端、葉月の浮かない表情。
よし、このままヤツのことなんて諦めろ!……なんて思っていたのに。

「な」
「その言葉、洸にだけには言われたくない」

葉月は、そう言い放ち、俺に背を向けた

「ええ!」

……ダメじゃん、俺!

「あ、諒大!」

彼氏の姿を見つけたらしく、彼女は男の元へと走って行ってしまった。

……マジかよ。

しかも、よりによって金平って。

あいつバカじゃねぇの?

「………。」

並んで歩く二人を後ろから眺めた。

……はあ。

悔しいなことに、端から見ればお似合いのカップルに見えた。

……なんでこうなるんだよ。


数日後

授業中、静まり返った教室に携帯の着信音が鳴り響いた。

「おい、こら誰だ。電源切っとけ」

なんの躊躇いもなく、堂々と電話に出たのは洸。勿論、クラス中の視線が痛い程に集まる。

「…何」
「こら、神野」

先生の注意を受けながらも、無視して話し続ける洸に

「…バカじゃないの」

ぼそっと呟いた時、洸に睨まれたことは気にしないでおくことにした。

「は?いや、今とか無理だって。俺今授業中だし」

じゃあ、まず電話に出るなよ。思わず突っ込みたくなるこいつの応答に、自然と溜め息が出る。

「…だからさあ。ああもう、分かったって。今からそっち行くから」

渋々そう言って電話を終わらせると、机の隣に掛けてある薄っぺらい鞄を手に取った。

「せんせい、急用が出来たので帰ります!」
「急用ってなんだよ」
「ほらー、急用は急用だよ!」

それだけ言って、逃げるかのように奴は急いで教室を出て行った。

「…女だな」

隣の席の健太が、そう呟いた。

「だろうね」

私も、呆れたように返した。

葉月が金平と付き合い出してからというもの、葉月が俺の部屋に遊びにくる回数は、めっきり減った。
そりゃそうか。付き合ってるんだもんな。
あー。なんか、…むかつく。

「ひま…」

暇潰しにでも、と最近借りたAVを付けて一人でボーッと見ていた。そしたら急に部屋の扉が開いて。

「洸、」

扉の向こうに立っている葉月の姿を見つけ、俺は焦ってテレビの電源を落とす。

「お、わ!ちょ、葉月!入ってくる時はノックしろっていつも言ってんじゃんかよ」
「………。」
「葉月?」

あれ。なにも言ってこねぇ…。いつもならなんだかんだ、色々言われるはずなのに。そうやって、いつものパターンを色々と考えていたら。

「…こう」
「え、なに」

なんとなく慌てて立ち上がった。…あ、やべ。その涙目プラス上目遣い。身長差のせいか、自然と上目遣いになる葉月に思わずドキッとした。さらに両手で腰に手を回され、抱きつくようにされた瞬間には、もう意識せずにはいられない。

「ちょ、葉月?」
「…洸、抱いて欲しい」
「はっ?!」

今にも泣きそうな声で、そう呟くから。想像もしなかった発言に、思わず叫んでしまった。

「どうしたんだよ、急に」
「いきなり変なこと頼んでごめん…。だけど、こんなこと。洸にしか頼めなくて…っ。ねぇ、お願い」
「ちょっ、ちょっと待てって!」

徐々に迫って来て、今にも押し倒されそうになるこの勢いを、必死でどうにかしようとした。

「なあ、なにがあったんだよ。言ってみ?」
「…っ、諒大が…」
「…りょうた?」

名前を聞いた途端、眉間に皺が寄った。

「処女は…っ、面倒だから嫌だって」
「…は」

何あいつ、そんなこと言ったのかよ。

「私、はじめてで…もう、どうしたらいいのかなんてわかんなくて。洸、こういうの馴れてるでしょ?わたし、洸なら平気だから…」
「…平気とかさ、言うなよ」

こっちは全然平気じゃねぇっつの。もう…むり。葉月をベッドに押し倒した。なんか、もう。そこまで言うんだったらマジで襲ってやりたくなったんだ。

…だけど、俺の下で小さく震えてる葉月の姿なんて見てるこっちがつれぇんだよ。なあ、その涙は一体誰を想って流してるの?

