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短編小説 | モンスター

 私はかつて、職業安定所に勤務して、数多くの方に仕事の斡旋をして参りました。
 私が相談を受けて、実際に職に就くことができた方の数は、おそらく千人をこえていることでしょう。

 こういう言い方をすると、あたかも私は立派に自分の仕事を遂行してきたと思われる方も多かろうと思います。

 しかし、安定所で働く職員は、公務員ではありますが、必ずしも正職員というわけではありません。パブル以降は、派遣社員にできる業務が広がりました。その波は、職業安定所とて例外ではありませんでした。現在では、職安で働く人の大半は、派遣労働者にとってかわられました。かくいう私も派遣職員に過ぎませんでした。


 私は毎日のように、ウソばかりついておりました。相談相手に向いている仕事か否かということは、私にはどうでも良いことで、どこでもいいからさっさと職に就かせることばかり考えました。

 相談相手が持ってきた求人表を見れば、条件反射的に「お似合いの仕事だと思います」と言うことを繰り返しました。

 だって考えてもみてください。職安に来る人の大半は、職探しではなく、失業手当てを受けとるために来るんです。手当てをもらうためのパフォーマンス、というと語弊がありますが、単なる形として私のところにやってくるだけです。

 今ではだいぶ変わったようですが、私が相談員をしていた頃は、月一度の失業認定日に、新聞の折り込み求人を見ただけでも、「求職活動をしている」と言っても就職活動をしていると見なされていました。


 このころからでしょうか?

 仕事にやりがいなど見いだせなくなり、精神的におかしくなったのは。いえ、もっと前からおかしかったのかもしれませんが。
 職安で働いていたにもかかわらず、真面目に働くことがバカバカしくなりました。私は職安をやめました。代わりに、株に投資したり、デタラメな英語を子どもたちに教えて、食いつないでいました。

 そして、私自身が精神疾患をわずらい、息子や娘との関係もギクシャクし始めました。

 わかってはいるんです。なにをやってもうまくいかない原因は。
 私には、虚言癖があるんです。

 自分の思いどおりにならないことがあると、常に相手のことを力でねじ伏せてきました。「謝ったら負けだ」という意識が、私の根底にあります。

 だから、極端な話をすれば、私が何か犯罪行為をおこなって、現行犯逮捕されたとしても、私は決して自分の罪を認めはしないでしょう。

 盗んだことが悪いのではなく、私の目の前に商品が置いてあったことが悪い。私を窃盗せしめるようにした日本経済が悪い。雨が降ったのが悪い。生理中でイライラしていた私の体調が悪い。
 間違ったのは、私ではなく、そのような原因の一つ一つが悪いからだと。


 私のこういう、どす黒い性格は、SNSでも遺憾なく発揮されています。

 相手にブロックされているにもかかわらず、私はいつも「クリエイター問い合わせ」を使って、相手に変態メールを送りつけていました。今まで私は自分のおこなってきたどんな過ちも、相手をねじ伏せることでもみ消してきました。

 「なりすまし」のせいにする、ということを思いつきましたが、勢い余って相手に「佐代子」という本名を言ってしまったことを忘れておりました。

 私は、紛れもなく佐代子なのです

「なりすまし」なんていないんです。

 なんどか正直に告白して、謝罪しようかな、と思ったことがありました。
 しかし、虚言癖は私の一つ一つの細胞に染み込んでいて、謝罪なんてできません。なぜなら、私が心の底から反省など、かつても今も、したことがないからです。

 私にあるのは、承認欲求だけです。
 鏡の前に立てば、自分でもギョッとするくらいの醜い顔が現れます。しかし、私は言うんです。

「鏡よ、鏡、世界でいちばん美しいのはだ~れ?」
「佐代子」

 こんなくだらない自問自答を繰り返しています。

 自分でも頭がおかしいと思います。こんなに絶命したくなるくらい気持ちの悪い醜い顔なのに、「美しい」と言っていなければ心が折れてしまいそうで。

 SNSでは、メールやコメントを書き散らしました。
 相手の記事など、ろくにタイトルも覚えちゃいませんし、「いいね👍️」も押していません。なぜならそれは私にとって「敗北」を意味するからです。

 私はチヤホヤされることだけを望んでいます。それに私は優秀なので、他人のくだらない記事を読む必要がありません。
 


「なぁ、あの詐欺で逮捕されたオバハン、そうとう頭がいかれてないか?」

「そうだな。自分のウソを貫くために、佐代子なのに佐代子ではないと言い張るのだから

「やりたいことがイミフだな」

「イミフはいいが、他人を巻き込むのはやめて欲しいな」

「バカは死ななきゃ治らないというが、ああいう頭のイカれたオバハンっていうのは、ゴキブリと同じような生命力があるから、世の中、不条理だよな」

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