📝怒鳴られたことで得たものもある。

１年以上前に書いた記事が、ありがたいことに、いまだに多くの人に読まれている。
HSS型HSPに興味がある人や、私と同じように、声が大きい男の人が苦手な人が多いのだろう、と勝手に推測している。

「大きい声」というと「怒り狂って怒鳴り散らす」というのを想像する人がいるかもしれないが、私の場合、普通の会話、たとえば「おはよう」などというものであっても、声が大きいというだけで怖い。
聞こえてるのでもう少しボリュームを下げてほしいし、リモコンで人間の声量調節をできたらどれほど生きやすくなるだろうか、と思う。

対面の場合、こっそりと物理的な距離をとり、少しでも小さく聞こえるよう努力をするのだが、そういう人はなぜか１歩下がると２歩近づいてくる傾向にあるように思う。
パーソナルスペースが狭い人も苦手なので、二重苦だ。
そういった意味でも「SOUND ONLY」の通話会議は、対面よりも少しだけやりやすい。

高齢者の場合、自分の耳が聞こえにくくなっているせいで大きな声で喋る人がいる。
これは仕方がないとは思っているが、やっぱりどうしても苦手意識はある。
女性の場合はなんとなく大丈夫で、男性のときは怖さを感じることがあるので、やっぱり男性の大きな声がどうしても苦手だ。

私のなかで「声が大きい」と認定された人は、たとえ普通のボリュームで喋っている場面があったとしても「またいつか大きな声を出すのでは」と思ってしまうので、できるだけ避けることにしている。
もともと声が大きい人に対しては申し訳なく思うが、「怒鳴る」「わめき散らす」など、自分が思いどおりにいかない場合の発散手段として大きな声を出す人は、そうすることでしか解消できないケースが多いので、私との相性は最悪だ。
まあ、私とだけではなく誰との相性も最悪だとは思うけれども。
こういった人の場合、声を荒らげたことに気づいていなかったり、忘れてしまっている人もいるので、こちらからの「怒鳴らないでほしい」という指摘に対し、「怒鳴ってない！」と怒鳴ってくる人がいるので困りものである。
「かかわらない」以外の選択肢はない。

また、HSPの特徴として「他人の機嫌に左右される」というものがある。
思いどおりにいかないとイライラする人などは、私にマイナスの影響しか与えない。
かといって、いつでも上機嫌な人というのはなかなかいないし、強制されたってなかなかできるものではない。
私の周囲にいる人は、いつでも上機嫌というわけではないけれども、「静」とか「無」みたいな、とにかく「凪」の人が多い。
自分の機嫌のとり方を自分できちんと把握している人。
ストレスを「他人」で解消せずに浄化できる人。

そんな私だけれども、１人だけ「あのとき怒鳴られてよかった」と思える人がいる。

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なんとしても最短距離で社会人になって家を出なければならなかった私は、高校卒業後、マスコミ系の勉強ができる２年制の専門学校に行き、編集プロダクションに就職した。
ジャンルや形態にこだわらず、紙の出版物に携われれば何でも良いと思っていたところ、運良く、言えばたいていの人は読んだことはなくても誌名を聞いたことはある週刊誌の編集部に配属され、誌面のデザインや整理部のような仕事をした。
どんなことでもがんばってやろうと思った。

何にでもなれるような専門学校を選んでいたので、ひととおりの基礎の基礎はそこで学んだ。

入社時は20歳。
所属は編プロだが、自分の会社ではなく、出向先の週刊誌の編集部に自分の席があり、直行直帰で仕事をした。
大卒者ばかりのなかに入っていったため、編集部内では最年少だった。

若いから、ということもあったとは思う。
まわりのおじさんたちはみんな優しかった。
とくに私は野球観戦が趣味ということもあり、いろいろな人が野球の話題をもって話しかけてくれた。
いままでセ・リーグしか見ていなかった人もパ・リーグの話題を出してくれたり、私が語り散らかす社会人野球の話をうんうんとていねいに聞いてくれた。
とにかく自分で稼いで自分で生活できていることが嬉しかったし、右も左もわからないまま、おじさんたちに甘やかされながらのほほんとした社会人生活がスタートした。

