連載小説(31)漂着ちゃん
「エヴァさんは『いちばん最初に来ただけ』とおっしゃいますが、その事実こそがこの町の指導者となる権威になるのではないですか?」
「自らが先頭に立つという気持ちはありません。今まで、不満があってもAIを止めなかった理由の一つでもあります」
「どういうことでしょう?」
「私は『漂着ちゃん』第1号として、この町にやって来ました。だから、誰よりも所長と相対しています。頼る人が誰もいなかった。だから、たとえAIでも誰かにすがるしか選択肢はありませんでした」
「しかし、所長とやり取りする中で、違和感が大きくなっていった。だから、所長を止めたのですね。ところで、もう前々から所長というAIの止め方をご存知だったのですか?」
「所長と会うようになって、比較的早い時期に、地下室の中で緊急停止マニュアルを見つけたんです。それを見た時には何を意味するマニュアルなのか、私には分かりませんでしたが。言葉というものは、時代とともに変化します。弥生時代の言葉が現代人には理解不能なのも、現代人がAge3500に生きる未来人の言葉を理解不能なのも、同じようなものです」
「そうか。言われてみれば当然のことてすね。エヴァさんはそのマニュアルを解読したのですね」
「はい、解読しました。誰にも相談できる人はいませんでした。そして、もちろん私1人で解読できたわけでもありません。だからAIの力も借りました」
「たいへんだったでしょう?」
「そうですね。完璧に解読できたという自信はありましたが、ほかに話せる人はいませんでしたから、不安はありました。所長を止められるかどうかは一か八かでした」
「しかし、この通り所長は、完全に停止しています。やはり、この町を知り尽くしているあなたが、指導的な立場になるのがベストなのではないですか?」
「いえ、私はなりません。なりたくありません。このマニュアルを見てください。私があなたこそリーダーになるべきだという私の気持ちが御理解いただけると思います。私が解読したマニュアルです。私の推測ですが、この文字に見覚えはありませんか?これはあなたの文字ではないですか?」
私は手渡されたマニュアルを見た。私には何が書いてあるのかはわからなかった。しかし、それは明らかに私の筆跡だった。
「これは私の文字に間違いありません。未来の私が書いた、ということなのでしょうか?」
「おそらく、所長の産みの親であるあなたは、いざという時のために緊急停止マニュアルを作っておいたのでしょう。停止の仕方それ自体はさほど複雑なものではありません。3つあるボタンを押す順番さえ間違わなければ良いだけですから。ただマニュアルは未来の言葉で書かれていましたし、暗号化されていました。だから、慎重に慎重を重ねて解読する必要がありました」
「しかし、この先はどうすべきでしょう?私も今日ここへ来たのは、所長を停止するためでした。とりあえず、止めることしか考えていなかった。エヴァさんがいらっしゃるとは予想だにしていませんでした。こうして所長を止めることは出来ましたが、この地下室を一歩出たら、大騒ぎになるのではないですか?」
「どうでしょう?私にも良くわかりません。ただ、この町の住人は、あなたが思うほど多くはありません。お気づきになったかどうかはわかりませんが、あなたをここに連れてきた収容所の護衛官は人間ではありません。私にも全貌はつかめていませんが、『漂着ちゃん』以外は、ほぼAIロボットなのではないか、と考えています」
「そうなのですか?見た目ではまったくわかりませんでした。もしかしたら、本当にここを牛耳っている人物が別にいるのでしょうか?」
「どうでしょう?この町に、所長以外に裏で糸を操る人物がいるのかどうかは、私にもわかりません。憶測でしかありませんが、所長のようなAIではなく、裏で糸をひく生身の人間がいるのではないか、と感じています。何の根拠もないのですが」
…つづく
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