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ちょっと前にヨーロッパ横断をした話 3(11/7 ドイツ ベルリン)

ハンブルク→ベルリン

曇り空のハンブルクに別れを告げ、ベルリンへと目指す。
ここで、この旅の中で度々お世話になるFLIX BUSにご対面する事になる。

FLIX BUSはヨーロッパで高い人気を誇る格安バス会社。
緑色にカラーリングされていて、とても分かりやすい。

席のピッチはやや狭めだが、USBポートが完備してあるのが嬉しい。

ここからベルリンまでおおよそ3時間。
ハンブルクを出て間もなく、車窓は漆黒と化した。

FLIX BUSの外観。緑色で分かりやすい。

気が付いたら、ベルリンに到着していた。
ハンブルクの到着の時と同様に、まずはホテルにチェックイン。

今回もhbf(中央駅)から地下鉄に乗って移動。
今回の宿は、皆が宿泊に徹しているという印象だった。誰もお互いの事を干渉しない。都会のドミトリーはそんなもんか。

そう嘆いても仕方がないので、宿の近くにあるビアパブに行くことにした。
ドイツらしい事というと、ビールを飲むこと。
それをしたいだけだった。安直な思考だ。

カウンター席では無く、テーブル席を案内され少し寂しい気持ちになってしまう。と言っても、当時はまだカウンター席に1人で座る度胸は持ち合わせていなかった。

当時は今と違って、ビールに無知であった。
ドイツ語のメニュー表をぼんやり見るのは、客としての自分のメンツを保たせるためだった。
読んだふりを終えると、店員にオススメを聞き、従順にオーダーする。

早く眠ったせいか、翌日は異様に寝起きが早かった。
時間を宿で持て余すのは嫌だったので、早朝から街を散歩することにした。
ハンブルク程では無いものの、ところどころに川があり、景色が開ける箇所がいくつかあった。

橋を渡るところで、川沿いの建物の間からニョッキリ姿を現したのは東ドイツ時代に建てられたテレビ塔。

球体を貫いたレトロモダンな佇まいが歴史的な建物が多く残る街に、溶け込めずにいるようだった。

近郊電車でベルリンの壁の最寄り駅まで移動。
ベルリンの壁を見るスポットは幾つか点在してあるが、今回向かったのは最もメジャーな場所とされる所だ。

駅から歩いて程なくすると、ベルリンの壁が突然姿を現した。
歴史的なものではあるが、特に壁に規制線等は張られていなかった。
それが今でも現役の「壁」として機能しているように思わせた。

人がまばらな感じが寂しさを覚える。

壁沿いに歩くと、壁に幾つのもペインティングを施されているのがわかる。
社会風刺がベースとなったアート作品のようだ。
壁のそばでは、ストリートパフォーマーが楽しそうに演奏をしている。

かつて、東西で分断されていた街、ベルリン。
当時を知る人は、この芸術作品と化した壁をどんな思いで見るのだろうか。

壁沿いを歩きながら、それぞれの絵に思いを馳せていると、突然クリップボードとペンを持った移民と思われる子供たちが押しかけて来た。
3人組で、自分の前方を塞ぐように取り囲んでこう言った。
「移民に対する人権活動の署名をお願いします!お願い!」

クリップボードを不自然なほどに押し付ける、何か相手に混乱を招かせようとしているようだった。

「これは、まずい。」
即座にそう感じ取り、両手で子供たちたちを押しのけた。

相手が子供で助かった。
彼女らは早々に諦めたようで、そのまま自分と反対方向に向かっていた。

一息ついた所で、身の回りを確認。
前方に肩掛けていたウエストポーチのチャックが開いていた。
幸いにも財布は盗まれていなかった。
危うく、旅が中断になるところだった。

地下鉄に乗り、場所を移動にする。
ブランデブルグ門に行ってみた。
ベルリンの有名な観光スポットとされていたので、足を運んでみたものの、その歴史的意義を知らないままでいた。

ブランデブルグ門

当日は、ベルリンの壁崩壊から30周年のセレモニーが行われていた。フェスのような装飾を施されていたが、不自然とも捉えられる秩序さがその場を支配しているように感じた。

期せずとも、ベルリンの壁崩壊30周年という日にベルリンを訪れたのだから、偶然とは恐ろしいものだ。

献花と写真

日が暮れ、ベルリンでの散策も終盤に差し掛かる。
最後に訪れたのは、またしても「壁」だった。
無意味なことだとは分かっていながらも、自分なりにこの壁を今の時代にも残している意味を確かめたかったのだと思う。

先ほど訪れた所とは違い、等間隔で壁が撤去されていて、壁の内側と外側を自由に行き来ができた。
主に東ドイツからの脱走者対策と思われる有刺鉄線が残っていたり、脱走に失敗し射殺された人たちの写真と献花が並んでいた。

ついに、芸術作品ではないベルリン壁本当の姿を現したのだ。

30年前、自分の目の前にある有刺鉄線はその本来の役割に徹し、写真の中の人たちは、まさにその壁の麓で血を流していた。

混沌とした歴史を猛スピードで駆け抜けたドイツという国は、その傷跡を甚だしい程に残すことで、当時の苦しみや悲痛な叫びから目を背けないようにしているのだろうか。

街の外れにあるバスターミナルにて、ポーランドのクラクフに向けて緑色のFlix busに乗る。

夜行の長丁場だ。

(続く)

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