入社して２カ月が経ったころ、日本中を騒がせる大きな事件があった。
編集部内も慌ただしくなり、つねに緊張状態にあった。
「ゆっくり教わる」時間なんてない。
とにかくやる。
やるかやらないかとか、できるかできないかとかじゃなく、選択肢は「やる」しかなかった。
自分にできることをやる。
大きなことはできなくても、自分に与えられた、隙間を埋める小さなことをしっかりやる。

たったの２カ月。
働いたつもりでいたけれども、全然働けていなかった。
ひとつスイッチが入った瞬間だった。

ほどなくして、編集長が交代になった。
「まじかよ」とか「おっかない人が来る」とか、前評判は散々だった。
おじさんたちにぬくぬくと甘やかされていた私は、恐れ、怯えた。

新しい編集長は、想像以上だった。
まず見た目が怖い。
少し長めに揃えた髪は豊富だがほぼ白髪で、メガネは色付き。
屋内にいるのに色付きメガネなのだ。
「サングラス」というより「色付きメガネ」という感じ。
ただものではない。
いままで遭遇したことがない種類の人だった。

まあでも、出入り業者の下っ端の私が編集長と直接話す機会なんてそうそうないだろうし……と高を括っていたのだが、そうもいかない場面がすぐに訪れた。

日本中どころではない。
世界中が恐怖する事件が起こった。

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その瞬間、私は家にいた。
テレビのニュースから流れる映像を見て最初に思ったのは、仕事のことだった。
「これ、明日どうなるんだろう」
動きが変わることは確信していたが、どう動くかを決めるのはもちろん私ではない。
その判断に瞬時についていくこと。
そのなかで、私にできることは何か。

「やる」しかないことを数カ月前に学んではいたが、どうやるのか、どう立ち回るのかはまだまだわかっていない。
基本的にはおじさんたちに甘やかされているままのひよっこなのだ。
でも、それでも「やる」しかない。

仕事をしていれば、平穏なことのほうが一瞬で、だいたいは慌ただしく対処していかなければならない。
次。次。次。

状況は刻一刻と変化し、編集部内はつねにバタバタとしていた。
上がったデザインのチェックはふだんなら記者やデスクにしてもらうのだが、その日はなぜだか編集長に見せに行くことになった。

仮の見出しと仮の写真を渡されていただけの状態で、おおよそ想像される完成形の誌面デザイン見本を提出した瞬間のことだった。

「どうしたらこんなもんが出せるんだ！！」

編集長の席は大きなフロアのすみっこのほうだったが、フロア全体に響き渡る大声で怒鳴られた。

「中身理解してないからこうなるんだよ！！　ちゃんと読んで作れ！！」

「すみません……」

びっくりしすぎて一瞬声を失いかけたが、なんとかふりしぼって謝罪をし、深く頭を下げて自席に戻った。
みんながこそっと心配しにきてくれたが、すべての感情がふっとぶ恐ろしさに、うなずくのが精一杯だった。

言い訳しようと思えばいくらだってできた。
材料はこれしかなかったんだ。
見出しも写真も仮の状態で、差し変わることが確実だったし、もちろん本文原稿はまだ上がっていない。
「中身理解していないから」とか言われたって、理解するための素材がないのだからどうしようもない。
ただ、そんなことを言っても仕方がないし、そもそも素材が揃っていたとして、私はきちんと中身を理解してデザインできていただろうか。
これまでも、そこのところをきちんと考えて仕事していただろうか。
甘やかされていることに甘えすぎていなかっただろうか。

担当デスクにこっそり「ごめんね」と謝られたけれども、私は怒られて、怒鳴られてよかったと思った。
だって私が悪いんだもん。
ちゃんと考えてなかった私が悪い。
自分のせいで怒鳴られたんだからどうしようもない。

見出しと写真と原稿が揃った時点でまったく新しいものへと組み直し、編集長へ提出すると、薄く笑って「いいんじゃん？」と言ってくれた。
編集長の笑った顔を初めて見た瞬間だった。

入社して半年が過ぎたころの出来事だった。
いまの私は、あの怒鳴り声があってこその私だ。

理不尽とも言えなくはないが、よく考えてみると、まったく理不尽ではないのだ。
仕事に対する姿勢としては当たり前のことで、そんな当たり前のことを知らない私に、当たり前のことを教えてくれたのだ。
見た目はやっぱり怖かったけれども、一気に好きになった。

