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『落語手帖』を読んだ

2021/8/11、家にて読了。圓朝忌のこの日に読み終わりたかった。

三遊亭圓朝、人情噺の金字塔『芝浜』『文七元結』や大長篇の怪談噺『真景累ケ淵』をものした大落語家である。アニメ『昭和元禄落語心中』で主人公にとって最も重要な噺として描写されたり、近年米津玄師さんが楽曲化したことでも有名な『死神』も、圓朝の翻案によるものだ。

圓朝を偲びながら、落語愛に溢れた本書を読むことができたのは幸運であった。『落語手帖』は、大衆芸能論の大家・江國滋が、まだ何者でもなかった頃に執筆した処女作である。ただの落語好きの青年が書き記した、紙面からこぼれ落ちそうなピュアな落語愛。好きなものについてひたすら語るひとはいつだって好ましいものだ。

冒頭の「『火事息子』における親子像」が素晴らしい。江國の考察により、勘当を経験したため互いに素直になれない親子像が細やかに浮かび上がり、つい目頭が熱くなってしまう。

今では廃れた時代風俗についても豊富に言及されており、すくにでも落語を聴きたくなる。普段落語を聴く時は、よく知らないが故に江戸時代の服装の描写を聴き流してしまいがちなだけに、「服装描写考」の章は特にありがたかった。服装を知ることで、鮮やかに立ち顕れてくる人物像がある。今後も辞典のように使えるかもしれない。

桂三木助等、往年の名人たちとの交流録は、故人をぐっと身近に感じられる。今はもうテープでしか聴けないが、当時の高座の熱狂が想像されて、同時代を生きた人々が心底羨ましくなる。やっぱりこの目で観てみたかった。テープ越しの嗄れ声は、聴き取れないことが多くてやきもきしてしまう。ぼくの耳がまだまだ肥えていない証拠だ。

いちいち書き連ねるときりがないが、落語に詳しくなればなるほど、より新しい発見がありそうな予感がする本だ。落語の初心者にはわかりやすく落語の奥深さを垣間見せてくれるし、聴き巧者が読めば一緒にニヤリとできるような本。そんな芸当を可能にした江國滋の深い落語愛には、落語好きの端くれとして頭が上がらない。

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