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夢Ⅰ(24)

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☆主な登場人物☆

❖ ❖ ◆ ◇

地平を離れた太陽は、思った以上に高度を上げていた。空には、小さな雲が一つ気持ちよさそうに漂っている。おそらくあの雲は、リックの心境になど微塵も関心がないのであろう。暗たんとした気持ちで空を見上げるリックを《茶色》が呼び止めた。「手伝ってくれ。」《茶色》に続いて《水色》がテントから顔を出した。

 

サラリと背の低い緑草が踝を擽り、地面を踏みしめるサンダルからじわりと温もりが伝わってくる。一行は《茶色》を先頭に、みるみると高度を上げる太陽に向けて歩みを進めた。草原には調律を乱すように、数本の木が、ポツポツと生えている。その中に、太陽を背にして人工的なシルエットが1本、スラリと立ち上がっていた。以前、リックはその「石柱」の話を《茶色》から聞いた。石柱の下には、大きな倉庫があること、倉庫には彼らの中でも限られたものしか入れない事。好奇心から、リックは日の出前に何度か、その石柱の傍まで来たことがあった。綺麗に磨き上げられた石柱は、もとは一枚の岩だったのか、その表面に継ぎ目らしきものは見られなかった。石柱の脇には、ヌエ3人が横に並んでも十分余裕があるほどの立派な石の階段が地下へと延びる。階段を降り切った先が、巨大な石の壁で塞がれていることもリックは知っていた。立派な彫り物が施された壁面は、長い年月の間に風化し、所々ザラリと欠け落ちている。石柱同様、継ぎ目のない石壁の表面は、手を触れるとヒヤリと冷たく。まるで、壁自身が外界に、全く興味を示していないように感じられた。

 

石壁の前まで来ると、それまで《茶色》のあとを歩いていた《水色》が、前へと進み出た。彼は、右手を額の前で一握りする仕草をした後、石壁の一部、ちょうどリックの目線の高さにある彫り物の空白の一片に手を翳した。巨大な石壁は、考え事をするように一拍置き。次の瞬間、音もなくスルスルと沈んだ。流れるように、リック達の足元、石畳を構成する模様の一部にコトリと収まると、動かなくなった。

リックは、突然の出来事に、意識を完全に奪われ。石畳から目が離せなくなった。足の止まったリックの背中を、《茶色》がそっと支え、先を促す。石壁が無くなり出来た大きな空白へと、《水色》が入って行く。促されるままに、リックも後に続いた。歩を進めながらもリックの視線は、石畳みの一部。違和感なく床の模様に溶け込む、ついさっきまで石壁だった部分に奪われていた。

太陽の光が完全に力を失ったころ、3人は半球状の大きな部屋へと出た。肌に触れる空気は、わずかに湿り気を帯び。それとは対称的に、五感が感じ取る空気は地上よりも清らかに澄んでいる様に感じた。大部屋の壁面には、一面に模様が掘り込まれていて、青白い光を発する奇妙な石が模様の合間から室内を照らしている。部屋に踏み込むと、ヌエ達の羽織りの刺繍が、青い光に答えるように、ポゥと金色の輝きを帯びた。模様のなかには、リックの記憶を刺激してくるものもあったが、その記憶が、いつのものなのか思い出せなかった。時に弱く、時に強くなる青い光は、まるで互いに会話をしているようで、青い光を受けた壁の模様が金色に浮かび上がっている。大部屋の先は、同じか少し大きな部屋へと繋がっていた。《水色》は、リック達が二つ目の大部屋へ入るのを確認すると、石壁にしたのと同じように、今度は、今来た部屋との境の空に手を翳した。

すると、今度は足元の模様の一部がスルリと立ち上がり、隣の部屋との間に空いた空間を塞いだ。リックは、さっきほどの衝撃は受けなかったものの、もはや、草原の地下にいる自分は完全に置き去りになっていた。その脇で、《水色》が、床から立ち上がった壁面の、不規則に飛び出している突起のいくつかに触れる。彼に触れられた突起は、白い光をしばらく称え、元のただの突起に戻った。何も起きない。静かに時間だけが過ぎていく。空気が、徐々に冷気を帯びてきているように感じたとき、「これを着る。」と隣にいた《茶色》が自身の羽織りをリックに差し出した。リックは、羽織りを受け取るほど信頼されていることに驚きと感激を覚えながら、足元がとても静かに動いていることに気付いた。地下へ向かっている。「すごい。」「高い技術力。」「君らは。何故、あんなに素朴な生活を。」「君らが造ったのか。」「もっといい暮らしが出来るのではないのか。」止めどなく疑問が溢れた。興奮していた。《水色》が口を開いた。「今は造らない。」「遠い。昔のこと。」そっとリックを見つめる彼の目からは、感情は読み取れなかった。「ヌエ達は、原始的な民だと思っていた。」「大国のヌエ。」

 

しばらくすると、徐々に速度を落とし大部屋は降下をやめた。吐く息は白く。体毛が凍てつく。《茶色》の羽織りが心強く守ってくれている。リックは羽織りの襟を目いっぱい立てた。入ったときと同じように、《水色》が手をかざすと、突起のある壁は床に収まり、今度は出口が姿を現した。口を開けた出口の先、深さを増しているように感じる闇へ。《水色》《茶色》に続き、リックは恐る恐る足を踏み入れた。

 

かなりの太さのある金属質の柱が、大きく組み上げられ三角錐を形成している。三角錐は幾重にも積み上げられて、リックの頭上はるか先まで続き。闇に消えていた。

視界の限り続く、三角錐のジャングル。大部屋のエレベーターを降りた先は、広大な広間になっていた。壁らしきものを確認できない広間は、とてつもない広がりを思わせた。人工の保冷庫。

 

リックは、一番近くの金属柱に手を突き。少し、考えることをやめた。三角錐を形成している金属柱の表面には、厚みのあるコケが茂っていた。コケは、まるで森になる木にしているように、しっかりと金属質の表面に根を張り内部から養分を吸い上げているようで、凍てつく冷気の中、シンシンと瑞々しさを保っている。上の大部屋やエレベーターで見た青白く発光する石が、床にはめ込まれて。見上げるように広間を照らすことで、途方もない大きさが、さらに大きく感じられた。柱の金属質が、青い光を受け、コケの合間から綺麗にテラテラと浮かび上がる。均一に光を跳ねる姿からしっかりとした純度を持った金属であることが窺えた。

草原の地下は、リックに馴染みのある仕組みから、未知の技術や見事な装飾で溢れていた。

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