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編集長交代のときがきた。
その少し前に社内で配置転換があり、私は別の編集部の仕事をしていたのだが、送別会に呼んでいただいたので参加した。
久しぶりに会う編集部のおじさんたちはなつかしく、やっぱり優しかった。

立食パーティだったし、すみっこのほうでおとなしくしていようと思ったのだが、なぜだか「編集長へのひとこと」を言うことになってしまった。

もともと人前で喋るのは好きじゃないうえに、この編集部に顔を出すのが久々の私が挨拶なんてしていいものかと思ったが、皆に押されて仕方なくマイクを握ってしまった。
言うことは、あのときのことしかないな、と思った。

「編集長が就任されてまもなく、私にとっては入社して半年がやっと経ったころ、大きな事件がありました。
そのときに怒鳴られたことを、私はいまでも昨日のことのように覚えています」

参加者からは笑い声が聞こえた。

「いきなり当たっちゃったか〜」
「かわいそうにねえ」

編集長はというと、「俺そんなに怒ったか？」とでも言いたそうな顔で、やっぱりみんなと同じように笑っていた。

「締め切りギリギリまで写真も原稿も、見出しさえ決まらない、というよりは『決められない』といった状況のなか、仮の見出しと写真とだけで仮のデザインをして、記者とデスクに文字数を伝えなければならないときに、そのデザインを見た編集長が、フロアの端から端まで響くような大声で『どうしたらこんなもんが出せるんだ！！』と怒鳴ったんです」

参加者たちは「かわいそうに」と言いながらもゲラゲラと笑っていた。
編集長も笑っていた。

「とっても怖かったです。
『だってまだ全部仮の素材しかもらってないですし！』とか言える立場でもないし、とにかく謝るしかなかった。
でも、とっても怖かったんですけど、社会人になってまだ半年、何にもわかってないときに怒鳴られたあの一言こそが、この編集部を離れたいまだからこそ響いてきていて、私がやらなきゃいけないこと、私が考えなければいけないこと、私が知っておかなければならないこと、全部があの一言に詰まっていて、右も左もわかっていないあのころに怒鳴っていただいたあの言葉は私の一生の宝物です。
ほんとうにありがとうございました」

あんなに笑ってた人たちが、一斉に静かになった。
いや、そんな深刻な顔しないでよ、と思った。

編集長がマイクのスイッチを入れた。

「いやあ、すまなかったね、全然覚えてないんだけどね」

そう言って、色付きメガネの奥に見える目を細めた。

「でも、あれだよ、あれ。
あのときはね、大変だったよね、みんな。
やっぱりさ、誌面作るってのは、みんなでやらなきゃなんないからね。
ちゃんとやっててくれたと思うよ、うん」

精一杯の褒め言葉だ、と思った。
ああ、やっぱり怒鳴られてよかった。
この人に認められるものをつくることは、この雑誌だけではなく、これからこの業界でやっていく私にとって、とてもたいせつなことだったんだ。
入社して半年でこの人に出会えたという巡り合わせは、感謝しなければならない。

そして、やっぱりみんな笑いながら私のところに来て「たいへんだったね〜」と言った。
全然心配してない感じがすごくいい、と思った。

私が所属する編プロの社長がこちらに来た。

「いいスピーチだったよ」
「ありがとうございます」
「あのね、あれはね、一番たいせつなことだよ。一番たいせつなことを最初に教わってたんだね」

当時、社長は同じ編集部には常駐していなかったので、そのときの様子を知らなかったようだった。

社長からも「たいせつなことだ」と言われて、私がそれを「たいせつなことだ」と理解できていたことに嬉しさを覚えた。
おじさんたちは私を甘やかしていたばっかりじゃなくて、私にいろいろなことを教えてくれていた。

世間知らずでまだまだ純粋で、お遊びのようなものとはいえ編集部内でいろいろ騙されたこともあった。
「やってやったぞ！」と思った瞬間、やり返されたこともあった。
とんでもなく賢くて、とんでもなく仕事ができる人たちのなかにいきなり放り込まれたことは、とても幸運なことだった。