「………っ、」
「こう…?」

顔を上げた葉月の顔を、まともに見れなかった。

「わり、やっぱさ。…俺、無理だわ」
「…え?」
「なんか、こう。おまえじゃあ何も感じねぇ。萎える」

嗚呼、今の自分は相当冷たい目をしているんだろうか。
それだけ言って、ベッドから離れると、葉月は即座に立ち上がって、何も言わずに走って部屋から出て行ってしまった。


「…は?なにそれ」
「そのままだよ」

健太には、ありったけのこと全部を話した。

「つーか、向こうから抱いて?って言われたんでしょ。だったらさ、もういっそガバ!って抱いちゃえばよかったのに」

二人が抱きしめ合う様子を一人で勝手に再現する健太に、呆れる。

「…おまえ簡単に言うよな」
「いつも簡単にやってる奴が、よく言うよ」
「…だからさあ。それと、これとは別だろ」
「まあ、な」

葉月と顔が合わせづらくなってから、もう数週間が経過した。

あれから葉月とは口を聞いて、いない。

…なんとなく気まずくて、というよりは自分から口を利かないようにしていたのかもしれない。

それでも、クラスが一緒だから毎日会わない訳にはいかず。

今だって、こうやって廊下でバッタリ。

人気のない廊下で彼女の口から聞かされた通達は、こうだった。

「諒大と別れた」
「…は?」

一瞬、自分の耳を疑った。

「洸の言った通りだった。あいつ、他に何人も女いた」
「あぁ…」

…だろうな。最初からそんなこと、分かっていたけれど。

こんな時、なんて言えばいいのかなんて、分からなかった。

「私、好きだったよ。洸のこと」

…なんだよ。好きだった、って。

「それだけ伝えたくて、じゃあ」
「ちょ、…葉月!」

去ろうとする葉月を、慌てて引き留めるべく、咄嗟に彼女の細い腕を引っ張った。

「ちょ、葉月。待てって」

頭で色々と先に考えるよりも自然と、本能的に体が動いていた。

すぐ触れられる距離にいる彼女に手を、伸ばす。俺の腕の中に収めるのなんて、簡単で。

「好き、なんだけど。葉月のこと」

気が付いたら、抱きしめていた。

「ずっとずっと。前から想ってた。
だけど伝えられなくて…。
だから、抱いてって言われた時は、すっげぇ戸惑ったし、俺どうしていいかわかんなくて」
「ちょっと待ってよ。…それ本当?」
「本当。つか信じろよ!」

葉月の左右の肩を両手で掴んで、即座に葉月の顔を見た。

「いや、信じるけどさ」
「けどなんだよ」

「こーう!」

その時、廊下の向こうから俺の名を呼ぶ女達。

うっわ、このタイミングかよ…。

有り得ねえ。無意識に顔が引き攣る。

ほら見ろ、この彼女の冷ややかな視線。

「久しぶりじゃん!」
「こうー、ねぇ今度遊んでよ」

嗚呼、迷惑極まりない。
こいつらの甲高い声が、余計に頭を痛くさせる。

こいつらの言う「遊ぶ」なんて、ひとつしかないだろう。

「お前ら、うるっせえ。もう僕は君たちとは遊ばない!」
「なんでーー!」

一気にブーイングの嵐。…痛い、腕引っ張るなよ、つか触んな。

「本気の愛に目覚めたから」
「…ぎゃはは、なにそれ!」

腹を抱えて笑う女達。好きにすればいい。

「いいじゃん、洸。寂しくなったら、またいつでも誘ってよね」

はあ?なにがいいのか、わかんねぇし。

葉月以外の女なんて、要らない。必要ない。だから。

「愛のないセックスはしたくなーい!」

懲りない彼女達に、そう言い放ってやった。

「ひっどい!」
「行こ」

去っていく女達を、葉月と黙って見送った。

「…洸。あんた、バッカじゃないの?」
「は、葉月のためだろ!」
「誰がよ、自業自得でしょ」

君さえ居れば、それで十分だから。

END.

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