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糸井重里の人生観について 【中田敦彦 心の師弟対談】考察

Q. Motherを作った糸井重里は、どんな人生観なんですか?
A.「地位お金名誉が捨てられない欲」と「極限まで本質を追求したい欲」に葛藤しながら、今日も自由に生きている。そんな人生観。

注意:敬称は省略させていただきます。

始めに

こんにちわ。ぴくむんです。

私は、
小さい頃から実生活で役に立たない学問ばかり教えられる。
「現代社会でダイレクトに役に立つ学問がない」
研究は、勉強の醍醐味であるのに大多数の人がやっていない。
「大多数の人は研究をする機会がない」

ことに対して疑問を覚えていました。そこで、

国なんてあてにせずに
自分の力で「実生活に直接役に立つ学問の確立」することや、
大学に行かなくても「誰でも研究できる環境の整備」する活動を始めようと思いました。

この記事では、「実生活に役に立つ学問の確立」の一歩として、成功している人物の人生観について考察してみました。人生観の参考になれば幸いです。

それでは、よろしくお願いします。

本文

この世には、本質とテクニック二つのものがある。しかし、この二つの行き着く先は全く違うにもかかわらず、混同しやすいものである。

例えば、プレゼンするときにスーツをきた方がいいとかはいわゆる本質ではない。本質は、自分のアイディアを相手に伝えることにもかかわらず、綺麗なプレゼン資料を作ったり、小綺麗な格好をしたりなど、それは本質ではなくテクニックである。

糸井重里という人物は、「目的(本質)」と「手段(テクニック)」逆転することを嫌う。テクニックは、地位お金名誉に直結し、自分も欲求があるので否定できないが、どうしても本質を失われるのは許せない。

そうしてキャリアを積み重ねていく40代で、一人だけで本質だけを追いかけても限界があるということに気がついた。

そんなある日、釣りという新しい趣味を始める。
彼は、そこで釣りのプロと話すことになるが、
・釣りの業界で起きていることと自分の業界で起きていることは本質的にはあまり変わっていないこと
・釣りの業界では自分は無力であるということ
に気がついた。
そんな、釣りを通した気づきによって、さらに本質を見抜く力が備わった。

そして、彼は「日本人は働いていない」というところに行き着く。

ここでとある記事を引用する。

「僕たち技術開発者は、通常業務が終わったあとに残業までして小さなおにぎりの作り方を試行錯誤している。でも消費者は全然喜ばず、「こっそり小さくしている」とSNSに書かれるんです」
 渡辺教授はその際に思った。
「企業や労働者が、誰も報われないことをやっている、悲しいニッポンだ」と。
https://blogos.com/article/522802/?axis=&p=2

この記事は、とある教授がコンビニ企業に視察に行った時の一コマである。
日本人は日夜一生懸命残業して、働いているにもかかわらず、「おにぎりをいかにバレずに小さくするかという」全体でみた時に全く生産性のないことを嘆いている場面である。

仕事の本質を見誤っているいい例だと思う。

このような現実に対して糸井重里は、憤りを持つ。
これではダメだと。ちゃんと、本質的な意味で働きたいと思った。
しかし一人では限界がある。だから、チームを作るようになった。

彼はチームで仕事する上で、「やってはいけないこと」を追求した。

世の中にはネガティブリストとポジティブリストというものが存在する。
ポジティブリストは、やっていいことをリスト化し、他は禁止する。
ネガティブリストは、やってはいけないことをリスト化し、他は全てOK。

彼は、ネガティブリストのような考え方を採用した。
その中で「目的(本質)」と「手段(テクニック)」逆転させてはいけないことを一番重要視している。

具体例として、
・プレゼンシステムでは通すためのテクニックが発生してしまうので、企画会議ではプレゼンシステムを廃止
・もし規則守ることが「本質的な仕事」に結びつくのであれば今頃日本はこんなふうになってないので、一般的な規則を守ることを重要視しない。やることやれば、別に昼間から映画見に行ってもいい。

極め付けは、
ネガティブリストのリスト化を追求しないこと。
リスト化を追求することは仕事の本質ではないからである。

最後に彼は、
世の中には、「規則を強制されるグループ」と「本質を追求するグループ」が存在する。その本質を追求するグループの問題点として、勝たなければ腐ってしまうということに言及した。

まとめ

彼は、別に勝つことには興味がない。

彼は本質を磨き続け、それを追求したいが、地位お金名誉も欲しい、そんな欲求があるから、テクニックの必要性も理解している。そんな葛藤を抱えながら、本質の追求とテクニック必要性を天秤にかけながらも、今日も楽しく自由に生きている。
そんな人物であると考察する。

あとがき

いかがだったでしょうか。

最初に動画を見ていて、彼の発言を理解できないところが多々ありましたが、こうやって文面化し、足りないところを穴埋めすることによって、彼の発言が一貫していることにやっと気がつきました。

彼にとって、当たり前なので話さなかっただけだと思いますが、私みたいな凡人にとってやっぱりもう少し丁寧に話してくれるとありがたいなと思いました。
それと同時に自分も当たり前だと思って話してないときは、きっと「こいつ何言ってんだ」と思われているのだろうなぁと思ったので、なるべく当たり前を書いていくとこによってより、わかりやすい質の高い記事を書きたいですね。。。

あと最後に、シリコンバレーでは、googleのような自由な働き方がされているが、その自由という権利と引き換えに義務として勝利が課されているということを忘れてはいけないですね。勝ち続けているからこそ、あのような働き方が許されているのである。勝ち続けることこそがネガティブリストのような自由な生き方の対価なのだと私は思いました。

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冒頭繰り返しになりますが、もう一度言わせてください。

私は視野の広さと興味を持てる範囲、そこから物事を考える力、素直に相手の声を受け止める力は誰にも負けません。
なので、もしよろしければ、こんな私を推してください。
推してくれたあかつきには必ず歴代史上最高に役に立つ学問を作ってみせます。

わざわざ、こんな小難しい長い弱小記事をちゃんと最後まで読んでくれるそんな貴方が大好きです。本当に感謝しています。
ありがとうございました。

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