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夢Ⅰ(25)

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☆主な登場人物☆

❖ ◇ ❖ ◇

巨大な倉庫の食料や水を、手分けしてソリに積み込む。作業の大部分は、《茶色》と《水色》がこなし、リックは小分けにされた食料を一つ運ぶのにも苦労した。

積み込みをしている間も、リックの頭では様々な言葉が飛び交っていた。奴らが来る。「逃げます。」青い光に照らし出される大部屋。エレベーター。草原の地下の巨大な倉庫。奴らが。どの言葉も今はまともに受け止める余裕がなく。意識の外へと押し出す努力が必要だった。

《灰色》のテントで開かれた会合での話から、地下に広がっていたもう一つの草原の姿。今は、ただ体を動かせることがうれしかった。積み込みの作業中、誰一人、口を開かなかったが。《茶色》と《水色》のそれは、もちろんリックの気持ちを思ってのことだった。

大きなソリを食料や水で一杯にすると、《茶色》がソリを引き、来た時とは逆の手順で地上を目指した。《水色》はリック達を最初の大部屋まで送ると、一人地下へと戻って行った。

草原へと続く石の階段を上り、地上に出ると首筋に当たる日の光が、冷え切った体を焦がし体毛を逆立てた、気持ちがよかった。かなりの時間、倉庫の中にいたように思っていたが太陽はそれほど高度を上げていなかった。そろそろ朝食の時間だろう。お腹が空いていた。リックの体は、健康だった。

運び出した物資を引きながら、もくもくと進む、大きな背中の《茶色》。集落が近づいてきたとき、リックは、ふと思った。「今、何を思ってこの荷を引いているの。」その疑問は、問いになり彼に届いているはずだった。《茶色》は、リックの方を振り返ることはせず、無言で肩に掛けている引き縄を担ぎなおし、踏み出す足に力を入れた。

 

リック達が集落に着くと、ちょうど朝食の支度が終わるところだった。《茶色》の家族といつも通りの食卓を囲んだ。彼らは、ヌエゆえに、朝の会合の話をすでに知っているはずだった。しかし、リックの予想に反し《茶色》やその家族の表情はとても明るく。朝の会合の話が嘘のように、笑いのある楽しい時間がリックの心をいくらか軽くした。食事が終わると、後片付けを家族に任せ、リックは再び《茶色》に続き草原の地下に広がる巨大な倉庫へと引き返した。その日は、食事の時間以外は、地下の倉庫での荷の積み出しに費やした。リックは体を動かしていたかった。体を動かしている間だけは、何も考えずに済んだ。

 

日没前、リック達が荷の積み出しを中断し、集落に戻るとテントの解体も進んでいた。テントだった布は、持ち運びがしやすいように折りたたまれ、骨組みと一組に纏められいる。もともとほとんど存在感のなかった家具は、さらに小さく組み替えられてその脇に並べられていた。

ヌエ達のテントの無くなった空間は、見渡す限りの草原の一部に戻り、初めて目にするその草原の姿に、リックは違和感を覚えた。

太陽が地平に沈む。交代で月が輝きだし。大草原の中、焚火を囲み、残り少ないこの地での食事を味わった。ヌエ達は、やはり陽気で。打音を奏で歌い踊った。その演奏や踊りは旅立ちを鼓舞するかのように、いつにも増して激しく。楽し気に翻る影は、見渡す草原や、月がプカプカと浮かぶ夜空を背にしてもなお、大きかった。

宴会の最中、リックは《灰色》に呼ばれた。彼は、いつもの、皆から少し離れた位置に腰を下ろしていた。彼の目はしっかりと開かれていたが。その目は、やはり、どの景色も写してはいないようだった。

「今朝の話には、驚かれたでしょう。」《灰色》の口から流れる声音はとても優しい。「あなたの目的に沿ったものでないことが、とても残念です。」《灰色》が一拍置く。「これから先の我々の行動について説明をしましょう。あなたの思いに変わりがないにしろ、これから先のことを知っておかれた方がいい。」「地下の倉庫は見られましたね。どう思われましたか。」リックは、今朝受けたばかりの衝撃を。地下へ降りたときの素直な気持ちを取り出し、《灰色》へと送った。「すごい技術でしょう。」《灰色》は、はにかんだ。「あの保冷庫は、さらに地下深くに広がる『億年氷』と我々が呼んでいる、氷の層により成り立っています。」

 

ヌエ達の保冷庫は、草原の地盤を大規模に掘り抜いて造られていた。それは途方もない規模で。リック達がいる、この大草原は。地表と「億年氷」と呼ばれる氷の層の間に、幾重もの空気の層を挟むことで。ヌエ達が造り上げた世界の仮の姿だった。

草原の中、人工的に建つ。保冷庫の入り口を示す石柱は、次の石柱へと、決められた順路を進むことで、草原の世界を安全に進むことが出来た。もしも、石柱の順路を逸れた場合、元来の世界が姿を現す。そこは、生物が営むことを止めた極寒の世界。

 

「今回の旅では、先を急ぐ必要があるため。順路に沿ったものとはなりません。極めて危険な旅になるでしょう。」「我々は、『起点の石柱』を目指し。そこから先の『果て無き森』へと進みます。」

当主を除き、妻子は明日合流する行商とともに、王都へと非難すること。

そして、侵攻してくる「力の民」からの囮として《灰色》が一人、順路上を進むことが伝えられた。

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