ホームレスと5ユーロ

画像1

1人目:陽気なブルガリア人に電話を貸す


23歳の冬、僕はオランダに飛んだ。特に理由があったわけじゃない。なんとなく海外に行きたい気分だったので、入国制限が緩いオランダを選んだのだ。
オランダ滞在4日目だったか。暇すぎるゆえ、普段やらないインスタライブをしながらオランダの街を喋り歩いていた。

ロックダウンということもあって、オランダの名物とも言える美術館、それからハイネケン工場など、主要な観光名所は全て休館になっている。
退屈しのぎで、終始タバコと酒を堪能していたのだが、それすらも飽きていた。

そんな中、大きなスーツケースを持った男に話しかけられた。急に話しかけられたこともあって、彼の英語が理解できない。
ただ、ジェスチャーから電話を貸してほしいと言っていることだけ理解できた。

正直、かなり怖い。
帰りのチケットも、スマホのオンラインチェックインを利用しているので、万が一にも紛失すると帰国できない。
しかし、彼の困っている様子や大きなスーツケース、オランダ人っぽくない顔立ちから、同じような観光客だと判断しスマホを貸してあげた。

彼は誰かに電話をかけ、その後すぐ「Thank you〜」とスマホを返してくれた。
彼の英語はかなりクセがあり、口調も早かった。たぶん、3割ほどしか理解できてなかったはず。

でも、
>彼はブルガリア出身である
>着いたばかりでSIMカードがない
>友達が白い車で迎えに来てくれる

なんとかこれだけは分かった。
その後、彼の友達がつくまで20分ほどおしゃべりしたのだが、まじで何言っているかわかんなかった。
何やらジョークを言ってくれているのはわかる。だけど全く理解できない。適当なタイミングで愛想笑いをして誤魔化した。

ただ苦ではなかった。僕は新しい体験が大好きだし、少しだけ留学経験もあった。
フィリピンに1ヶ月留学した時も、会話の8割が「really?」だったし、それでなんとかなると知っていた。

そうしている内に、白い車がやってきた。
まあ、結構楽しかったし英語の勉強にはなったなぁ〜なんて思っていると彼が、

「着いたばかりでお金がない。5ユーロ貸してくれ」

と言ってきた。
そんなわけあるか?と思ったけど、ここまで世話してやったのだ。5ユーロ、日本円で500円ぐらいだしあげてもいいかーと思って渡すと、とても喜んでくれた。
「センキューマイフレンド〜」みたいなことを言っていたはずだ。僕には1円もプラスにならない話だが、えらく気分が良かった。

そうか。
知らない人と話すのは楽しいし、いい暇つぶしになるんだ。

そんなことを思った。
もしここで彼と会っていなかったら、その夜、“"2人のホームレス“”に話しかけようとは考えなかったかもしれない。彼はきっと、この日のキーパーソンだったんだ。





2人目:マックにいたホームレスにタバコを分ける

オランダに来てからは、毎晩アムステルダムの街を探索していた。首都アムステルダムはレンガ作りの建物が多く、絵本の世界に踏み入れたような不思議な気分になる。

毎日別々のホテルに泊まっていた僕は、さて今日の街はどんなもんかとホテル周辺を散歩していた。そんな時、大通りの向こう側に2人のホームレスが見えた。
以前、タイやフィリピンに行った際は、大勢ホームレスや物乞いの姿を見たがオランダでは初めてだった。

さて、ここで疑問が浮んだ。
ホームレスの人は夜どう過ごしてるんだ?と。
というのも、僕がオランダに来た数日後、外出禁止令が出されており全ての人は、9時以降許可なく外出してはいけないのだ。1回目、2回目が罰金。3回目は刑務所に入れられるって友達が言ってたっけ?
日本の緊急事態宣言とは訳が違うんだ。

そんな中、ホームレスはどうしてるんだろう?という素朴な疑問だ。
さらに季節は1月の下旬、日本では雪も降っていてかなり寒かった。帰国して分かったんだけど、オランダの方が寒いんだ。
彼らが家なしでどうしてるのか気になったし、お金も分けてあげたい。
そんな思いもあり、「偽善上等」の精神でホームレス達と交流を図ることにしたのだ。


さて、1人目の彼はマックの前で座っていた。
ボロボロのなりで低身長.オランダ人の平均身長は180センチほどだったが、彼は172センチの僕よりも小さかった。
今思えば、彼はネイティブではないのかもしれない。

「Hey〜today is very cold,right?」(今日寒いよね)

合ってるかわからないけど、そんな感じで話しかけたと思う。
彼の声は、今にも消えてしまいそうなぐらい弱く、英語もよく聞き取れなかった。
彼は笑顔…というかニタニタしていたのだが、どうやら僕の吸っているタバコを分けてほしいと言っているようだ。
たいして貴重でもなかったので、迷うことなく彼にそのまま手渡した。たしか、ライターも貸してあげたっけ。

