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「魚のいる池で釣りをする」という比喩

マーケティングの世界では、
お客様のことを「ターゲット」
呼ぶことが多い。
直訳すれば「標的」冷静に考えれば
物騒な話だし、とっても失礼な表現
あるのは事実だ。

経営にしてもマーケティングにしても、
「戦略」という言葉を頻繁に使うこと
から分かる通り、元々の理論化の際に
戦争用語をビジネスに当てはめた
経緯
があるので、「ターゲット」の
ような物騒な言葉があるのもある意味
当然である。

とはいえ、今さら異なる言葉遣いを
しても、一般的に通用しにくい。
便宜的に使い続けることになるで
あろう。

そんな「物騒」だったり「失礼」だと
捉えられかねないマーケティングの
表現の中に、お客様を魚にたとえて、
「魚のいる池で釣りをする」
という表現を使うことがある。

当然ながら、釣り人が自分であり、
魚がお客様池は市場である。
お客様を釣り上げる=商品・サービスを
買ってもらうことを比喩的に表現して
いるわけだ。

釣り上げるためには、立派な竿が必要
かもしれないし、切れにくい仕掛けや
糸も必要だろう。
丈夫な釣り針と、そこにくくりつける
新鮮なエサも欠かせない。

しかし、どんなに立派な釣り道具たちを
揃えたとしても
、その釣り竿を垂らす
海、川、湖、池といった釣り場に
釣り上げたい魚がいなければ、
全ての苦労は水の泡
となるであろう。

自分の趣味などが高じてビジネスを
始めるような場合、
この極めて基本的な注意ポイントを
なおざりにしてしまう人が意外と
多い
ようだ。

マーケティングのことを学んだり、
あるいは少なくとも意識さえすれば、
気付くチャンスはきっと訪れるに
違いない。

しかし、どんなに優秀な人であっても、
いざ自分がビジネスを始めた場合には、
肝心な基本中の基本をつい見過ごして
しまうという信じられないことが
起こり得る
のである。

「自分の趣味などが高じて」と書いたが、
結局ベクトルが自分にばかり向いていて、
お客様に向いていない
ことこそが、
うまく行かない根本原因となる。

自分が作りたいもの、売りたいものを、
いかに人に買ってもらうかだけにご執心、
ということでは、まぐれ当たりすら期待薄
となるであろう。

人が欲しいもの、買いたいものを、
エレガントに提示して、気持ちよく
手に取ってもらい、気付いたら財布
からお金が減っていた
、そんな状況を
目指すのがマーケティングである。

そのためには、自分が売るものを
「欲しい!」
「買いたい!」
と思ってくれそうな人がいる「池」に
自ら出向き、「釣り糸を垂らす」こと
が必要
なのだ。

とにかくお客様のいる「池」で釣りを
する限り
は、糸が弱かったとか、
エサがイマイチだったという要因は、
いくらでもリカバリーが効く

しかし、選んだ「池」にお客様が存在
しなかったならば
、糸を変えようが、
エサを新鮮にしようが、リカバリーは
不可能
なのである。

マーケティングにおける基本中の基本
として、自分にばかり気持ちが向いて
しまっていないか、お客様にきちんと
心を向けているか
、常に省みたい。

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