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最近、とある方から、10年以上ぶりに電話がかかってきた。
当時すでに60歳過ぎだったし、なにかの間違いではないか、と思ったのだが、とても元気そうに近況報告をしてくださった。

10年以上前といえば、あの送別会の数年後とはいえまだまだひよっこで、世間知らずで、それゆえなんでもできる気になっていた生意気な時期だ。
そんなころにがっつりかかわった方だった。

まだ私のことを覚えていてくれたということ。
電話番号を残しておいていてくれたということ。

久々にお会いし、昔のことをいろいろ思い出して盛り上がった。

そして、現在の私の仕事ぶりについて褒めていただいた。

「実は、いまの私があるのは、社会人になって半年のころに出会った、あの編集長にあるんです」

共通の知り合いである編集長の名前を出すと、とても驚いていた。

「いやあ、久々にその名前を聞いたよ」
「私も久々にこの名前を口にしました」

そして、怒鳴られたあのときのことを話した。

「いまだったら、あの広いフロアの端から端まで響くような大声出した時点でアウトですけどね。
ほんと、そういうところが不器用な人だったけど、言ってることは何一つ間違ってなかった。
ただ、言い方はどうかと思うし、当時だから許されてたけどいまだったら……」「彼はああいう人だったね。いまだったら一発でアウトだね」
「ですよね」

当時もいまも、伝え方としては間違っていると思うけど、怒鳴られたのがあの時代でほんとうによかったと思う。
なんでもかんでもすぐに「パワハラだ」と言われかねないいまの時代だったら、あの言葉を聞くことはできなかっただろう。

そして私たちはもう、一生あの怒鳴り声を聞けない。

あの送別会の数年後、50代前半で、あっけなくこの世を去ったのだった。

「年下を見送るのはつらいもんだよ」

70歳過ぎの大先輩は、猪口をコトンと置いてそうつぶやいた。

「そういえば、私たちが最後にお会いしたのは、私の先輩の葬儀の日でしたね」
「ああ、彼を見送らなきゃならなかったのもつらかったな。もう何年になるかな」
「震災のすぐあとです」
「そうか……」

急死だった。
もともと体が強いほうではなかったが、ほんとうに急だった。
いまでもふとした瞬間に、タバコを持った手で頭を掻きながら笑う先輩がそのへんにいるような気がしてしまう。
ほんとうに急だった。

共通の知人を２人も亡くしていることに、なんともいえない気持ちになった。

70歳過ぎの大先輩を前にして、私はとんでもなく、とてつもなくすごい人たちに甘やかされてきたようで鍛えられてきたんだと思った。
あのときの先輩の年齢に近づいている。
タバコを持ったって、頭を掻いたって、全然近づける気がしなくて悔しい。

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数年前から言っていることだが、私を育ててくれた大先輩たちへの恩返しとして、自分の活躍だけではなく、後進の育成に力を入れていきたいと思っている。
私が教わってきたことを、下の世代に伝えるということは、業界にとってもとても有益であると思っている。

そんななか、私より数年〜数十年長くこの業界にいる人たちとご一緒させていただく機会が最近多くあるのだが、皆違う畑で育ってきたにもかかわらず、同じようなことを言うのがとても嬉しい。
私が信じてきたもの、たいせつにしているものと共通することが多く、私は間違ってなかったんだな、という確認になっている。

あの編集長のように、大声で怒鳴るのはどうかと思う。
ただ、「言うべきことを言わない」のは間違っていると思う。
幸い、私についてきてくれる子たちは、あのころの甘ったれた私が見たらびっくりするくらい元気な子が多くて、私もまだまだ負けてられないな、と思う。
あのころの私と同じ、20代前半くらいの子たちの元気の良さには驚かされる。

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あの編集長がただ理不尽に怒鳴り散らかすだけの人だったら、いまの私は絶対にない。
きちんと意味のある言葉をぶつけてくれたことに、感謝の気持ちでいっぱいだ。

毎年毎年「あと何年生きなきゃなんないんだ」とか言ってる私たちだけど、会いたい人には会っておかないとダメだな、とも思った。
もうちょっと待っててね。