ほとんど会話できずお金も渡せなかったが、初めて自分からホームレスに話しかけた興奮で少し気分が上がっていた。
そんな非日常に浮かれながら、少し遠くにいるもう1人のホームレスの元へ足を運んだのだ。




3人目:ロシア人ホームレスに出会う

大通りで見た時は、毛布にくるまったおばあさんだと思っていたけど、近くに寄るとふくよかな男性だということが分かった。
身なりはボロボロ。毛布にくるまっており、缶詰のようなものを置いてお金を恵んでもらっていた。

「Hey〜 today is very cold,right?」(今日寒いよね)

お決まりのフレーズで話しかけた。
未知の体験の連続で興奮しており、緊張せずに話すことができた。彼は少し驚いた表情を見せた後、穏やかな口調で話してくれた。


「街のみんなは、誰も私を見向きもしない。君が話しかけてくれてすごく嬉しかった。ありがとう」


すごく嬉しかったし、案外普通の人なんだと分かり安心した。
彼の英語はゆっくりでとても聞き取りやすく、それから色々な話をした。
彼は元々ロシア人で、イギリスに10年暮らしていた。英語が上手いのもそのためだという。
数ヶ月前からオランダに来ていて、仕事がなくなり今はここにいるのだそうだ。

5分ほど話した後、元々あげるためにポケットに入れておいた5ユーロを「英語のレッスン代だ」と言って彼に渡した。
「Thank you my teacher!」と言って渡したのだが、すごく喜んでくれた。

その後、特に何かがあったわけでもない。
けど、彼の幸せそうな顔を見ることができて嬉しかった。

思うに、彼は5ユーロもらえたことじゃなくて、普通に話しかけてくれたことが嬉しかったんだと思う。
街の人々は、彼がいないように通り過ぎていたし、僕がかつて、タイやフィリピンで物乞いにあった時も同じような対応をした。


その時思った。
金を渡すっていう、偽善丸出しの行動でも人を幸せにできる。そして、金がなくても‘’ただ話しかける"だけで十分なんだと。


僕はオランダに来てからなんとなく勿体無い精神、「せっかく来たんだし」という思いで食べ物やタバコを買っていた。
そんな自分の行動が恥ずかしくなったし、僕が金を持っていても勿体無いと思うようになった。

かつて僕は、ホームレスや物乞いにお金を渡すのはよくない行動だと感じていた。

「魚を与えるのではなく、釣り方を教える」

どこかで効いたような名言を漠然と信じていたからだ。
昔行った、エライ人の講演会でも「物をあげても解決しない。仕組みをビジネスという形で届けなくてはいけない」みたいなことを言っていたので、なるほどなぁーと思い、物乞いには1円もあげたことがなかった。
だからこそ、今回の出来事は少しショックだった。

やらない偽善よりやる偽善。
後悔前提で行動してみて良かったと思える出来事だった。






4人目:綺麗なオランダ人女性に酒代をあげる

そんなほかほかした気分で、ホテルに帰る道で1人の女性に話しかけられた。
彼女はキョロキョロした様子で、服もそんなに綺麗じゃなかった。話しかけられそうだなーと思ってたら案の定すぐに話しかけられた。

彼女はニコニコ顔で近づいてきて、「1ユーロでどう?」みたいなことを言ってきた。
最初売春してるのかと思った。というのも、僕が泊まっていた辺りは、夜の街として有名だった所で、今はロックダウンで全店閉鎖しているのだ。

だから僕は、「あーごめん、ホテルだから君を連れて行けないんだ…」みたいなことを言ったと思う。
しかし、話しているうちに酒代が欲しいだけだと分かった。
いや、もしかしたら最初は本当に誘われていたのかもしれないけど…

まあ、そんなわけで、1ユーロ欲しいと言っていたんだけど、手持ちの札が10ユーロしかなかったことと、さっきのホームレスのおかげで気分が上がっていたのもあって、

「ごめん10ユーロしか持ってなかった〜」

とジョーダンを言って渡したら、「Oh thx!!」と言って喜んでくれた。
これに関しては偽善とスケベ心だが、退屈な一人旅に刺激を与えてくれたのだ。わざわざ話しかけてくれたことと、英語を勉強できたことも含めると十分だ。

しかし、なかなか綺麗な女性だった。しかも現地のオランダ人だ。かなり気分が上がってその夜のワインは一段と旨かったのを覚えている。

オランダに来て話したのは、入国審査やお店での最低限のやり取り。現地の人と対等に話す機会がなかったので、その時間はすごく楽しいものになった。

そんな体験をもう一度したくて、後日改めて同じエリアで同じホテルに泊まったのだが、ホームレスもその女性とも会うことはなかった。

色々なことが起きた旅だったが、あの夜はたくさんの贈り物をもらった特別な日だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?